「日本でデジタル化が成功するための鍵は何か」についての論じた本です。
筆者の問題意識は明確ですが、議論はかなり蛇行が激しいので、本筋の理解には骨が折れます。また、学者先生の著作らしい抽象的、概念的な議論も大きく混ざるので、実務家の私としては労はあったがリアルに得るもの少なく、残念な印象な本となってしまいました。もともと実務を目的とした本ではないので無いものねだりなのですが、ハイデガーの実存哲学の概念でデジタル世界を論じたり、日本文化や社会的特質を丸山正男で説明されるところなど、教養主義の香りがするとっても「岩波」っぽいところがあり、私にはちょっとついていけず。
私のように、「何が言いたい?」とすぐ聞きたくなるせっかちな人は、結論部分であるp180からp187だけを読んでも良いと思います。
結論部分を一部、抜き書きします。
「DXはオープンなインターネットによって社会全体を変革すると言うことであり、メタバースは、さらに一歩進んで、AIを活用した仮想空間から、リアル空間を形成していくと言う未来志向の考え方である。いずれもアメリカニズムに由来している。現状のままでは、日本で受容され浸透していくとはとても思えない。1つの理由は外来文化の受容の仕方の変化である。」
「日本社会は、伝統的にクローズドで、人々は周囲の空気を読む言動を求められ「同質性・安定・階層性」という価値観を捨て切れない。移民からなるアメリカ社会はオープンで、人々は、独立したアイデンティティーに基づく自己責任の言動を求められるから、DXに抵抗は無い。「多様性・変化・平等」がその価値観だ。(中略)親密な共同体での気配り、コミニケーションが暗黙の了解に基づく完璧で安定した社会関係をもたらしてきた。こういう伝統的な価値観が、優れたICT潜在能力がありながら、日本社会でアメリカ流のDXが進まない。最大の原因なのである。」(p180-182)
「この国の産官学のリーダーたちは、相変わらず直輸入したアメリカニズム一点張りでやれDXだ、やれメタバースだと、喧伝するだけだ。いま求められるのは、それらの概念を日本人の国民性に沿った形で再編成し、活用する方向を模索していくことなのである。例えば、小規模なチームプレイを積み上げ、ボトムアップの本格的集合知をネットで形成する努力は有効だろう。また、仮想空間ではなく、あくまでリアル空間に立脚したAIロボットの開発が、21世紀の国民生活を豊かにしていく可能性もある。」(p183)
最後に筆者は「具体的」な提案として、2つを上げます。一つは、「一般の人々が安心して利用できるネット環境の整備」。GAFAMに基本的なところを握られているのはおかしな話で、「政府のリードでプラットフォーム関連の国内企業が結集し、信頼できる安全なサブネット領域を建設することは公益上望ましい」と言います。
そして、2つめは、長期的な提案として「情報教育の進化と見直し」です。「情報とは本来、「意味」をもつものであり、その「意味」をもたらすのは生命活動の流れである。デジタル社会で上手に暮らしていくには、機械化の是非をめぐる直観力がもっとも大事なのだ。情報教育はまず、この基本原則から始めなくてはいけない。」とします。
最後は「ベルグが言うように、日本文化は技術を通じて自然を再認識し、リアル世界を本業にする視点を有してきた。日本のデジタル化が目指すべきなのは、そういう方向性の探求ではないだろうか。」(p186-187)と締められます。
決して、本書の主旨に異を唱えるものではないのですが、本書の主張は大所高所すぎて、個人の行動や社会の変革を促すものになるかと言うと、厳しいなあというのが率直な感想でした。というか、そういう(薄っぺらい生産性・効率性重視の)私みたいな日本人ばっかりだから、日本のデジタル化はうまくいかないんだと言われているのだろうと思うのですが、かといって本書が現実的な変革のドライバーになるかというと、それも怪しく、一体、どうすれば良いのか迷うばかりであります。
【目次】
はじめに
第一章 DXとはオープンネット化
デジタル敗戦
行政デジタル化の挫折
DXの本質
オープンネットの弱点
デジタル庁の役割
第二章 メタバースの核心
超世界のなかのAI
AIユートピア
シンギュラリティと超人間主義
AIディストピア
メタバースと意味の不在
ソサエティ5・0
第三章 ネット集合知をうむオートポイエーシス
インターネットの分権思想
集合知を問い直す
ポストモダニズムとデータ科学の矛盾
新実在論の限界線
主観が客観をつくる
ネオ・サイバネティクスと閉鎖性
オートポイエーシスから基礎情報学へ
第四章 分断深めるデジタル大国アメリカ
トランプ現象とQアノン
集合知シミュレーションの教訓
デジタルな魔術的支配
多文化主義の陥穽
没落する中間層
ポスト・アメリカニズムへの渇望
第五章 日本はデジタル化できるのか
輸入される知
トップダウンDXの危うさ
オモテナシの裏側
内むきの完璧主義
日本人とロボット
安心サブネットと情報教育深化