■Muswell Hillbillies / The Kinks (RCA)
キンクスはカッコ良すぎるビートバンドであり、また皮肉な懐古趣味に奔走する異色のロックグループでもあり、結局はその実態が特に日本の洋楽ファンには誤解と戸惑いを与えていたのがリアルタイムでの事情ではなかったでしょうか?
そこには1960年代後半の一時期、我国でレコードが発売されていなかった異常事態があったことは以前にも書きましたが、それにしてもやっている歌と演奏そのものが、ど~してもストレートに洋楽ファンの気分を刺激していなかったのは事実だったと思います。なにしろ世間はサイケデリックやブルースロック、さらにはアートロックなんて騒いでいる時に、キンクスの燻り加減はズパリ、変でした。
ですから、今日では人気盤となっているらしい本日ご紹介のアルバムにしても、昭和47(1972)年に発売された当時は日陰の身……。
A-1 20th Century Man / 20世紀の人
A-2 Acute Schizophrenia Parnoia Blues / 精神分裂偏執病ブルース
A-3 Holiday
A-4 Skin And Bone / 骨と皮
A-5 Alcohol
A-6 Complicated Life / 複雑な人生
B-1 Here Come The People In Grey
B-2 Have A Cuppa Tea
B-3 Holloway Jail / はかない監獄
B-4 Oklahomea U.S.A.
B-5 Uncle Son
B-6 Muswell Hillbilly
ところが我国の洋楽マスコミは挙って高評価、ラジオでも特集番組があったほどですが、実際にそれを聴いていた若き日のサイケおやじには???
う~ん、なんかTレックスがザ・バンドしたような?
うらぶれたボール・マッカートニー?
なぁ~んていう感想が当時のメモに残されています。
実はこの裏側にはキンクスのレコード会社移籍があって、それまでの英国パイレコードからアメリカの大手RCAと新契約が結ばれたことを契機に、それまで様々な問題から生じていたアメリカ本国での活動制限も緩和され、それゆえにアメリカっぽい音に邁進したのかもしれません。
しかし流石は天の邪鬼なキンクスとあって、特に中心人物のレイ・デイビスが作る楽曲は一筋縄ではいきません。とにかく当時は真っ当な「ロックの音」とされていた唸るギター、炸裂するドラムスや重低音のベース、そして熱血のボーカルなんてものが、ここでは聞かれないのです。
また、そうかといって、ウエストコースト風味の爽やかコーラス、あるいはシンガーソングライターに特徴的なナイーヴな心情描写も感じられず……。
で、それでは何を歌い、演奏しているかと言えば、英国流キャバレーモードとでも申しましょうか、古くて懐かしいアメリカのジャズや大衆伝承歌をベースに、安酒場のグタグタした騒ぎや二日酔いの懺悔、そして落ちこぼれたような悔悛の情、そんなこんながゴッタ煮となった、これもロックンロールのひとつの表現じゃないかと思うほどです。
尤も、そんなことはサイケおやじの完全なる後づけであって、リアルタイムではイマイチどころか、ほとんどピンッとこない世界でした。
それが後追いでキンクスを聴く昭和40年代後半の日々の中、某ロック喫茶で再会したのが運のツキ!
まずはアンプラグドなスワンプフォークが何時しか強引なオルガンロックへと変転する「20世紀の人」、懐古調のホーン隊が絶妙に泣きの曲メロを彩る「精神分裂偏執病ブルース」、ビートルズ時代のポール・マッカートニーが聞かせてくれた「Honey Pie」を貧相にした雰囲気の「Holiday」、ラヴィン・スプーンフルの如きジャズバンドスタイルのフォークロックがゴキゲンにグルーヴした「骨と皮」、救世軍が下手なタンゴを演じたような「Alcohol」、そしてザ・バンド直系とも言うべき「複雑な人生」へと続くA面の流れの充実度は、見事にひとつのムードを作り出しています。
それは虚しき人生や諦観が滲む暮らしの日々の中での逃避のようでもあり、ちょうどジャケットに写るイギリスの労働階級が屯する飲み屋、所謂パブの雰囲気かもしれませんが、しかし現実的には圧倒的にアメリカ土着のスワンプロックやザ・バンド系の音作りが、確かに感じられます。
このあたりは同時期のライ・クーダーや他のシンガーソングライターも狙っていたものでしょうし、サイケおやじにしてもライ・クーダーは既に好きでしたから、このアルバムにも共感を覚えて然るべきのはずが、結果的にリアルタイムではイマイチだったのは、キンクスというビートバンドとしての先入観、さらにはここで特に著しくなっているレイ・デイビスの歌いまわしのフヌケ具合だったと思います。
そのあたりがB面には尚更に強く感じられ、これまたシンプルなロックサウンドを追及したと思しき「Here Come The People In Grey」がストーンズの「ベガーズ・バンケット」の無残な焼き直しのようになったり、おそらくは英国大衆歌のフォーク的解釈であろう「Have A Cuppa Tea」や「はかない監獄」のシミジミ度数のアップに繋がるのです。
ただしひとつのバンドとしての演奏の練達度は最高で、バタバタしたドラムスやスライドギターの地味~な使い方、あるいは生ギターやピアノのうらぶれた味わいが逆に強い印象を残すのですから、これは完全に確信犯にやられたっ!?!
ですから和みの曲メロと穏やかなピアノが微妙にズレた「Oklahomea U.S.A.」や讃美歌のようなオルガンのイントロから泥臭いゴスペルロックの本性が剥き出しになる「Uncle Son」、オーラスの楽しいカントリーロック「Muswell Hillbilly」が何の違和感も無く、美しき流れを構成しているのでしょう。
ちなみに当時のキンクスのメンバーはレイ・デイビス(vo,g)、デイヴ・デイビス(vo,g)、ジョン・ゴスリング(key)、ジョン・ダルトン(b)、ミック・エイヴォリー(ds) の5人組ながら、セッションに参加したホーンセクションと女性コーラス隊を丸抱えにしたライプ巡業もやっていたとかで、それは次作アルバム「この世はすべてショービジネス」で更なる充実を披露するのですが……。
肝心レコードセールスは低迷し、キンクスはいよいよ、どん底へ……。
そんな歴史を知っている今となっては、このアルバムのうらぶれた味わいも、さらに深くなるのです。
私は後年、初めてイギリスへ行った時、パブという場所へ行ってみましたが、そこは全くお洒落な雰囲気なんか少しも無い、このジャケ写ような、おっちゃん達の溜り場でした。しかもパブロックなんていう意味不明の流行があったとは到底思えないような、ダサいところでしたよ。
アルバムタイトルにある「マスウェル」という場所はレイとデイヴのデイビス兄弟が育ったロンドンの住宅街らしいんですが、こんな飲み屋があるんでしょうか?
私は体質的に酒に酔わないんですが、安酒飲んで、このアルバムを聴くのも素敵なことでしょうね。