Creator's Blog,record of the Designer's thinking

毎月、おおよそドローイング&小説(上旬)、フィールド映像(中旬)、エッセイ(下旬)の3部構成で描き、撮り、書いてます。

エッセイ828.原色の街

2025年01月31日 | field work



 原色の街、それは𠮷行淳之介の小説のタイトルだが、撮影する側にとっては色彩飽和するぐらいの発色が面白い。京都に住んでいれば、渋い色好みの文化だから余計にそう思われる。
 クリスマスとお正月のフィリピンを自分の目でみたいと考えた。それは三ヶ月も前から準備される行事であり、クリスマスに至るまでに多くの行事が続く。だが断片的な画像ではわからない。だから実際に私の目で見て映像にすることにした。
 すくなくともこの時期は、街中に人々が溢れ賑やかになっているはずだ。だから嫁の家でクリスマスと新年をすごそう。フィリピンの季節は乾季だから、日本でいえば秋であり、そして冬がないから京都よりは温かい。
 春先まで滞在して縛れる京都忘れだ。だが正月が過ぎると事務仕事で京都の法務局へ書類提出がある。それに今年提出する学術論文の締め切りが3月にある。だから正月早々日本に戻り仕事に没頭する冴えない生活になる。来年こそはずらかるぞと意を決して居るが・・・。
 このブログも実は海外にいてもアップできるしさ。
(記:2024年11月24日)
 朝の嵐山へ向かう嵯峨野線の車内。毎日満員だし、何よりも色彩的に大変地味だ。地味というのはフランス人の配色のように彩度が低くてシックだという意味もあるが、日本では、近めで見ると綺麗な色だけど遠目で見ると綺麗さが感じられない。日本は近視眼的配色なのだろう。
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エッセイ827.私にとって不満な日本のホテル、追記

2025年01月30日 | field work

 アジアを旅するならagodaのサイトが使いやすい。先ずは定宿のCOPACABANA apartment Hotelを予約した。バーゲンチケットで45%オフ。予約はなんなく終わり予約番号が届く。
 というのも先日、日本政府e-Govの手続きをしたが、メールアドレスを登録すると圧縮ソフトが届き、解凍してからダウンロードさせられ、それから本手続きをするといった具合だ。もう面倒なのでパスワードなんかメモしてない。どうせMacが覚えてんだろう?。そしてこうしたサイトは二度と永遠につながらない特徴がある。
 もう一つ日本のホテルサイトで私が気に入らないのが、いつもツインベッドが標準である事。要望があれば部屋は狭いけれどダブルベッドもありますよ、となる。つまり日本でダブルの部屋を予約すると、シングルの部屋に少し大きめのベッドがはいった部屋になる。ダブルベッドが当たり前のインバウンド達からは理解できない日本の習慣だ。
 さらにいうとキッチンはないのか?、となる。市場で仕込んだ食材を調理し部屋でみんなで食べたいという場面は旅のよき思い出だ。それが海外では当たり前の習慣。
 だが日本のホテルにキッチンはないし、皿も鍋も洗剤も用意されていない。私の経験でもキッチンがついていたのは沖縄県のMr.KINJOしかない。それでもここは鍋釜食器洗剤をつけると1,000円/日と法外に高い。
 ホテルに連泊するとホテルレストランの食事はメニューこそ変えてくれるが、その味付けに飽きる。そこで外の屋台で食べたい。京都に来るインバウンド達が外の店に食べに出るのも、そうした理由からである。特段京都の味を求めているわけではない。
 それでいて日本のホテルは高い。たしかに最近の新しいホテルはインテリアが現代的だが、建築の専門家からいわせると安い内装材を、あろうことか外装に用いるなどデザインが旨くなったと(当然5年後に木材は気候変化で使い物にならない)。利用者はインテリアに宿泊費を支払っているわけではないから、掃除がされて清潔であればよい。それがホテルの条件だ。
 さて今回も料理人の叔母さんや親戚をつれてCOPACABANAに連泊。2室2泊で日本のホテル1泊分より安い。また近所の市場へ食材を買いに行かされ、ホテルで宴会だろう。
 もう一つ書き忘れた。ホテルの部屋ってベッドルームと、キッチンのついたダイニング兼リビングルームの2室あるのがあたり前だよ。

画像:COPACABANA apartment Hotelのサイトから

追記
 ついでに日本のWEB購入サイトのなかには、セキュリティを高めるために手続きを複雑かつ面倒にしてくれるサイトが多い。
 その一つに日本の古本屋サイトがある。研究者はときに古い文献にあたる必要がある。
 本を注文したらクレジットカードの登録画面がない!。
探し出したクレジットカード入力説明には、怪しいサイトではありませんなどと書かれ、何を時代錯誤みたいなことをいってんだ!!、肝心の登録画面がないだろうよ!!!。
 それじゃ、ますます怪しいサイトじゃん!!!!!。
先月も注文したのに、カードが支払えなかったといって購入が勝手にキャンセルされたばかりだ!!!!!!!。
 同日同じカードでAmazonで買い物したばかりなのに・・・・・。
 二度目のアクセスにしてようやく私は理解した。
つまりWEBでは注文迄なのである。その後メールで金額確認が届き、それから書かれてあるアドレスにアクセスするとようやくクレジットカードの登録画面になる。その登録画面の画像解像度が低く、ますます怪しいサイト風だ。そしてもう一度登録すると購入完了になる。つまり2回のアクセスを伴う。
 ならば冒頭にそのように手順を書けよ!。そうすれば、こちらはイライラしなくてすむ話しだ。
 このように肝心なことを冒頭に書かない、言わないケースが日本のサイトでは実に多い。こうした傾向は特に日本人固有の現象だ。ちゃんと大学で卒業論文を書いてこい!。こちらは「最初に結論を全部言えよ!!!」。そうすれば無駄な時間を使わなくて済む話しだが・・・。
・・・
今考えると私は偽サイトに引っかかったのだろうか?。
確認のメールが届いたので今は信じているが・・・。
・・・
 こうしたことから、購入や予約のサイトは明解なデザインと編集やサイトの構造が必須。それらが下手というのは詐欺を助長させるだけだ。詐欺は、複雑さが故にわかりにくさや勘違いを助長しながらおこわれている事実を覚えておいてほしい!!!?。
 例えば優れたデザインのA社のサイトがある。あるとき詐欺師にサイトをコピーされた。商品購入の場面でクリックしたらデザインテイストの違うサイトに飛ばされた。さらになんだかんだと複雑さのなかに落とし込まれ、ついには個人情報を全部書いてしまった。それで詐欺師はハイ!、サヨナラだよ。
 デザインが悪い事、情報リテラシーが明解でない事、冒頭に簡潔明瞭に書かれていない事、これはすべて詐欺師のサイトであると断言してよい。そんな公共サイトが多い。
 政府や多くの役所、銀行、電気等など・・・。これらのサイトはデザインポリシーが徹底せず、文章があまりにも長く、そしてわかりにくく(つまり役所表現か過多なサービス案内)、複雑系構造であるがために、詐欺師にとっては混乱のドツボに陥れやすく、格好の標的であると私は指摘しておく。
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エッセイ826.私の海外での撮影システム、追記

2025年01月29日 | field work

 今年の冬は本格的に寒く雪も多いとする予報が気象庁から出されている。だが私はクリスマスと正月はフィリピンにいる。日本の寒さが緩んだら帰国しよう。つまり冬忘れだ。
 旅の映像機材を考えていた。アクションカムのGopro7が小さく使いやすい。だが、この機材は少し古くHD画像が標準モード、4Kはサポートされないなどと書かれてある。そんなもの無視して使ってみたら結構いいじゃん。でもバッテリーの持ちが悪く突然熱停止する。
 そこで夜に強くバッテリーが長持ちする最新型のInsta360Ace pro2を注文した。アクセサリーもよく考えられていて好ましい。在庫払底で二ヶ月後にFedexが運んでいるとメールが来る。そして配送メールより4日早い朝、玄関から「セイノー」と声がした。Fedexから引き継いだ運送会社だろう。旅立ち前に早く届けばテストする時間もありそうだ。中国製アクションカムの価格では日本のミーレス機材は買えないが、どうも日本製品を上回る完成度のようだ。既に写真機大国は日本ではなく中国だ。
 そうなると旅のシステムは・・・
 FX30に何でも撮れる18-105mm。大概の撮影は、これで間に合う。それに夜用に50mm/F1.8を加えよう。そうなるとジンバル持参か。そしてアクションカムを加えると申し分ないシステムになる。いつものフィールドシステムだ。しかしこれは大げさすぎる!!!。
 何が省けるか。先ず18-105mmのレンズが大きく重いから辞めよう。次にジンバルだ。映像撮影には必須だがかさばる形状だ。Insta360が手ぶれに強そうなのでジンバルの代わりをはたしそうだ。そうやって省いてゆくと、こんなもんか。
 そんな持参するシステムをiPhonで撮影しながら、フィールドでの使い方をイメージしつつ機材を選ぶ。そんな私って実は優柔不断であり、ホント!、におもいっきりが悪いんだ。悩むほどの機材でもないのにさ(*^▽^*)。
 そんな旅の映像機材のチョイスが悩ましい。といって悩むほど高価で多くの機材があるわけではない。こちらはチープ機材だが極力軽くしたい。
 例えば教会のクリスマスイブは夜だから明るいレンズが必要だ。といって大げさな機材は威圧感があり持ちたくない。つまりわからないように持ちたい。そこでアクション機材が役立ちそうだ。

(記:2024年12月3日)
 
    いつものフィールドシステム   減量したシステム

iPhon13pro

追記
 中国製撮影機材と関連して、中国のAI半導体企業ディープシークと呼ばれる企業が低コストで開発したAI半導体をひっさげて登場した。とたんにアメリカのエヌビディア株が大暴落をした。
 既にAIはネット上の知識をほとんど吸収した。今後は、まだネット場にない情報、つまり仮想とかクリエイションが重要になりそうだ。それはわたしのブログでも述べた。ドローイングや映像を続けているのもクリエイションの実践といえる。
 これに関してさっそくトランプ大統領が反応した。今後AI競争はさらに加熱しそうだ。人類はどこまで走り続けるか。
 でっ、AIに関する石破首相の発言をChatGPTで探した。どこにもない!。まだ、政治資金問題をやっている。もうそんな呑気なことをしている世界ではない。いま世界はドラスティックに動いている。そんな波に乗れない日本は悲しいですね。
 エヌビディアは、日本でも多くの活動している。ChatGPTは以下の回答をした。私は影響大きいと思うけどな。ちなみにAppleストアからディープシークのアプリは、私のiPhoneにも入っている。

エヌビディア(NVIDIA)は、グラフィックス技術やAI関連の分野で世界的に重要な企業であり、日本でもその影響力は非常に大きいです。日本におけるエヌビディアの活動と影響については、主に以下の点が挙げられます。

1. ゲーム業界への貢献

エヌビディアのグラフィックスカード「GeForce」は、特にゲーム業界で広く使用されています。日本のゲーマーやゲーム開発者にとって、パフォーマンスの高いグラフィックスカードを提供することは、エヌビディアが日本市場で大きな存在感を持つ理由のひとつです。また、エヌビディアの「RTX」シリーズは、リアルタイムレイトレーシング技術など最新技術を提供しており、日本のゲーム開発やコンシューマ向け製品に多大な影響を与えています。

2. AI技術とデータセンター

日本の企業や研究機関にとって、AI技術は急速に重要になっています。エヌビディアは、そのGPU(グラフィックスプロセッシングユニット)を活用したAIトレーニングの加速に貢献しており、日本の企業でも自動運転技術、製造業の生産性向上、医療分野など多岐にわたる分野で活用されています。特に、データセンター向けのNVIDIAの「A100」や「H100」などのAI専用GPUは、ビジネスや研究で利用されており、日本国内の企業に対する影響は年々増しています。

3. 自動車業界への進出

自動運転技術におけるエヌビディアの影響も見逃せません。日本の自動車メーカー(トヨタ、ホンダ、日産など)は、エヌビディアのドライブプラットフォームを採用して、自動運転技術や車両内のAIシステムの開発を進めています。これにより、エヌビディアは自動車産業における技術革新の中心的な役割を果たしていると言えます。

4. ソフトウェアと開発者支援

エヌビディアは、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアや開発ツールの提供でも日本市場に影響を与えています。例えば、「CUDA」や「cuDNN」など、開発者向けのツールは、日本の研究者やエンジニアによって活用されています。また、日本のスタートアップやAI関連企業にとっても、NVIDIAの技術は重要な要素となっています。

5. 教育とコミュニティ活動

日本ではエヌビディアがAIやデータサイエンス、ゲーム開発に関する教育活動にも力を入れています。大学や研究機関との連携を通じて、次世代のエンジニアや研究者に向けて技術を提供したり、ワークショップやハッカソンを開催することで、技術革新の促進に貢献しています。

総じて、エヌビディアは日本のテクノロジー業界、特にゲーム、AI、自動車、そして研究開発の分野で非常に大きな影響を持っています。


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エッセイ825.またシュミンケ

2025年01月28日 | field work

 昨日衣替えをしておいてよかった。
 今日から寒くなった11月の京都である。最近暖冬傾向だから少しはしのぎやすいが、京都の紅葉などを撮影にゆく気分ではない。今日も夜のジムへゆく前に長岡京ぐらいは撮影しようと考えたが寒いからパス。家に籠もっているほうが快適な季節になった。
 そうなるとあの画材を思い出し、早速デスクに並べる。絵具がデスクにある風景は心地よい。ならばドローイングシリーズは、またシュミンケで描こう。固くなった絵具のキャップをペンチで開けながらバレットに落としてゆく。そこにはお茶のお点前を入れてもらっているような安らぎ感がある。
 それは第三者がインターネットで介入してこない心地よさだ。インターネットもadobeといった利用ソフト企業からのメッセージや、そうかとおもうとインストールできなかったPoserの販売店が、返金しますからメッセージとりさげて・・、という面倒なのまである。だいたいそんなのどうやって取り消すのか?、わたしゃそんなのに費やす時間がもったいない・・・。返金しなくてもいいからほっといてが私の気分だ。そんな煩わしい輩がインターネットには、多いのですね。
 さてクリスマスと正月は、フィリピンの嫁の家で過ごすから、京都の寒さ体験したくない。さっさと旅支度でもしてGoodbye Japanしよう。
 そんなわけで2月のドローイングシリーズは、久しぶりにシュミンケ(透明水彩絵具)による着彩です。
(記:2024年11月18日)
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エッセイ824.天井高

2025年01月27日 | field work

 フィリピンのNIKKAが甥っ子の誕生日に出かけた時の画像を送ってきた。多分ピットピタンから少し東のマロロスへいったところだろう。なんと建設中の家にカラオケセットと料理を持ち込んでの宴会だった。それにしてもぎょうさん親戚筋がいる事。私の記憶でも顔見知りは数人以下だ。
 NIKKAの家の設計が終わったところだが、私のデザインだと天井高が低い。そう思って人が集まるリビングは大きな吹き抜けにしておいたのは正解だった。
 それにしても何!、こんなに天井高が高いのか。どうも空間感覚が国によって違うということは気がついていた。
 京都で新築の住宅というと、それは私の家の町屋よりも天井が高いのである。敷地が狭く天井が高いから、室内の空間が縦長になる。それは室内の狭さが際立って落ち着かない空間になるのだが、最近の日本人はそんなことに神経を払う人はいないようだ。そんな雑な感覚で、いまも市内に新築住宅が増えている。
 建築空間のプロポーションにも、構造力学同様に縦横比がある。私は天井高を低く抑えるデザインが好みだが、どうも市井の人間達からは嫌われるデザインになる。狭くても天井は高くしたいというのは、現代人の切望なのだろう。
 箱根プリンスホテル玄関の図面を見たことがある。その入口部分の天井高は2.1mである。低く構えて室内に行くと高い天井とする村野藤吾のデザインの方が変化があってよいと思うけどな。
 そんなことをいうと「そんな田舎者のデザインなんかはやらないよ」などと言いかねない。ええっ、あの村野藤吾が田舎者ですかぁー?、すごいことを平然と言い切る現代人の教養のなさにはぶったまげた!。インターネットが普及してから、教養のない日本人が増えた。


撮影:NIKKA PAGTALUNAN
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エッセイ823.11月のカトルセ

2025年01月26日 | field work




 
 京都の紅葉もまだ始まっていない頃、ウチの嫁がフィリピンのお祭りの画像を送ってきた。ブラカン教会前でおこなわれている「11月のカトルセ」と呼ばれるイベントの1つのようだ。
 カトルというのはフランス語で4という意味だが、カトルセとはなんだろう?。
 Google検索では、企業名であったり食べログにアップされているお店だったりして役に立たない。最近期待できない事が多い・・・。
 こういうときはchatGPTが役立つ。

「カトルセ(Quatros)」は、カトリック教会におけるキリスト教行事の一つで、主に「四旬節の始まり」を指す言葉として使われることがあります。しかし、この用語自体はあまり一般的ではなく、正確な意味や使用方法については少し曖昧です。
もし「カトルセ」がフランス語などで使われている場合、「四旬節の四つの曜日」というような意味合いで使われることもあります。カトリックの四旬節は、イエス・キリストの受難を記念して、復活祭前の40日間にわたって行われる禁欲と祈りの期間ですが、その最初の曜日や重要な儀式に関する言及の可能性もあります。

 ふーーん、禁欲と祈りの期間ですか?。画像を見る限り禁欲などはなく、やはり南の国のお祭りだ。ブラカンは田舎の町だけど、この人の多さ。

撮影:NIKKA PAGUTALNAN
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エッセイ822.果たせなかった夢

2025年01月25日 | field work

  1970年7月に撮影した画像だ。
 私は鉄ちゃんではないけど、鉄ちゃんに誘われて鉄道を撮りつつ、その背後にある街の面白さを発見した。それは後に私の関心が都市へと広がる下地になったかもしれない。
 そんな中で上野駅は、一人で撮影に出かけた。北海道や東北の地図をみて、いってみたい街が沢山ある。でも金がない。だから上野駅ぐらいにでかけて、まだ見ぬ土地の気分ぐらいは味わいたい。石川啄木も上野駅へ故郷の香りを嗅ぎに出かけたぐらいだから、当時の上野駅には東北や北海道の香りが混じっていたのかもしれない。
 1970年7月の時刻表サイトをみるとトップ画像は、背後に帰宅するサラリーマンがいるから、上りはつかり2号が17時37分に上野駅に到着した時の画像だろう。多分列車から降りてきた人達の会話には青森弁の空気が漂っていたかもしれない。
 実は、この画像右下にホームに座り談笑している旅人達がいる。夜になれば、こうした人達がさらに増えてホームに新聞紙を引き、酒などを飲んで故郷の言葉が飛び交っていただろう。夜行急行の津軽や十和田に乗る人達である。私は、そんな異境の空気を何故記録しなかったのだろうか。多分夕飯迄に帰ってこいと親から釘を刺されていたのかもしれない。
 2番目の画像は上りはつかり1号だ。撮影場所は日暮里駅付近の踏切だから13時25分に上野へ着く列車だ。もちろんしばしば床下から火を噴く事故が多発しとても青函連絡どころではなかった。なんでもキハ80系は最高速度100kmが5分しか出なかったという記事を読んだ。鉄道車両は情けないから背後にある下町の面白さに足をむける契機となった。
 そんな撮影にしても、旅に出たいなと思いながら、金がなく、機材もなく、そして決断がつかなかったのだろう。
 そんな時に「アルバイトをして往復の運賃を稼げばいいじゃん。それで夜行列車で青森へ行き、青森の街を散歩して、また夜行列車で帰ればいいじゃん。それだって立派な旅だよ」と、そんな素晴らしい知恵を授けてくれる人間が私のまわりにはいなかった。
 そんな思いで下りはつかり2号青森行きを鶯谷駅から撮影したのが最後のカット。上野を15時40分に出て常磐線を北上し、青森に0時10分に着き、青森港発0時30分の青函連絡船で函館へ4時20分に着くことは、予め調べた時刻表で知っていた。通り過ぎる列車を撮影しながら異境の土地への旅気分を重ねていた。今私が旅、旅とうるさいのも、若い頃の果たせなかった夢のためかもしれない。
 其の後仕事で頻繁に青森市を訪れることになった。すでに青函連絡船はなかった。だから旅は思い立ったが吉日なのであろう。


機材:Canon6L,50mm/F1.4,ネオパンSS.
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エッセイ821.都電の背後が・・・、追記

2025年01月24日 | field work




  鉄ちゃんに誘われて、銀座の都電が無くなるから撮りにゆこう。それが街歩きの切っ掛けだった。都電は其の後順次廃止され、これに呼応して残されている都電を撮影していた。1968年4月の東京である。
 だか都電を撮影していると背後にある古い建築に目がゆく。なんだろうあれは?。トップ画像は神田界隈にあった一橋大学の如水会館である。2番目は桜田門であり当時の警視庁の旧庁舎が写っていた。国会議事堂が正面に来る位置をさがして都電と警視庁がはいる位置をさがして撮影したのだろう。それはシティスケープへの関心が芽生えといえる。3,4番目は数寄屋橋だ。すでに銀座通は都電が廃止されたが、一本皇居側の大通り数寄屋橋交差点では、まだ都電が走っていた。メディアの関心と現実とは違うと感じた頃である。そして最後は東京タワーから日本最初の超高層霞が関ビルを撮影した。当時東京の平均階数は3階まではゆかなかった時代だから、街が閑散としている。今は東京タワーから霞が関ビルがみえるだろうか?。
 こうして鉄道の背後にある街のありように関心が移っていった頃である。変わらなかったのは撮影機材。それももらい物のお古。金のない高校生だったからニコンなんて夢さ。そんなとき同級生がPENTAXなら一番安いボディが買えるよと助言をくれた。彼はその機材を調達し写真の世界にはいっていった。だからPENTAXという機材に今でも親近感がある。それは見栄や肩肘なんかはらないで、今できることをしたほうが正解だよとする人生訓だったかもしれない。

機材:Canon6L,50mm/F1.4.


出典:https://camera.yoakemae.shop/items/7110050?srsltid=AfmBOooTYZATzGfMbitYCEkv19Ax8fK_WwqTo_Hn0H9qMROHcsTLsD9y
 1964年TTL露出計を内蔵したPENTAX SPが旭光学から発売された。それと同じ機能でありながらTTL露出計を除いた機種がPENTAX SLが1968年に発売された。まさに質実剛健。当時の価格でボディは27,000円。因みにニコンFボディは55,000円だったから、本格的な一眼レフでありながら価格の安さがPENTAXの良心を感じさせる商品であった。中学時代O君はこの機材でレンズシステムを組み高校の部活で写真を勉強していた。これは実に賢い選択だった。ふと、このボディをそのままの寸法でデジタル部品を実装してデジタル一眼レフをつくらないかなぁーと想像した。

追記
 フィリピンにいて日本のニュースを検索するとフジテレビがいつも登場する。こればかりですか・・・。情報を集約するとフジテレビは、女子アナウンサーの出世欲につけこんで、隠密りに枕営業をしていた。コンプライアンス以前の古い企業風土があった。スポンサーが大挙してずらかりCM差し止めになった。それ自体が事の重大さを裏付けている。こちらは、どうなるかを客観的に見る面白さがある。テレビ局自体が実にテレビ的に演じられている。
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エッセイ820.竹芝桟橋

2025年01月23日 | field work




 竹芝桟橋は山手線の浜松町駅から歩いてゆける。だからといってレストランやバーがあって人々で賑わうといった私達が思い描く港町の風情ではない。
 実際海路・陸路の流通中継拠点として倉庫群ばかりだし、殺風景な風景が続く。唯一東海汽船の船が出航する夜の時間だけ人の気配があるが、それ以外は閑散とした街が続く。昔から殺風景な街である。
 そんな街でも何かあるかもしれないとカメラを持って歩き回るあたりが、高校時代のバイタリティか。アップした画像は全て1968年2月に撮影した。
 トップ画像は水上警察署だ。尖塔のある姿がこのあたりのランドマークになる。その手前に旧国鉄貨物線がある。当時の私はこの線路に沿って周辺を徘徊したのだろう。多分鉄道用地に簡単に入れた。しかし倉庫の風景ばかりだ。今この鉄道は地下に埋設され、いずれ羽田に向かう路線にするという計画を聞いたことがある。最後の画像の木造建築は都立芝商業高校である。今も残されれば東京都の文化財だったかもしれない。今はRCの校舎に変わっている。
 もともと竹芝桟橋は夜に出航する伊豆七島の航路以外はなく、人通りの少ない物流エリアである。港の賑わいといってもニューヨークのピア17のようにはゆかないし、それだけの知見をもった計画者も建築家もいなかった。いまではなくてもよい高架歩道を建設し、人の歩かない道と閉鎖的な高層ビル群に囲まれている。
 竹芝桟橋にゆくと海が見える高架デッキがあり、そんな程度の設えは文科系事務屋が考え出したアイデアだったのだろう。もちろんアイデア崩れであり誰もいない。これは近隣オフィスワーカーのランチでまれに利用されるぐらいか。だから今でも死んだ街である。というのもゆりかもめ竹芝駅の乗降客数は、4,126人/日と16駅中では13位と低く、近隣オフィスワーカーぐらいしか利用しない街である。今後も人気の少ない寂れた街が続くことだけは確かだ。

機材:Canon6L,50mm/F1.4,ネオパンSS
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エッセイ819.記憶だけの八丈島

2025年01月22日 | field work


 結局静止画機材の虫干しは取りやめて、私が撮影した古い画像をアップさせることにした。これも私の意識の虫干し作業。
 ここの画像は1970年となっている。東京芝桟橋であり当時東海汽船の橘丸は八丈島航路だと記憶している。もちろん今も新型の黄色い船で運行されている。船の出航もよい被写体だと思っていた。正装した人達が写っているから島へ転勤するのであろうか。私は旅に出たいという気分の方がつよかったけど。
 八丈島は、其の後デザイン専門学校でアルバイトをしていたころに、学生達の夏季合宿の付き添いでゆかされ、今では廃墟名所となっている八丈島ホテルに宿泊した。付き添いだからカメラなどはもってゆかなかった。
 だから記憶だけの八丈島である。

機材:Canon6L,50mm/F1.4
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エッセイ818.人生を幸せにしてくれるカメラ

2025年01月21日 | field work




 プロダクトを選ぼうとするとき、その人の考え方が表出する。財布の中をみて、今あるお金で買うか、それとももう少し待ってお金をためて巷の評判が高い高品位なプロダクトにするか。それが車であれ、撮影機材であれ、同じ事がいえそうだ。
 かって私は、ようやくニコンFを手にするまで何年も待たなければならなかった。それまでもらいもののカメラを我慢して使っていた。しかしニコンFを手にした結果、よい写真が撮れたことは一度もなかった。満たされたのは所有欲だけだった。
 それを思うと、私は今あるお金で買った方がプロダクトの賢い選択方法と考えている。そう考えたのはPENTAX MEを手にした時だった。当時のPENTAXは、財布中のお金で買える機材だった。しかも随分あとに私が手にした機材は、会社のロッカー整理でゴミ箱に捨てられていた。確かに全然動かない。その動かないボロボロの機材を拾い出し、自腹でサービスステーションで修理をして蘇った機材だ。修理費は15,000円であり、もっと機材を使ってくださいと注意書きに書かれていた。
 そしてこの機材は使う人間と大変相性がよく、私がイメージする画像を沢山撮影してくれた。そのまま使用していれば私は写真の名手になったかもしれない。
 フィルムからデジタルに変わる頃、この機材を中古カメラ屋に引き取ってもらった。多分安い価格だったと記憶しているが陳列ケースに置かれていた。きっと誰かが買っていった。人生を幸せにしてくれるカメラだよ。
 だからプロダクトを選ぶときは、憧れや巷の評価は無視し、肩の力を抜いて財布の中のお金で買うのがよい方法である事を悟った。そのPENTAXはいまリコーの傘下にあり撤退の噂が聞こえる。今はカメラが売れない時代になった。良心的に優れたPENTAXプロダクトだが惜しいけど、今は私も静止画はとらないから時代の趨勢で惜しまれながら消えてゆくプロダクトデザインであろう。
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エッセイ817.フィリピンで活躍している映像機材

2025年01月20日 | field work

 フィリピンに来る前に、多分アクションカムが役立つだろうと予想した。幸いなことに旅立ち直前に中国深圳からおくられてきたInsta360Ace pro2を持ってきたのは正解だった。それほどに中国製アクションカムは進化し、日本製アクションカムは姿すらない。
 旅に出ると、時間的、物理的、そして私の心の余裕的に日本製高画質機材が不適切の場面が多々あった。私は撮影者ではなく親族の一人として催事に参加しているのであり、そんななかで撮影チャンスは突然やってくる。
 そこでヤッケの胸ポケットにいつも納まり、記念写真を必ず撮影するフィリピンで、幅1.8mのテラスの壁側に20人の親族達が横に並ぶ記念撮影では、魚眼レンズのアクションカムの画角が必須。つまり場所や相手を選んではいられないし、一々セッティングなど不可能。そんなとっさの即応性が旅の機材の必須仕様になる。残念ながら日本製のマニアックな機材は、常にセッティングしておく必要があり即応性が皆無。
 そうした点で先鞭をつけた米国製Goproの製品開発は冴えていた。それは日本製プロダクトを凌駕するコンセプトであった。
 だがGopro7は京都に置いてきた。持ってくれば予備機材として使えたし、なによりも嫁がくれと言っている。人にあげられるほどの価格というのも重要だ。今この価格帯で即応性ある日本製映像プロダクトは少ない。そのあたりが日本製品のダメなところだ。性能が良ければ優れている時代ではない。そうした方向違いの性能の良さが、今災いしているのである。つまりコンセプトが大切なのである。
 ダメなところを指摘すれば、日本製プロダクトは機材の性能や使い勝手を向上させようとすれば次第に機材自体が増殖してゆく。そうして経営的利益を向上させてきた。
 だから最初から小さく携帯性をよくし、最大の性能を詰め込むコンセプトは、日本からではなくアメリカだった。今中国製Insta360Ace pro2は強力な手ぶれ補正が効いているので、ジンバルを持参しなくてすんでいる上に、胸ポケットにおさまり、重宝している。
(記:フィリピン・ブラカン、2024年12月26日)

iPhon13pro  
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エッセイ816.夜鳴き蕎麦

2025年01月19日 | field work

 ダイエットで避けているものにラーメンがある。
 だが冬の夜仕事をしていると夜鳴き蕎麦が食べたい。といって寝る前に食べれば確実に翌朝の体重は増える。だから今ではダイエットを優先している。
 画像はインスタントラーメンを自分で調理した夜食だろう。他方で街ではもう10年以上前に三条河原町の交差点で夜鳴き蕎麦の屋台が出ていた記憶が最後だ。あの屋台はどうなっただろう。
 そんなダイエット前の画像だから、クレジットをみたら2020年3月12日となっていた。新型肺炎がこれから全国に拡大する頃だ。この年の4月から緊急事態宣言がだされた。そして今は、夜鳴き蕎麦の屋台も無くなり、新型肺炎も治まった。
 これが博多の町なら、いまも屋台は多い。だが博多にゆく用事がない。ゆかなくなった町、そして食べなくなった味だと思っていたら、アジアの町は、インド、バングラディッシュ、タイなどは今も屋台だらけだ。独り合点。
 それにしてもデジタルは、撮影日と機材を記録してくれるから、撮りっぱですむ。簡単になった。

iPhon7
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Fieldwork959. A detour to Kouzinguchi, Kyoto, December 2, 2024.

2025年01月18日 | field work

 会社の書類申請で荒神口の法務局へでかけた。そのまえに寄り道をした。鴨川の渡り鳥を撮影しよう。しかし鷺が一匹しかいなかった。それでは下鴨神社の糺の杜でも撮ろう。市内の名所にある人工的な紅葉とは異なり、ここは都市のなかにある世界文化遺産の自然林の紅葉だ。そこがいかにも京都らしい秋の風景だろうと考えた。それに訪れるビジターもいつも通りであり、静かな糺の森である。
 そんな中で複数の結婚式のカップルが同時に現れた。ここは神前結婚式の場所でもあった。日差しは明るく、寒くなく、結婚式日和だった。
 さて会社の更新手続きで法務局にゆかねば。
 京都も紅葉の名所は多いが、その多くは造園師のなせる技である。そんな技の作品を尋ねたいと考えたが、今年は清水寺をみたのでお終い。気候の影響なのか、あまり綺麗ではなかったな。
 紅葉が終わるとすぐに年末がやってくる。その頃私はフィリピンにいるだろう。京都の縛れる冬から逃れようというわけだ。
 さて今日のブログで1月分の投稿は全て書き終わった。時間がかかっただけに、ちょっと安堵感である。
(記:2024年12月の初め)

Fieldwork959. A detour to Kouzinguchi, Kyoto, December 2, 2024.

下鴨神社糺の杜
SONY FX30,E4/PZ18-105 G OSS.

追記
DDosの攻撃以来gooブログが、回復した途端にまた、不通だ。Mac PCから編集画面にアクセスできない。だから執筆できない。ブログは使えるが、編集リアクションも大変遅い。今月は悩ましいですね。フィリピンで悶々としています。
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Fieldwork 958. As expected, Kyoto is Kiyomizu Temple. November 30, 2024.

2025年01月17日 | field work

 11月の末頃、京都は紅葉の季節である。京都市内には有名な紅葉の名所が沢山ある。どこにゆこうか?。私は大いに迷う。だが、やはりここが一番よい。何故ならば、街が一望できる山の中腹にあり、大きなランドスケープは他にはないからだ。
 それにこの時期の午前中は天気がよく、午後から曇るという気候が続く。もちろん冬のように寒い日々が続く。だから紅葉も一気に色づく。それは冬の始まりを告げる合図だ。「今年も寒いぞー」樹木の背後から。そんな声が聞こえてきそうだ。
 紅葉していれば、京都は何処もかしこもが綺麗なランドスケープだ。だからどこにいっても一緒だ。ならば空間の大きなところがよかろうというので清水寺になった。そして高台寺へ回るのが通例だが、今年はやめた。インストレーションはデザインこそ違えども変わらないから、こちらの気分は飽きた。
 もちろん清水寺の参道にはガードマンが立ち並び、歩行者の交通整理をしている。それほどの人出なんだけど、境内は広いので狭いという感じがない。人が多くても賑わっている感じもして、撮影しやすい環境だというのはありがたい。それに「足のあるモノはすべてダメです」などという高台寺と比べれば、うるさい事を言わないのが清水さんのよいところだ。やはり空間のキャパシティがあるというのは何かにつけて余裕がある。落日の頃の撮影名所は山なりになった人の群れでありスマホが天をさす感じ。私は背後を素通りした。それでも撮影出来る場所が沢山あるというのはありがたい。
 YouTubeの映像チャンネルも380本近くになったが、まだまだ色彩補正や音楽について勉強しなければならない。一人で全部やるということは、そういうことだろう。ボチボチでんな・・・。
 それにしても少し型式が古いが、Gopro7が結構活躍する。こうなると先に注文していたInsta360Ace proが届かなくても、或いはキャセルしても、こちらは問題はなさそうだ。むしろGopro13でもよいか。フィールドワーク、とりわけランドスケープにおいてアクションカムが使えることを痛感。だからアクションカム用の中国製ジンバル「hohem」を1万円で調達した。少しチープだけど結構つかえる。

Fieldwork 958. As expected, Kyoto is Kiyomizu Temple. November 30, 2024.
Equipment: SONY FX30, F4PZ 8-105GOSS, Gopro 7.
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