Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ハンナ・アーレント

2013年11月06日 | 映画
 映画「ハンナ・アーレント」を観た。平日の夜間に行ったけれども、けっこう人が入っていた。それだけ皆さんの関心が高いのだろう。

 ハンナ・アーレント(1906‐1975)はドイツ生まれのユダヤ人女性。ナチスに追われてフランスの強制収容所に入れられたが、そこを脱出して、アメリカに逃れた。戦後、執筆活動を精力的に行い、今では20世紀の傑出した政治哲学者といわれている。

 この映画はアーレントが1961年のルドルフ・アイヒマン裁判の傍聴記を書いた前後を描いている。アイヒマン(1906‐1962)はナチスのなかでユダヤ人の強制収容所への移送の責任者だった。戦後、アルゼンチンに潜伏したが、1960年にイスラエルの情報機関(モサド)に捕えられ、1961年に裁判にかけられ、翌年絞首刑になった。

 アーレントはその裁判の傍聴記を書いた。邦訳も出ているので(「イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告」みすず書房)、できれば事前に読んでから行きたかったが、残念ながらそれはできなかった。

 でも、本を読んでいなくても、この映画は十分楽しめた。アーレントはまず雑誌ザ・ニューヨーカーに傍聴記を連載し、さらに単行本にした。当時それがユダヤ人社会にどのような騒動を巻き起こしたか――を描いた映画が本作だ。

 今では歴史的事実として知られているユダヤ人評議会(ユーデンラート)の存在、そしてその役割(ナチスへの協力)は、アイヒマン裁判で明らかになったようだ(当然、知る人ぞ知る存在だったのだろうが、アイヒマン裁判で一般に知られるところとなった)。その事実に衝撃を受けたアーレントは傍聴記に書いた。これがユダヤ人社会の反感を買った。

 もう一つはアイヒマンを「悪の凡庸さ(陳腐さ)」と捉えたことだ。アイヒマンは上層部の命令に従っただけで、自らの意思で行ったのではない、自ら思考することを止め、命令のままに動くことが、過去に例のない巨大な悪を生んだと。でも、これもユダヤ人社会の反感を買った。アイヒマンを悪魔、怪物として描くことを期待していたからだ。

 命令に従っただけだ――そうだとすると、わたし自身も同じことをやりかねない、そんな危うさがある。アイヒマンを批判すれば済む話ではない。

 わたしは、自ら思考することによって、踏みとどまることができるか――、そう考えさせられる映画だ。
(2013.11.5.岩波ホール)

↓予告編
http://www.youtube.com/watch?v=WOZ1JglJL78
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