ということで、本日は定期健診の序にインフルエンザの予防接種もやってもらったら、介護保険料を徴収されている身分ならば、費用は無料でした (^^)
どうやら今年からの特例措置らしく、もちろん蔓延している新型コロナ対策の一環なんでしょうが、齢を重ねるのも、そんなに悪い事ばっかりじゃ~ありませんねっ!
該当の皆様は、積極的に受けておきましょうよっ!
そして例によって眼底検査があったので、目の前が真っ白……。
これにてフェードアウトさせていただきます <(_ _)>
ということで、本日は定期健診の序にインフルエンザの予防接種もやってもらったら、介護保険料を徴収されている身分ならば、費用は無料でした (^^)
どうやら今年からの特例措置らしく、もちろん蔓延している新型コロナ対策の一環なんでしょうが、齢を重ねるのも、そんなに悪い事ばっかりじゃ~ありませんねっ!
該当の皆様は、積極的に受けておきましょうよっ!
そして例によって眼底検査があったので、目の前が真っ白……。
これにてフェードアウトさせていただきます <(_ _)>
■GS / DOWN TOWN BOOGIE WOOGIE BAND (東芝)
A-1 フリフリ
A-2 好きさ 好きさ 好きさ
A-3 君に会いたい
A-4 長い髪の少女
A-5 ノーノーボーイ
A-6 おかあさん
A-7 想い出の渚
A-8 青い瞳
B-1 シーサイドバウンド
B-2 神様お願い
B-3 スワンの涙
B-4 小さなスナック
B-5 恋はもうたくさん
B-6 白いサンゴ礁
B-7 ブルーシャトウ
B-8 Yesterday's Yesterday
我が国で一番熱くロックが盛り上がっていたのは昭和40年代前半、西暦に置き換えれば、1965年からの4年ほどで、つまりはグループ・サウンズ=GSと称されたロックバンド形態のグループが洋楽のカバーと日本語歌詞によるオリジナル曲をゴッタ煮で演奏披露していた時期でありましょう。
もちろん、そこから影響された音楽性を前面に出したソロシンガーやコーラスグループも次々に登場し、ですから、昭和40年代後半に殊更無理強い的に議論されていた「日本語のロック]なぁ~んていう難題にしても、全ては件のGSに収斂するのでは?
というのが、サイケおやじの偽りない本音です。
そんなわけですから、学生時代に入れてもらっていたバンドのリアルな実演現場が夏場のビアガーデンや年末のダンパ等々だった所為で、往年のGSやエレキインスト、そしてエレキ歌謡を演じる事に対しては何らの抵抗感も無く、むしろ嬉々としていたんですが、それに納得出来ずにバンドを去ってしまう先輩諸氏の気持ちも分からないではありません。
その頃は歌謡フォークの大ブームから、アマチュアであっても自作自演が出来なければ、所詮ハコバン!
なぁ~んていう風潮が当たり前になっていて、まだまだ数が少なかったライブハウスのオーディションにしても、カバーよりはオリジナルをメインにやれるバンドやグループに需要が高まっていたもんですから、サイケおやじが入れてもらっていたバンドがカバーに拘っていたというか、現実的には、そっちの方がバイトであるにせよ、お金を貰える演奏の場があった事も大きいのです。
第一、これはサイケおやじばっかりじゃ~なかったと思うんですが、つまんないオリジナル曲を作って、ターヘな演奏を披露するよりは、しっかり有名曲のカバーをやっていた方が楽しいんですよっ!
しかし、それでも矜持らしきものは確かにあって、一応はアメリカンロックを標榜していたもんですから、往年のカバーをやるにしても、イーグルスやドゥービー・ブラザーズっぽい味は付加追及していたんですけどねぇ……。
さて、そこでGSのカバーをやる時、参考書的に大いにコピーさせてもらっていたのが、昭和51(1976)年にダウン・タウン・ブギウギ・バンド=DTBWBが出した本日掲載のLPで、スバリっ! 中身は「GS」のタイトルに偽り無しという有名GSヒットのカバー曲集なんですねぇ~~♪
それは上記した収録演目をご確認願えれば、皆様にも納得していただけるはずと思うばかりなんですが、ここでは宇崎竜童(vo,g)、和田静男(g,vo)、千野秀一(key,vo)、新井武士(b.vo)、相原誠(ds,vo) という当時のDTBWBに加えて、演目のオリジナルバージョンに関わっていた往年のGSスタアがゲストで登場しており、それがスパイダースの「フリフリ」では、かまやつひろし! またブルー・コメッツの「青い瞳」と「ブルーシャトウ」では井上忠夫(ts,fl)、ゴールデン・カップスの「長い髪の少女」ではデイブ平尾(vo)、ダイナマイツの「恋はもうたくさん」では瀬川洋(vo) という豪華版♪♪~♪
ちなみにレコードにクレジットされたデイブ平尾の担当が「dozo vocals」となっているのは言わずもがな!? オリジナルのシングルバージョンのリードを歌っていたのはマモル・マヌーで、デイブ平尾が演じていたのはサビのキメ「どぉぞぉ~~」っていう合いの手だった事に由来するはずと思うんですが、いかがなものでしょう。
いや~~、これが本家本元の魅力と申しましょうか、実にイイいですねぇ~~♪
このあたりの面白さは、DTBWBならではの歌謡ロックでは無い、ロック歌謡との対比でもあり、演目各々のオリジナルバージョンについては、一応リンクを拙ブログ内で入れておきましたので、よろしくお願い致します。
そしてアルバムのオーラスに置かれたのが、作詞:阿木燿子 &作曲:宇崎竜童が書いたGSへの渾身のトリビュートソング「Yesterday's Yesterday」で、歌詞の中には有名GSのグループ名がテンコ盛りに出て来るもんですから、それで泣くとか、泣かないとか言う以前に、偉大なる先輩達に対する深い敬意と感謝、そして愛情を感じてしまうのは、サイケおやじだけでしょうか。
ということで、コロナ禍の現況からすれば、今年は忘年会とかクリスマス会なんかは無理に決まっているとはいえ、実は流行り病が収束していたら、昔の仲間とバンドをやろうってな話が盛り上がっていたんですけどねぇ…… (>_<)
何時か、また、そんな機会が再燃する事を願いつつ、このアルバムを聴いているのでした。
仕事が停滞している大きな要因がコロナ禍である以上、対策は万全のはずが……。
ついに重要な関係先が感染者続出の為に閉鎖という連絡がっ!
もう、怒っても、ど~にもならない不条理に落ち込んでしまったですよ…… (~_~;)
とはいえ、なんとかしないとなぁ~~~。
思案の首が曲がりっぱなしなんで、これにて本日は失礼させていただきます。
皆様もご自愛くださいませ <(_ _)>
■面影平野 c/w 圭子のドンデン節 / 藤圭子 (RCA)
洋の東西を問わず、「歌」を楽しむ場合には歌手、その人の魅力と楽曲の好き嫌いが絶対に大きな要素となりますから、つまりはソングライターとボーカリストの相性にリスナーの好みが反映される場合が少なくありません。
平たく言えば、好きな歌手には、お気に入りのソングライターから提供された楽曲を演じて欲しいという希望は誰しもが抱くんじゃ~ないでしょうか。
例えばサイケおやじにとっては、藤圭子に阿木燿子&宇崎竜童とのコラボが本当に熱望されるところでしたから、それがついに昭和52(1977)年晩秋に出た本日掲載のシングル盤で実現した事は、それだけで歓喜悶絶!
もちろん、皆様ご推察のとおり、サイケおやじの望みは藤圭子に歌謡ロックを演じて欲しいっ!
それには、やっぱり宇崎竜童!
そこに収斂していたわけですから、とにかくA面収録「面影平野」に刻み込まれた阿木燿子の歌詞の世界には歌謡曲保守本流の「男に去られた女の惨めさ」がある事は言わずもがな、そこに附された宇崎竜童のメロディに強く滲む演歌チックなコブシが哀切の旋律に飲み込まれそうで、実は……、そ~ならない!?
何故ならば、歌っているのが藤圭子ですからねぇ~~♪
ギリギリのところで歌謡曲とロックの間に確固として存在している「壁」を浮き立たせているんですねぇ~~♪
いゃ~~、聴くほどに、せつなくも熱い反骨の魂と申しましょうか、サイケおやじは胸が苦しくなるほどです。
あぁ……、この節回し! 声質の活かし方!
本当にナチュラルに歌の天才ですよ、藤圭子はっ!
そしてレコードをひっくり返してB面に針を落とせば、これまた同じソングライター夫婦から提供の正統派歌謡ロック「圭子のドンデン節」がブリブリに演じられるんですから、たまりません♪♪~♪
なにしろ歌詞の世界が、A面「面影平野」の前段とも受け取れる、男と女の別れの序章!?
どうにか男の心を離すまいと腐心する女のアガキが、痛烈なロックビートで演じられているんですねぇ~~♪
う~ん、ここでの藤圭子って、本気でロックシンガーのモードに入っていながら、根底には歌謡曲を絶対に捨てないっていう心意気をサイケおやじは感じてしまうんですが、いかがなものでしょう。
いゃ~~、本当に好きで、好きで、たまりませんっ!
ということで、歌謡ロックの藤圭子が堪能出来るのが、このシングル盤です。
現在では両面収録の2曲共が堂々CD化されていますので、皆様には、ぜひともお楽しみいただきとうございます。
あぁ……、歌謡ロックって、せつなさも魅力ですねぇ~~~♪
大きな圧力に屈するのは癪だけれど……、勝てない事が分かっている以上、無駄な抵抗か…… (>_<)
本日は、あらためて、この世の理を痛感させられました。
でも、悔しいなあ~~~ (~_~;)
失礼致しました <(_ _)>
■恋のチャンス / ポピーズ (東芝)
昭和の芸能界に強く求められていたのが歌って踊れる、そしてセクシーなガールグループであった事は今や昔……。
しかし、だからこそ、現在でも忘れられないグループの存在が往年のファンならずとも、再発見され、新しいファン層を作り出している事実は、それが間違いでは無かった事の証明でありましょう。
本日の主役たるポピーズも全く、そ~ゆ~ポイントにおいてはハイレベルなグループですので、拙ブログでも以前にご紹介しておりますが、昭和39(1974)年春の公式デビュー曲が橋本淳&筒美京平の作り出した傑作「恋のチャンス」であった事も有意義(?)だった様に思います。
何故ならば、楽曲そのものは既に昭和47(1972)年夏にB-B-S (ビューティー・ブラック・ストーンズ) によってレコード発売されながら、おそらくはカッコイイ度数が高過ぎたのでしょう、当時は空振りに終わっていたところからのリメイクバージョンとあって、これがグッと下世話な歌謡曲フレイヴァーに溢れる仕上がりになっていたんですねぇ~~♪
実は、これっ、B-B-S (ビューティー・ブラック・ストーンズ) の初出バージョンでは筒美京平の施したアレンジが、ポピーズのリメイクバージョンでは馬飼野康二の担当に変えられているあたりが、歌謡曲っぽさが強く滲んだ要素かもしれず、具体的にはキメのリフやビートのアクセントは似ていても、筒美京平が前面に出していた本場の黒人感覚を馬飼野康二は如何にも歌謡曲的なオーケストラアレンジでやっているあたりが、小生意気にカッコイイんじゃ~ないでしょうか。
サイケおやじとしては、グッと重心の下がった馬飼野康二の編曲で歌ったポピーズの和風なソウルフィーリングも大好きであります ♪
ちなみに、あらためてデビュー当時のポピーズのメンバーを紹介すれば、リーダーとされるのがジュン=山田順子、ボクちゃん=西田さよ子、ミッキー=方田雪子、モンロー=杉山智子、イブ=坂本明美、ラーク=松本祥子という6人は、各々が日劇ダンシングチームからの選抜とされていましたが、当然ながら活動期間中にはメンバーチェンジが幾度かあった様で、さらに例えばZ(ゼット)とか、分裂派生した同系グループも登場していたのは、如何にも昭和の芸能界らしいところでしょうねえ~~♪
一説によると、そんなこんなの流れはB-B-S (ビューティー・ブラック・ストーンズ) もポピーズも、後発のZ(ゼット)も、全てのマネージメントやプロデュースを昭和芸能界の敏腕マネージャーとして記憶され続けている上条英男が手掛けていたというのですから、さもありなん!
言わずもがなではありますが、小山ルミ、ゴールデン・ハーフ、西城秀樹を大スタアに導いたのは、上条英男の功績の一例でしかありませんが、とにかく何が求められているかを芸能的に分析・実行する天才として称賛されねばならないと思うばかりです。
閑話休題。
ということで、生意気にも不遜な考えではありますが、筒美京平に弱点があるとすれば、時として「カッコ良過ぎるフィーリング」が出まくってしまう事かもしれません。
そして当然ながら、それゆえに紡ぎ出されたメロディやアレンジは懐かしくも、不滅な宝物ばかり!
この先も歌謡曲がある限り、この世から忘れ去られる事は無いと信じております。
義弟が心臓病で倒れたとの一報で、病院へ駆けつけてみたら、現在はコロナで入院患者がいるので、一般の面会は不可能との対応でした (>_<)
幸いにも義弟の意識は戻っているとの事ですが、お見舞いが叶わないのは、やりきれませんねぇ……。
現実を見てしまえば、感染は拡大するばかりで、効果的な対応が何も無いに等しく、これで本格的な冬が訪れたら、どうなるのか……?
ほとんど悲観的になるばかり (~_~;)
光が射す事を願うばかりです。
どうか皆様も、ご自愛ください。
■恋のチャンス / B-B-S (東芝)
偉大なる故・筒美京平には忘れられない傑作が夥しく、しかし、決して全てがヒットしてはいなかった現実の中にあって、それでも語り継がれ、愛聴され続けている名曲があるとすれば、ソウル歌謡の極みつきたる「恋のチャンス」は外せません。
そこで掲載したのは、B-B-S (ビューティー・ブラック・ストーンズ) と名乗る女性グループが昭和47(1972)年夏に出したシングル盤で、収録A面曲こそが前述「恋のチャンス」のオリジナルバージョンとされていますが、ど~です♪♪~♪ ジャケ写からだけでも、当時のモータウンやホットワックス等々、本場アメリカの黒人ポップ&ソウルな雰囲気がビンビンに伝わって来るではありませんかっ!
演じているB-B-S (ビューティー・ブラック・ストーンズ) は、もちろん我が国で結成されたグループで、メンバーのケリー宇佐美、倉持ゆり、そしてキャサリン中根は黒人ハーフと云われているとおり、もしかしたらゴールデン・ハーフのブラック版を狙っていたのでしょうか?
しかし、それはそれとして、とにかく作詞:橋本淳&作編曲:筒美京平のクレジットも眩しい「恋のチャンス」は、モロに真っ黒な演奏パートの中に思わずハッとさせられるほど耳に馴染んだ本場アメリカのソウルミュージックから流用した美味しいキメが仕込まれていますし、あたかも黒人訛っぽい日本語で歌いまくる彼女達のグルーヴは歌謡曲の枠から外れそうで、実は……、どっぷりと「昭和」の魅力に溢れているんですねぇ~~♪
そうですよ、今でこそ芸能界には「ハーフ」が目障りなほどに溢れかえっていますが、「昭和」という時代の「ハーフ」は未だ「混血」と侮蔑的な総称もありながら、一方では日本人には及びもつかない、ある種のカッコイイ雰囲気が確かにあって、だからこそ、「芸能界」という、一般人とは別の領域においての需要は絶対的だった様に思います。
だからこそ、外タレにカタコトで日本語詞の歌を吹き込ませたり、ハーフの歌手が、それなりに馴染んだ日本語で歌謡曲を堂々と演じたりするのが、ひとつの流行、そして定番になっていたのは、あながち間違いではありません。
ところが、すんなりと「お茶の間」に、それらが入れるかと問われれば、答えは否!?
このB-B-S (ビューティー・ブラック・ストーンズ) が唄った「恋のチャンス」は、カッコイイのベクトルが急激過ぎて、その頃の日本人には、ついていけなかった事は気後れすべき現実でありました……。
ということで、それでも皆様ご存知のとおり、この傑作「恋のチャンス」には、もう一度、チャンスが与えられる事になります。
それがポピーズの演じたカバーバージョンであった事は言わずもがなではありますが、続きは次回に持ち越しとさせていただきます <(_ _)>
仕事が縺れて、軟禁状態のサイケおやじです。
こんな結果が分かっている話し合いに、どこが妥協だぁ~~!
という本音が吐けない自分の情けなさ…… (+_+)
失礼致しました <(_ _)>
■セカンド・ラブ / 中森明菜 (ワーナーパイオニア)
現在は逼塞状態ですが、中森明菜が素晴らしいボーカリストだという事実は、否定出来るものじゃ~ありません。
サイケおやじが、それを痛切に認識させられたのは、昭和57(1982)年晩秋に発売された掲載盤A面収録「セカンド・ラブ」からでして、もちろんデビュー曲「スローモーション」からして気に入っていましたし、続くツッパリイメージの歌謡ロック「少女A」も、それなりに聴いてはいたんですが、この3作目のシングル曲「セカンド・ラブ」の繊細で揺れるような歌詞とメロディを静謐に、じっくりと節回されては、とても十代のアイドルシンガーの領域では無く、しかし、それは十代の女の子アイドルにしか表現する事が叶わないイノセントな空気感に満たされているんですねぇ~~♪
この素晴らしい楽曲を提供したのは作詞:来生えつこ&作曲:来生たかお、つまりデビュー作「スローモーション」と同じ来生姉弟ですから、ツッパリ路線でブレイクしたとはいえ、初心に戻ってのニューミュージック系哀愁路線こそは、サイケおやじが初期の中森明菜を気に入ってしまった最たるものとして、大歓迎!
しかもアレンジを担当した萩田光雄が、以前に手掛けていた山口百恵の諸作と似通った手法を用いているあたりはニクイばかり ♪♪~♪
実際、この「セカンド・ラブ」と山口百恵の「秋桜」って、雰囲気が似ていませんかねぇ~~、サイケおやじの思い込みかもしれませんが (^^;
それと今回、久々に聴いてみたら、このシングルバージョンの演奏パートは所謂アンプラグドで、バイオリンやチェロが主体になっていますし、イントロでの木管も印象的ですので、おそらくエレクトリックなのはリズムギターとベースぐらいで、他にはピアノやチェンバロ、ドラムスやパーカッションにも不必要なエフェクトは使っていないと思われますが、いかがなものでしょう。
ですから、この当時の微妙にロリっぽい中森明菜の声質が柔らかく包み込まれる様でいて、しかし、ジンワリとリスナーの心に染み入る仕上がりは絶妙の確信犯(?)だとしたら、大ヒットしたのもムベなるかなっ!
ミディアムスローな曲調の要所に力強いリズム&ビートが入っているもの、全ては中森明菜のボーカリストとしての資質を良い方向へと導いていると思うばかりです。
ということで、この「セカンド・ラブ」もカラオケ定番になりそうで、実は酒席や宴席では相当に難しい演目かもしれません。
だって、トーシロがホロ酔いで歌える様な楽曲では決して無い事は、中森明菜のオリジナルバージョンを聴くほどに納得するしかないでしょう。
うむ、この歌詞にして、このメロディ、そして中森明菜の深くて儚い歌心 ♪♪~♪
やっぱり、初期の中森明菜が最高に好きです (^^♪