Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

下野竜也/広響「被爆75年2020「平和の夕べ」コンサート」

2020年08月07日 | 音楽
 下野竜也指揮広島交響楽団の「被爆75年2020「平和の夕べ」コンサート」がライブ配信された。コンセプトのはっきりした、いかにも下野竜也らしいプログラムだった。

 1曲目はペンデレツキの代表作の一つ「ポーランド・レクイエム」から「シャコンヌ」。これは「ポーランド・レクイエム」の中でももっとも抒情的な曲だ。被爆75年の記念コンサートにこれほどふさわしい曲はない。演奏については、わたしのパソコンから流れてくる貧弱な音では云々できないが、ともかくわたしはこの曲に聴き入った。

 2曲目は藤倉大の委嘱新作「ピアノ協奏曲第4番《Akiko’s Piano》」。ピアノ独奏は萩原麻未。単一楽章で、演奏時間は約20分。薄めのオーケストラを背景に、独奏ピアノが透明で、時には速いパッセージを交えながら、穏やかな(時折緊張感のはしる)心象風景をつづる。最後にカデンツァがくる。そのカデンツァは「明子さんのピアノ」で弾かれる。

 「明子さんのピアノ」とは、広島で原爆を被爆し、翌日亡くなった河本明子さん(当時19歳)のピアノだ。そのピアノは2002年に発見され、修復された。アルゲリッチが弾き、ピーター・ゼルキンが弾いた。カデンツァはそのピアノで弾かれた。わたしは「明子さんのピアノ」のシチュエーションからいって、甘い音型が弾かれるのではないかと懸念したが、それは杞憂だった。抑制された音型が、静かに明子さんをしのんだ。

 演奏終了後、ステージ横の大画面に、ロンドン在住の藤倉大が映し出された。日本への帰国は叶わないが、ロンドンでライブ配信を視聴していたのだ。その嬉しそうな顔と、折り鶴を掲げる姿が、会場との一体感をかもしだした。

 3曲目はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番から「カヴァティーナ」(弦楽合奏版)。ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲の中でも、とくに印象的な楽章の一つだが、前後の脈絡なしに、これだけ取り出した演奏だと、あまり曲に入り込めないことを感じた。

 4曲目はマーラーの「亡き子をしのぶ歌」。メゾ・ソプラノ独唱は藤村実穂子。当コンサートの性格から、この曲がたんに我が子を失った親の嘆きではなく、原爆で子どもを失った親たちの悲しみを表しているように感じられた。藤村実穂子の精神的な歌の神々しさは、パソコンの音からも伝わってきた。

 5曲目はバッハの「シャコンヌ」(齋藤秀雄編曲)。残念ながらわたしには、この曲だけは被爆75年の想いが感じられなかった。アンコールにプーランク(下野竜也編曲)の「平和のために祈ってください」が演奏された。本プロで多少こわばった気持ちが、優しくほぐされた。
(2020.8.6.広島文化学園HBGホール)
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