岩波新書の中でも有数のロングセラーと思われる『昭和史』の共著者である筆者は、19歳で陸軍少尉に任官し、終戦までの4年間中国大陸の前線で戦った。本書は著者が最晩年にまとめた従軍記である。
現場に居あわせた者のみが叙述できる具体的描写に溢れた戦史であり、筆者の戦争論、軍事論である。戦地を生き抜いた筆者の経験談の迫力にはどんな出来の良いフィクションも敵わない。ページをめくる手が止まらなかった。
戦争末期には将校不足から超短期養成で若い将校が任官していったこと、将校ですら戦時国際法について全く教えてられなかったこと、補給などの兵站が顧みられない作戦が当たり前のように遂行されていたこと、参謀が現場の状況を理解していなかったこと、などなど日本軍の敗戦分析論で聞いた話もあるが、経験談が伴うとリアリティの厚みが伴う。
戦争は暴戻志那を膺懲するためで、中国の民衆を天皇の仁慈に属させるためという大義を信じていた筆者が、中国での前線の現実の中で「部落を焼いたり、農民を殺したり、およそ民衆の愛護とか天皇の仁慈とかいう美辞麗句とは縁遠いものばかりで、何かおかしいと、しだいに感じ始めていた」(p34)という感性も、共感できる。
自らの中隊の大半の兵を失いつつも、生き残った筆者。よく、生き抜いてこうした記録を残してくれたと感謝した。
今なお、世界で戦争が続いている。暴力で命を奪われるのは、兵士だけでなく、武器を持たない一般の人びとであるということは、今も昔も変わっていない。
【目次】
はじめに
序節 士官学校へ入るまで
Ⅰ 華北警備の小・中隊長
陸士を出て中国へ
景和鎮の駐屯地
討伐戦と民衆
チフスで死にかかる
劉窩分屯隊長
冀東へ移駐
聯隊旗手の日々
中隊長となる
中隊の軍紀風紀
関東軍へ移る
一号作戦参加命令
Ⅱ 大陸打通作戦黄河を渡る
郾城の戦闘
長台関の悲劇
湘桂作戦はじまる
中隊の単独行動
茶陵西側高地の夜襲
陣地の攻防
黎明攻撃と負傷
野戦病院にて
関舗西側高地の攻撃
茶陵の滞陣
次期作戦の準備
Ⅲ 遂贛作戦遂贛作戦の開始
遂川挺進隊
飛行場から県城へ
贛州から新城へ
Ⅳ 中国戦線から本土決戦師団へ
歩兵学校への転勤命令
決戦師団の大隊長
敗戦を迎える
終節 歴史家をめざす
【付録】
ある現代史家の回想
一 史学科の学生として
二 現代史に取組む
三 『昭和史』のころ
四 軍事史を専門に
五 一橋大学へ
六 現代史を組織する
七 『天皇制と軍隊』について
解 説……………吉田 裕