その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

成田龍一『 歴史像を伝える 「歴史叙述」と「歴史実践」 シリーズ歴史総合を学ぶ②』(岩波新書、2022)

2022-09-05 07:26:33 | 

シリーズ「歴史総合を学ぶ」の第2巻。歴史を学ぶ過程を、歴史像を描く「歴史叙述」と歴史像を伝える「歴史実践」として分けて、夫々の営みを通じて歴史を学ぶことがどういうことなのかを考察する。前半は理論編とも言えるような「歴史叙述」と「歴史実践」のアプローチについて説明がされ、「ジェンダー史」を例にとって具体的に「叙述」と「実践」について解説される。中盤以降は、明治維新、近代化、大衆化、グローバル化の4つのテーマについて、それぞれの具体的な歴史叙述や歴史実践の営みの紹介を通じてそれぞれの歴史像に迫る内容となっている。

第1巻につづき、本書も歴史像を具体化する難しさと面白さが、様々なテーマにおける具体例で示され、知的に十分エキサイティングだ。例えば、明治維新について、「戦後歴史学」「民衆史研究」「社会史研究」という歴史学の夫々の方法論での叙述が紹介されるが、同じ明治維新でも見えてくる世界は大きく異なる(第1章)。より多様な視点で出来事を見ることの面白さや重要性に気づかされる。

本書で分析されたり解説されている事項は、歴史学を学ぶ上で基本として押さえておくべきメソッドだとは思うが、内容の理解は簡単ではない。シリーズ第1巻と同様、ターゲットの読者は誰なのだろうか?が気になった。本シリーズが高校での歴史総合のカリキュラムスタートがきっかけになっているとはいえ、難易度から見て、高校生が主たる読者にはなりえないし、大人でもかなり難しいと感じた。歴史学を専攻する学生の最初のテキストレベルなのかなあ。

私個人的には、特に第3章の「大衆化」や第4章「グローバル化」は社会学的なテーマとも被り、歴史として何をどう捉えるのか、議論の枠組みがわかりにくかった。ジェンダー、メディア(総合雑誌『キング』、ラジオ、映画)などが取り上げられるが、良くも悪くも細部に至る解説で、何を論点に本書を読んでいるのか、道に迷った。

第4章のグローバル化も難しい。後半(pp291-p323)で30ページを超えるページを割いて、村上春樹を材料にグローバル化について議論される。主に「ねじまき鳥クロニクル」を用いて、村上春樹の物語における「家族」や「戦争」、村上自身の「戦争観」などが分析される。『ねじまき鳥クロニクル』における3つの物語が引用され、『ねじまき鳥・・・』における歴史は、1)「グローバル化における記憶と「グローバル化」との関係の模索」と2)「戦争の記憶の検証」という2つの問題系が議論されていると結論付ける。村上作品はほとんど読んでいるので興味深く読んだが、グローバル化という枠組みや個々の議論は、概念的で私の理解の範囲を超えていて、書かれていることは殆ど腹落ちしなかったというのが本音である。

筆者の真摯で高い熱量は十二分に感じ取れるだけに、そこにこたえきれない読者としての自分の不甲斐なさが残念ともいえる。また、やっぱり歴史を学ぶということは並大抵のことではできないということでもあるのだろう。

 

【目次】

はじめに――三つの「手」
「歴史像」の伝達/「私たち」と「私」

■Ⅰ 「歴史叙述」と「歴史実践」

序章 歴史像を伝える
 1 歴史の学び方
 2 ジェンダー史から/で学ぶ
 3 ジェンダー史の「歴史実践」

第一章 明治維新の「歴史像」
 1 明治維新の「歴史叙述」
 2 明治維新の「歴史実践」

■Ⅱ 「歴史総合」の歴史像を伝える

第二章 「近代化」の歴史像
福沢諭吉の三つの顔/男性啓蒙家たちの女性論/「女工たち」への視線/国民国家と帝国主義/森鷗外の戦争経験

第三章 「大衆化」の歴史像
新しい青年と、「民衆」=「大衆」の登場/イプセン『人形の家』をめぐって/「身の上相談」のジェンダー/「大衆社会」とメディア/『キング』とラジオ/小津安二郎とハリウッド/男性普選の実現と婦選の主張/市川房枝の「デモクラシー」と「総力戦」

第四章 「グローバル化」の歴史像
R「グローバル化」とは/「高度経済成長」のなかの女性/マクドナルド化する社会/村上春樹、および『ねじまき鳥クロニクル』

むすびにかえて――「戦後歴史教育」の軌跡のなかで

あとがき
「歴史総合」に役立つブックリスト

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