◆戦禍が協調の出発点に
米国など大国は自国産業を守ると称し、高関税で他国の工業製品や農産物を締め出した。こうした「ブロック経済」は対立を先鋭化させ、悲惨な戦禍を招いた。
当時のルーズベルト米大統領が描いた戦後構想は「孤立主義を克服し、安定した国際秩序を達成することだった」と米国際政治学者ジョン・ラギーは指摘している。それは「人々の間で共感を呼ぶ平和を勝ち取る計画」でもあった。
関税を下げて各国の経済関係を深める自由貿易の推進を掲げた。貿易を円滑に行うため、通貨で最も信頼されるドルを世界中で使えるようにした。これらを支える国際的な協定や組織が米国主導で作られ、戦後の復興を後押しした。
その後、日本やドイツなどが高成長を遂げ、米国の存在感は低下した。国際社会は「米国1強」に代わる新たな枠組みを設立した。
石油危機に襲われた70年代には、日米欧が主要7カ国首脳会議(G7サミット)を発足させ、経済の再建をリードした。
世界恐慌以来の不況と言われた2008年のリーマン・ショックでは、台頭した中国なども加えた主要20カ国・地域(G20)サミットを創設して乗り切った。
こうした協調体制をトランプ氏は軽視している。高関税で相手を威圧し、譲歩を引き出す取引外交がやりにくいからだ。
保護主義が政権1期目より強硬になっていることも見過ごせない。高関税の対象は中国だけでなく、同盟関係にある日本や欧州も含む全ての国だと宣言している。
ウクライナ危機後、世界の分断は深刻化した。日米欧と中露の対立に加え、「グローバルサウス」と呼ばれる途上国では食料不足への不満が渦巻く。経済立て直しを議論するはずのG20は足並みの乱れが目立つようになった。
そこにトランプ氏が保護主義政策を乱発すれば、G20に代表される多国間の枠組みは機能不全に陥ることが決定的になる。
◆緊張を高める保護主義
高関税の発動は相手国の反発を招く。制裁合戦に突入して、貿易量が大きく落ち込めば、ようやくインフレが峠を越えた世界経済を再び冷え込ませる。最も打撃を受けるのは途上国の貧困層だ。
国連などを通じた途上国支援も減る恐れがある。トランプ氏は米政府の支出を大幅に削減する組織を新設した。トップに指名された実業家イーロン・マスク氏は、国際機関を支えてきた米国の多額の拠出金を見直す考えを示唆した。
生活苦を逃れる移民が増え、受け入れ側の欧州などで排斥論が広がりかねない。米国の独善的な姿勢が国際的な緊張を高める「負の連鎖」を引き起こすリスクがある。
青山学院大の古城佳子教授は「多国間の枠組みは各国の経済関係を安定させることで平和に寄与し、国際社会全体が享受できる『共通の利益』を実現してきた」と指摘。「トランプ政権の影響で自国の利益だけを追求する風潮が一段と広がれば、戦前と似た状況に陥りかねない」と危ぶむ。
国際社会は手をこまぬいてはならない。なかでも協調の一翼を担ってきた日本と欧州が果たすべき役割は大きい。連携して枠組みを維持し、トランプ氏に自制を促さなければならない。
「国益を守るために最も賢明な方法は国際協調である」。ブレトンウッズでの会議でモーゲンソーは語った。保護主義はかえって国益を大きく損なう。大戦の教訓を踏まえた言葉である。
戦後80年を迎えた今、原点を思い起こすべきだ。分断を乗り越える英知こそ求められている。
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