九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

びっくり!    らくせき

2011年01月04日 10時37分47秒 | Weblog
俳句を少し楽しんでいますが、
俳人の鎌倉左弓さんが
小澤一郎さんの陸山会に入会したそうです。

夫の夏石番矢さんと世界俳句をめざして
活躍している方です。

個人として出来ることは?と考えてのこととか。
いや、俳句の世界にもオモシロイ人がいるんだ!

お二人の句を一句づつ。

  花菜畑ざぶんと人を好きになる  鎌倉左弓

  未来より滝を吹き割る風来る  夏石番矢

陸山会か?!!・・・



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中国の軍事大国化と日本   らくせき

2011年01月04日 10時13分35秒 | Weblog
中国の軍事大国化が日本にとって、どう影響するのか?
大きな問題となってくるのは間違いない。

簡単な数字の比較でいえば、兵隊の数。
中国は230万。日本は23万。ほぼ10分の1。
(韓国が60万。北朝鮮は120万。)

なぜ中国は軍事力を強化するのか?
経済大国化が、なぜ軍事大国化となるのか?

ひとつは軍部の強い要請。
中東への海の道を確保することも中国にとって
大きな課題で、軍事的な手を打ってきている。

その背景にあるのが、やはり軍事超大国のアメリカ。
そのアメリカへの対応の仕方を、中国は日本から学んだのでは?

日本は経済大国化した後、経済的に自立することに失敗。
アメリカへの従属から脱出できなかった。
その最大の原因は日本が軍事的に従属していたため。

少なくとも中国は、そういう教訓を得た。
日本は反面教師だった。

日本は経済大国化した時点で、対米外交を修正することも充分ありえた。
しかし日本の政治家は、それをしなかった。
だがアメリカの強い抵抗にあって、出来なかったのであろう。
国民も、一時的に、嫌米感情に身をまかせただけだった。

         

他の選択肢はなかったのか?

もう遅いのか?

大国ではなくなっていくのだから、また別の道がありうるかな?





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転変の重要官僚が語る「官の巻き返し」(前編) 文科系

2011年01月04日 05時33分52秒 | 国内政治・経済・社会問題
 時事ドットコムに、興味深い記事をみつけました。題して、【改革派官僚に聞く『やりたい放題の「官の巻き返し」を憂う』】。野党が、民主党の官僚改革後退を批判すべく政府参考人として臨時国会に出席させた古賀茂明氏のことです。鳩山民主党がその出発に当たって彼を重用しようとしたが、一昨年の12月に仙石大臣に更迭されたという問題の人物です。彼の言葉が、官僚制度改革の真の的を衝いているかどうかはともかくとして、官僚内部の一定の矛盾及び、民主党変質の一定の中身を知る参考にはなるのではないでしょうか。前後編2回に分けて投稿します。


改革派官僚に聞く
 『やりたい放題の「官の巻き返し」を憂う』
(時事ドットコムより)

 経済産業省から国家公務員制度改革推進本部に出向して内閣人事局や国家戦略スタッフ創設の立案などに従事し、鳩山内閣発足後は仙谷由人行政刷新相のもとで大胆な改革案を提議。しかし、2009年12月、仙谷氏により更迭されて経産省大臣官房付に――。かつてフォーサイトでも、その動向を取り上げたことがある「筋金入りの改革派官僚」古賀茂明氏(「ひそかに退職勧奨を受けた改革派官僚」参照)。その後も、経済誌への寄稿などで民主党による公務員制度改革の後退に警鐘を鳴らしつづける氏に、今の「政」と「官」が抱える問題点について聞いた。

――野党が10月、民主党政権の天下り対策を批判する古賀さんを政府参考人として臨時国会に出席させた際、仙谷官房長官は「彼の将来を傷つけると思う」と語り、野党から「恫喝だ」と批判されました。民主党は古賀さんの発言に神経を尖らせており、経産省も「自ら退職することを望んでいる」と報じられましたが、そうしたご自身の立場をどうお考えですか?
古賀 私にできるのは人事当局の判断を待つことだけです。人事は大畠章宏経産相の決断次第ですが、大臣も基本的には事務方に任せているようです。事務方は私に「辞めろ」と言うわけにもいかず、扱いに悩んでいるのではないでしょうか。私としては、当局の判断を待ちながら、その間は可能な範囲で情報を発信していくつもりです。このままでは日本はダメになる。思い切った改革が必要だという気持ちは変わっていません。

経済が拡大するという前提は崩れた
――このままではダメだということですが、具体的には?
古賀 バブルの頃まで、国の仕組みは経済が拡大・成長することを前提につくられていました。自民党は経済の拡大によって得られた果実を自らの支持層――たとえば農協や医師会など――に厚めに配分することで政権を維持し、官僚もまたその果実の上に自分たちの生活を守る仕組みをつくりあげ、それを維持してきたのです。経済が上向きであるなら、自民党の支持層以外にもある程度配当は行き渡りますし、官僚が果実の“上前”をはねても、つまりは税金をムダに、自分たちの利益のために使ってもまだ余裕はありました。しかし、バブル崩壊以降、経済が拡大するという前提は崩れ、果実は失われました。どこか特定の層に厚めに配分しようとすれば、一般国民が犠牲を余儀なくされます。その構造を変えなくてはならないのに何も変わらない、変えられない。これではダメだということで自民党はついに退陣を強いられ、政権交代へとつながったわけです。
 しかし民主党は、郵政民営化の事実上の棚上げ法案や農家への戸別所得補償や子ども手当の支給など、これから自分たちを支持してくれそうな層や人たちに対して手厚く保護する仕組みを構築しようとしました。旧い構造を断ち切ることを期待されながら、本質的には自民党と同じ利益誘導的バラマキの道を選んでしまったのです。「官」は「政」の本気度をよく見抜いています。官僚は民主党から「これはやれ」と言われたところに関しては形づくりにお付き合いしながらも、自分たちが守ってきた構造については「変えません。きっと大目に見てくれるだろう」という態度なのです。独立行政法人や公益法人、業界団体などに事業仕分けでメスが入っても、官僚は看板を掛けかえ、名目をかえ、他の事業につけかえたりして存続を図り、ゾンビのようだと評されました。それがいい例です。つまるところ、政も官もあまり変わっていない。中国はじめいくつかの途上国は著しい成長を遂げ、欧米もそれに遅れまいと懸命になっているにもかかわらず、日本だけが井の中の蛙のごとくです。このままではいけません。

民主党が犯した2つのミス
――民主党が掲げた「政治主導」がうまく機能しなかったということでしょうか?
古賀 民主党は政治主導のあり方について、2つのミスを犯したと思います。ひとつは総理主導を打ち出せなかったことです。
 憲法では、行政権は内閣に属すると規定されています。官僚はこれを「行政権は内閣にあるのであって、総理にあるのではない」「各省の事務を実施する権限は個々の大臣にあるのであって、総理にはない」と解釈します。これなら大臣ひとりコントロールしていれば行政の実権を握れるし、総理の“勝手なマネ”を抑止することができるからです。
 しかし、総理には大臣を任免できるという強い権限があるのです。方針に従わない大臣は罷免して自らが兼任するということも可能です。要は、総理の決意次第で、行政全般を動かすことができるのです。
 では、現実はどうだったでしょうか。長妻昭前厚生労働相のケースを見てみましょう。長妻さんはマニフェストに掲げたことを忠実に実現しようとしました。その一環として、役所の人事にも手を入れようとしたのです。大臣が仕事の目標を示し、それが達成できたか否かで信賞必罰を行なおうとした。天下りはまかりならんと宣言し、独法の役員を公募して、そこに官僚が応募してくると「これは天下り同然ではないか。ダメだ」と蹴飛ばし……。そういうことをひとりでやっていたのです。
 これは本来、内閣全体の方針として行なわれるべきでしたが、長妻さんは結果的に孤立しました。総理も官房長官も一切助け舟を出さず、最後は事実上の更迭という憂き目に遭いました。官邸が長妻大臣を支え、内閣に対して「長妻を見習え」と指示していれば、様相はだいぶ違ったと思います。
 もうひとつの間違いは、政治主導を「政治家主導」とはき違えたことです。政治主導とは「理念」であって、政治家は方針を示し、決断をし、責任をとるという意味合いのものであったはずなのに、民主党は「実体」として政治家が何もかもやるんだという次元の話にしてしまった。だから、予算案の策定にあたって政務三役が電卓を叩くなどという妙な光景が現出したのです。ロボットの頭脳の部分を政治家が担い、手足の部分を役所が担えばよかったのですけれど、政治家が自らなんでもやっていますというパフォーマンスに堕したのは、まさに本末転倒の事態だったのではないでしょうか。

見捨てられた長妻大臣
――なぜそこまで「官」の勝手なふるまいが許されているのでしょうか?
古賀 民主党は政治主導を掲げて勇躍、役所に乗り込んだものの、本気で官僚と対峙した大臣はサボタージュに遭って仕事が前に進まなくなった。長妻さんと厚労省がその典型です。しかし、役人を排除しては何もできず、長妻さんにいたってはその結果、更迭されるはめになりました。そうした経緯から菅政権では、官邸は官僚との関係を修復しようと努め、大臣もまた官僚と仲良くしようとしているのです。
 そのことは、様々な局面に現れています。天下りの容認もそう。事業仕分けにおいてもそうです。事業仕分けの場に政務三役が出て行って、蓮舫行政刷新相を相手に「事情を汲んでください」と言って、役所の立場を懸命に代弁しているでしょう。政治家の側にとって、その見返りはちゃんとあります。マスコミでは「霞が関の利益代弁者だ」と批判されても、役所では「大臣はさすがです」などと言って持ち上げられるし、関係団体からは感謝されるわけです。官僚はそのあたり、じつにうまく政治家を気分よくさせます。既存の政策を多少、お化粧直しして「大臣のために新しくしました」と言って提案してみせたり、海外から要人が来日した時にはマスコミを呼んで大きく報道させたり……。大臣も、役所の振り付けどおりにしていれば、気分がいいうえに間違いを犯さずに済みます。仮にミスをしても弥縫策や善後策を官僚が講じてくれます。反対に、振り付けにないことをすると、長妻さんのようにサボタージュに遭う。なんとも怖い話です。繰り返しになりますが、鳩山総理、菅総理はやはり長妻さんを助けるべきでした。結果的に長妻さんが内閣の反面教師になってしまったことが、今に悪い影響を残しているといえます。
(後編に続く)


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