【文春砲!】:《セクハラ財務次官も「嫌いじゃない」》『安倍晋三 回顧録』徹底分析で浮かび上がる“ネアカ宰相”の虚と実
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【文春砲!】:《セクハラ財務次官も「嫌いじゃない」》『安倍晋三 回顧録』徹底分析で浮かび上がる“ネアカ宰相”の虚と実
歴代最長総理の回顧録にあるのは自己弁護か、それともーー。評論家・與那覇潤氏と文芸評論家・浜崎洋介氏の対談「“ネアカ宰相”安倍晋三の虚実」(月刊「文藝春秋」2023年5月号)より一部を公開します。
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◆発売数カ月で20万部を突破
與那覇 『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)が売れていますね。
浜崎 発売されたのは2月ですが、わずか数カ月で部数は20万部を超えているらしいですね。
與那覇 『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)が売れていますね。
浜崎 発売されたのは2月ですが、わずか数カ月で部数は20万部を超えているらしいですね。
與那覇 反響の大きさに焦ってか、同書は「安倍氏が顔見知りの記者を相手に語った、自己弁護の書物であり、政治学者の手になる正式なオーラルヒストリーとは異なる」とする批判もあります。しかし政治家の「証言」を割り引いて読むべきなのは当たり前で、聞き手が学者かジャーナリストかは関係ありません。
浜崎 そうですね。
與那覇 第二次政権下で国家安全保障局長を務めた北村滋氏が監修者としてクレジットされたことを理由に、この本をプロパガンダの書物だと見なして叩く人も、ピントを外している。海外首脳との挿話など、うかつに活字化すると国益を損ねかねない要素について、刊行前に然るべき筋と調整するのは政治家として当然。今回は安倍さんが亡くなっており、文責を負えないので、北村氏の名を明記しただけでしょう。
浜崎 聞き手の態度が「さすが安倍元総理!」という感じなら問題ですが、官邸一強への批判や、森友・加計問題に「桜を見る会」の政治資金規正法違反の疑い、野党へのヤジの汚さも取り上げられている。ただ、この『回顧録』に書かれていない部分があるとは私も思っていますが。
◆安倍晋三は「ネアカ」?
與那覇 むしろ親しい記者さんが聞き手でよかったと思うのは、良くも悪くも安倍さんの喋りが素のままで、キャラを作っていない。「歴代最長総理の回顧録にふさわしく、重厚な歴史の証言を残すぞ」といった気負いを感じないんですよね。
浜崎 そうなんです。文芸批評家の直感で言わせてもらうと(笑)、この回顧録には、確かに言い訳が出て来るんですが、それも真正面からの言い訳なんですね。主観的ではあるものの、安倍さんが「何かを隠している」という印象はないんです。
與那覇 たとえば2020年、コロナ禍でステイホームを訴えた星野源さんとのコラボ動画は当時不評で、大炎上しました。しかし、本書での安倍さんの言い分はこう。
「悪評も評判のうちで、再生回数はすぐさま100万回を突破しました。批判した人たちには、それだけの再生回数の動画をあなたは撮れるんですか、と言ってやりたいと思ったぐらいです」(48頁)
浜崎 ここは、まさに安倍さんの性格がそのまま出てますね(笑)。
與那覇 子供の喧嘩かと思ってしまうけど、でも総理の頃から実際こういう感じでした。むしろそうした人が最長の政権を担えた時代とは何だったのかを、考えてみたくなる。
浜崎 開き直りというか、自慢のように読める箇所もたくさんあるんですが、とにかく屈託がない。この回顧録の大きな特徴は、ある種の明るさなんですよ。育ちの良さと言い換えてもいいのかもしれませんが。
與那覇 これ、明るいですか?
浜崎 たとえば、森友問題が国会で取り沙汰されるなか、記者へのセクハラで更迭された福田淳一財務省事務次官がいたでしょう。安倍さんは、その福田事務次官を取り上げて「財務官僚はまじめで暗い人も多いのだけれど、彼は違いました。私は嫌いではありませんでした」(287頁)と言ってしまうんです。
與那覇 なるほど。逆に言えば自分の内面を表に晒さず、本音がわからない「陰キャ」が嫌い(笑)。
浜崎 回顧録の安倍さんは、とにかくネアカで前向きなんです。
與那覇 外交面の回想でも、開けっぴろげで「苦悩」がにじまない。
浜崎 クセが強い海外の要人でも、会って話をすれば分かり合えるだろうと飽くまでも楽観的ですよね。2016年の米国大統領選挙のときも、外務省の予想に囚われずトランプに会おうとしているし、フィリピンのドゥテルテに対しても「ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)はないけれども、ある種の『核心』を突いている」(203頁)として人間的な理解を示している。どんな難物が相手でも「先入観を持たないことが大切」と、とりあえず会って話そうとするんですね。
與那覇 最大の見せ場は2014年、ロシアがクリミアを併合した後のG7会合でしょう。この時の欧州はプーチンに宥和的で、米国が唱える制裁に乗り気でなかった。難しい局面ですが、安倍さんはいかにも日本的な「言いたいことを全部言いあった後で、落としどころを探る」やり方のままで出ていっちゃう。
当時の「オランド仏大統領らがオバマの提案に慎重な考えを述べた後に、メルケルが私に発言を促すので、『G7が決裂したら終わりだ。相違点を議論するのはやめよう。とりあえずロシアを非難する声明を出して、制裁の議論は今後、各国の事務レベルに任せたらいいじゃないか』と言ったのです」(144頁)
で、この「なあなあ」の日本流が意外に機能しちゃうんですよね。
浜崎 そして、イタリアのレンツィ首相とハイタッチをする(笑)。「世界第3位の経済力を誇る日本が、ちまっとしている必要はない」(322頁)という言葉もありますが、こういうところは恐れを知らぬ日本人という感じがします。
◆小泉より中曽根がモデル?
與那覇 また、一見すると台頭する中国への警戒を各国首脳に説いていたようでいて、安倍外交は中国に対しても「落としどころ」を意識していたことがわかります。靖国神社に参拝しないことを中国が「約束しろ」と求めてくるのには、絶対応じない。しかし参拝するのは執政中に1回を限度として、タイミングも中国の面子を潰さない時期を見計らう。「関係を改善して首脳会談をやった直後に、日本の首相に靖国神社に行かれたら、中国首脳も政治的に持たないんですよ」(80頁)と。
浜崎 「靖国に行かない」という明言は絶対にしないものの、中国と折り合いをつけた格好です。その点、左派メディアが作り上げたイメージに反して、実はそれほど歴史問題に拘ってはいないんですよね。
與那覇 一昨年に刊行した『平成史』(文藝春秋)でも記しましたが、この安倍さんの姿勢は平成の小泉純一郎よりも、昭和の中曽根康弘の「靖国参拝」を思わせます。実は小泉政権下の官邸で「毎年参拝して、中国を根負けさせろ」と唱えていたのも安倍さんだったのだけど、自分が首相になると、特に第二次政権では現実主義にシフトしていった。
安倍晋三を「小泉改革の後継者」として知る世代に意外なのは、小泉評が冷たいでしょう。北朝鮮への強硬姿勢で人気が出た自分を「選挙目当てで利用しようと考えた」(383頁)だけの人だ、と。安倍さんの地金は「安定した戦後昭和」への回帰志向で、小泉型の破壊者ではない。
(本稿は2023年3月15日に「文藝春秋 電子版」が配信した オンライン番組 をもとに記事化したものです)
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與那覇潤氏と浜崎洋介氏による対談「 “ネアカ宰相”安倍晋三の虚実 」の全文は、「文藝春秋」2023年5月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
■與那覇 潤,浜崎 洋介/文藝春秋 2023年5月号
元稿:文藝春秋社 主要出版物 週刊文春【文春オンライン】 2023年05月15日 06:12:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。