Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

METライブビューイング「マルコムX」

2024年01月23日 | 音楽
 METライブビューイングでアンソニー・デイヴィス(1951‐)のオペラ「マルコムX」(現題は「X:The life and Times of Malcolm X」)を観た。アメリカの黒人解放運動の指導者のひとりマルコムX(1925‐1965)の生涯を描いたオペラだ。

 全3幕、上演時間約3時間の堂々たるオペラだ。第1幕はマルコムXの父親が交通事故で亡くなった(白人のレイシストに殺害された可能性がある)1931年から、従姉に引き取られてボストンで青年時代を送る1940年代までを描く。第2幕はマルコムXがイスラム教の団体「ネイション・オブ・イスラム」の伝道者として活躍する1950年代から1960年代初頭までを描く。第3幕はマルコムXが「ネイション・オブ・イスラム」から離れてメッカに巡礼に赴き、人種に関係なくイスラム教のもとですべての人々が平和に生きる世界観に到達した直後の1965年に暗殺されるまでを描く。

 アンソニー・デイヴィスの音楽が特徴的だ。小刻みなリズムが執拗に続き、そのリズムに乗って、たゆたうような旋律が歌われる。ミニマル・ミュージックからの影響が感じられる。一方、音響は透明だ。倍音が計算されているのかもしれない。オーケストラにはジャズ・コンボが加わる。ジャズ・コンボは1940年代のジャズ(第1幕)と1950年代のジャズ(第2幕)を再現する。本作品はジャズの変遷をたどるオペラでもある。

 本作品は1986年にニューヨーク・シティ・オペラで初演された(1985年にフィラデルフィアで初演された作品の改訂版だ)。その(黒人解放運動を扱う)作品をオペラの殿堂のメトロポリタン歌劇場(MET)で上演することは、どんなに勇気あることだろう。ジョージ・フロイドの死に端を発するBLM運動(ブラック・ライブズ・マター)と関係があるのかどうか。それともMETでの上演の準備中にBLM運動が起きたのか。

 アメリカは自由と民主主義を標榜するが、それは白人の自己認識に過ぎず、黒人には迫害と専制主義の国かもしれない。黒人の置かれた状況を直視し、その不当性からの解放を訴えたのがマルコムXだ。本作品の第1幕の最後にマルコムXが怒りをこめて歌うアリアのときに、演出のロバート・オハラは客席を明るくした。マルコムXの訴えが客席にいる人々に向けられていることを意識させるかのようだ。

 マルコムXを歌ったのはウィル・リバーマン。張りのあるバリトンの声だ。子悪党のストリートと「ネイション・オブ・イスラム」のイライジャの2役を歌ったのはビクター・ライアン・ロバートソン。高度なキャラクター・テノールだ。マルコムXの母親ルイーズと妻ベティの2役を歌ったのはリア・ホーキンズ。若々しい声だ。指揮のカジム・アブドラはドイツのアーヘン歌劇場の音楽監督を務めた人だ。
(2024.1.22.109シネマズ二子玉川)

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