落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

やってないっていってもね

2007年02月19日 | book
『お父さんはやってない』 矢田部孝司+あつ子著
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2002年12月21日付の朝日新聞に掲載されたある記事に触発されて、周防正行監督は映画『それでもボクはやってない』の制作を開始した。
件の新聞記事で特集された“痴漢えん罪西武新宿線事件”(裁判傍聴記)の被告が矢田部孝司氏である。この本は矢田部氏が周防監督の取材に応じる過程で構想され、昨年末に刊行された。だからタイトルは似ているが映画の原作本というわけではない。
だが時間の制約があり、とくに「日本の裁判システムの矛盾」に焦点を絞った映画の中からは省略された部分も詳しく描写されていて、映画といっしょに読むと非常にわかりやすい本である。映画と重なるエピソードもたくさんある。

逆に異なってくるのは被告の生活環境で、映画では20代のフリーターだったが矢田部氏には妻子があり仕事がある。痴漢冤罪で犯人にされたら家庭は、仕事はどうなるのか?という非常にシビアな部分が本書には相当きっちり描きこまれている。精神的にも経済的にも追いつめられていくなかで、ふたりは99.86%という有罪率の壁にいかに立ち向かったのか、くじけそうになったとき何が起きたのか。親族や友人の反応はどんなものだったか。
デザイナーという職業柄、矢田部氏の観察力には目を見張るものがあるし、本書に添付された自作のイラストも非常に的確である。被告や支援者たちの情熱と誠意にも読んでいてほとほと頭が下がる。
しかし一方で盲点もある。弁護士は裁判のプロフェッショナルだが、痴漢冤罪や被害者心理においてはプロではない。2年間という長期の裁判で、彼らはかなりの期間、被害者の側にたって「なぜ冤罪が起きたのか」ということを検証しなかった。単に思いつかなかったのかもしれないが、彼らが一審で負けた原因のひとつはそこにある気がする。被害者=敵としてしかみなさず、かつ戦うべき「敵」を知ろうという積極性に欠けていた。
知れば勝てるというものではないかもしれない。所詮結果論でしかない。でも何度も性犯罪の被害に遭った経験を持つ女性読者の観点からみれば、そうした偏見があればこそ大局がわからなくなるのではないかとも穿ちたくはなる。

この映画をめぐる議論において、主に男性からは「痴漢に間違えられるのが怖い」「痴漢冤罪を引き起こすのは女性の被害妄想」という声ばかりが聞こえ、女性からは「痴漢に遭って抵抗もできず泣き寝入りしている女性もたくさんいる」「痴漢冤罪で被害者ヅラをされるのは不愉快」という声ばかり聞こえてくる。
あえて極論をいうなら、ぐりはどちらの意見も間違っているといいたい。どちらも自分本意過ぎて客観性が決定的に欠如している。
痴漢冤罪が起きるのは、日本人が国家権力に対してあまりに無批判だからだ。被害者に「現行犯逮捕」されたら警察は「逮捕者=犯人」と決めつけるものだ。TVや新聞で「逮捕者」をみる一般庶民が「=犯人」という目でみるのだからそこは同じだと考えていいと思う。もし間違いなら逮捕されない用意をしておくべきである。弁護士ひとり呼ばずにおとなしく交番なんかついていく方が無防備なのだ。警察で事情を話せばわかってもらえる、裁判官ならわかってもらえるなどというのは今の日本ではただの甘えにしかならない。そんな国にしたのは他でもない日本人だ。
痴漢被害が起きるのは女性が無抵抗だからだ。怖いのはわかる、恥ずかしいのもわかる、でもただ怖がっているだけでは痴漢の思うつぼである。せめて払い除ける、「イヤだ」「やめろ」と声を出す勇気ぐらい自立した人間として持つべきだ。

こんな風にいうとぐりが性犯罪者をまったく怖がっていないように思われるかもしれないので念のため書き添えておくが、ぐりはストーカー被害と痴漢に立て続けに遭った後、一時けっこう深刻な男性恐怖症に陥ったことがある。
涙なんかは出なかった。ひたすら恐怖しか感じなかった。そのころは視界に入る男性がすべて変態にみえていた。比喩でもなんでもない、ほんとうにそうみえていた。知らない男性と会話するのが苦痛で、隣に座られたり正面に座られたりすると目をあわせられない、言葉がでてこない、冷や汗をかく、激しい頭痛・吐き気・耳鳴り・不眠といった症状が2年ほど続いた。当然仕事にも差し支えた。当時親しくしていた男性もそのことで深く傷つけることになってしまった。性犯罪は決して許すまじき犯罪であるということに異論はいっさいない。
世の中には性犯罪の被害に遭ってもっともっとひどい傷を背負って生きている人たちが大勢いる。彼女たちの傷の痛みに、矢田部氏や支援者・弁護団がもっと早く気づいていたら、あるいはこの裁判はこれほどつらくはなかったかもしれない。
マ、悪質な狂言詐欺集団がいるのも事実だから、そうともいいきれないところもあるかもしれないけれど。