同じ同人誌の友人の作品連載を続けます。
犬のいる暮らし(二) Y・S
五年ほど前、動物博覧会のイベントに参加したことがあった。世界中の多種多様の犬や猫が観られるというので、飼い犬を連れて気軽に夫と参加した。
たしかに見たこともないような珍しい猫や犬がいる。ケージを覗きながら歩くうちに、黒い子犬の前で足が止まった。プレートにスコティシュテリアとある。〈ああ、この犬だ〉瞬間、なぜだかこの犬をずうっと待っていたような気がした。
五、六歳の頃だったろうか。母親に黄色い手提げカバンを買ってもらい、とても大事に持っていた記憶がよみがえる。田舎で生まれ育ち、年子の兄がいて妹の私にまで贅沢なものを買ってもらえることは珍しかったあのころ、都会のデパートでそのカバンを手にしたときの胸のときめきを今でも覚えている。カバンの片隅には黒い犬のマークがついていて、異国にはこんなカワイイ玩具のような犬がいるのかと憧れを抱いた。黄色いカバンとともに、その見たこともない犬もずうっと私の記憶の中に仕舞われていた。
博覧会場で、今、目の前にいるのがその時の犬だ。初めて本物を前にして、つい見入ってしまう。子犬なので真っ黒い毛玉のようで顔はよくわからない。係員が「抱っこしてみますか?」と、ケージから出して私の胸に押し付けた。ああーそうか、展示即売会もやっていたのだ。「最近ほとんど見かけなくなった珍しい犬ですよ。無駄吠えもしないし、いい子ですよ」若い女性の係員がにっこりと私に笑いかけ、子犬の頭を撫でた。
このころ、私と夫にはよく諍いが生じていた。理由は些細なことばかり。多分こういうのを性格の不一致と言うんだろうなあと、いい加減うんざりしていた。が、唯一、私たちの共通点が動物好きだったので互いに気分転換にでもなればと、この動物博覧会に出かけて来たのだった。黒い子犬を抱いたまま動かない私に夫はにがい顔をしている。
結局、夫の渋るのを尻目に衝動買いをしてしまった。五十数年来、私の胸の中にいた犬だもの・・・。この時は、この出会いが運命であるかのように感じてしまった。
念のため、その場で先住の飼い犬(ラブラドールレトリバー)にも面通しをさせる。彼女は争いを好まない性質なので、この黒い毛玉に鼻を近づけただけで怒りはしなかった。彼女にしたら、この黒いのがこれから家族の一員になるなどと思いもよらなかったのだろう。ほんとに気の毒なことをした。あとの祭りとはこのことだと、のちのち思い知らされることになる。