OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

朝日のあたる家で作られた歴史

2009-07-26 09:46:39 | Rock

朝日のあたる家 / The Animals (EMI / 東芝)

GSのバンドはヒットしたオリジナルが歌謡曲にどっぶり、しかしその他のステージ演目は洋楽のカバーが当たり前というパラドックスがありましたから、その選曲のセンスと演奏能力の良し悪しが、バンドの評価に直結していました。

もちろんルックスは大切なんですが、やってる歌と演奏がイモっぽくて潰れたバンドが山のようにあったのは、今日の歴史でも明らかだと思います。

それゆえにGSを通して知る洋楽の醍醐味も素晴らしく、例えば本日ご紹介のアニマルズというイギリスのR&Bグループについても、私は昨日書いたスパイダース経由で虜になったのです。

それはもちろんスパイダースが当時のライブステージでアニマルズの十八番だった「悲しき願い」や「朝日のない街」、そして「朝日のあたる家」等々を聞かせていたからなんですが、ご存じのように堺正章というシンガーは、なかなかに黒いフィーリングを秘めた歌い回しがありますから、それが歌謡曲ノリでは独特のコブシに繋がっての結果オーライだったわけですし、当然ながらR&Bに偏ったロックをやらせても、これが味わい深いんですねぇ♪♪~♪

ところで本日の主役たるアニマルズは、イギリスのニューキャッスルという炭鉱の町で結成されたバンドということも影響しているんでしょうか、どうも肉体労働者系の粘っこい馬力が得意技!

しかもそのルーツというのが、モダンジャズや古いブルースだと言われています。

メンバーはアラン・ブライス(p,key,vo)、チャス・チャンドラー(b)、ジョン・スティール(ds)、ヒルトン・バレンタイン(g)、エリック・バートン(vo) という5人組ですが、元々はアラン・プライスがチャス&ジョンと組んだピアノトリオとしてモダンジャズやブルースをやっていたらしく、それが次第にR&Bへとシフトしながらロックバンド化していったようです。

そして1963年にはアラン・プライス・クインテットからアニマルズへとバンド名も変え、渡英してきたアメリカの黒人ブルースマンのバックや単独のクラブギグで人気を集め、ついに1964年になって敏腕プロデューサーのミック・モストと契約し、いよいよメジャーデビューを果たすのですが……。

そこで作られた2作目のシングル曲、つまり本日ご紹介の「朝日のあたる家」が世界中で大ヒットしてしまったのが、結果的にバンドをある意味で狂わせてしまうのです。

そのメロディは誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。原曲は作者不詳の伝承歌として黒人が歌っていたとか、イギリスの娼婦の歌だとか諸説あるのですが、アニマルズが元ネタとしたのはボブ・ディランが1962年に自身のデビューアルバムで歌ったバージョンであると宣伝されたようです。

もちろんボブ・ディランは如何にもフォークソングというシンプルな歌と演奏をやっていますが、これをアニマルズは強烈にエレクトリックなビートとソウルフルな歌い方、さらにジャズっぽいキーボードのアドリブソロで彩ったのですから、たまりません。その粘っこいフィーリングと原曲メロディの哀切感がジャストミートしての大ヒットは、当然が必然でした。

ところが、このヒット曲の印税が作者不詳の所為もあって、アレンジしたアラン・プライスのところにだけ、ごっそりと入ったのですから、他のメンバーは面白くありません。しかも当時のアニマルズはアラン・プライスがリーダーとして、音楽面もビジネス面も全て取り仕切っていたと言われているところから、ある意味では雇い人扱いだった他の4人は露骨な反感を隠そうとせず、ライブステージではアラン・プライスがマイクのスイッチを切られたり、移動の車中では様々な嫌がらせを受けていたというのは、有名な話です。

そしてついにアラン・プライスが自ら結成したバンドを出ていくことになるのは、皮肉でした。

しかしそんな裏事情があったとしても、アニマルズの魅力は尚更に輝き、以降は本格的にエリック・バートンのソウルフルなボーカルをメインに大活躍が続きました。

それは我が国にも波及し、例えば尾藤イサオがアニマルズのヒット曲「悲しき願い」の日本語バージョンを更なる大ヒットにしたり、前述のスパイダースや多くのGSがアニマルズのレパートリーをカバーしていったのです。

さて、私が「朝日のあたる家」を最初に意識したのは、実はスパイダースでもアニマルズでもありません。それはベンチャーズの強烈なエレキインストのバージョンでした。この曲はハードロックやディスコ歌謡にも幾つか焼き直されていますし、当然ながら多くの黒人歌手も歌っているほど魅力のあるメロディですから、これを聴き比べるのも楽しいと思います。、

それとボブ・ディランが、このアニマルズのバージョンを聴いて、フォークロックをやろうと決めたとする伝説は本当なんでしょうか? だとすれば、この曲そのものが、大変な歴史のポイントでもあるわけです。

さらにアニマルズがこのヒット曲のおかげで本格的にアメリカへ進出し、そのある日の巡業でメンバーのチャス・チャンドラーがジミ・ヘンドリックスを発見! 意気投合した後、イギリスに連れられていったジミヘンの大ブレイクは、これも歴史の重要な一部分でしょう。

う~ん、「朝日のあたる家」は、本当に凄い曲ですねぇ~~~!?!

ちなみにサイケおやじはベンチャーズやスパイダースのバージョンを聴いた後になって、ようやくアニマルズのヒットシングル盤を買ったんですが、それは中古!

そして最初に買った中古レコードの第1号だったことを付け加えておきます。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 何時もカッコ良かったスパイ... | トップ | バードにフィリーとピアソン »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Rock」カテゴリの最新記事