Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

モーム生誕150年(1):「英国諜報員アシェンデン」

2024年12月28日 | 読書
 2024年はサマセット・モーム(1874‐1965)の生誕150年だ。モームの作品は大学受験のときに英文読解で読んだ記憶が災いして、大学に入ってからは見向きもしなかった。それから数十年たち、生誕150年なら読んでみようかと思った。手に取ったのは「英国諜報員アシェンデン」。周知のようにモームは、第一次世界大戦中はイギリスの諜報員(スパイ)だった。その経験が書かれているのかと。

 諜報員の仕事は頭が良くなければ務まらないだろう。加えて、目立つ人物ではまずいだろう。頭が良くて、社会に溶け込み、人から警戒されない人物であることが必要だろう。もっと踏み込んでいえば、人の心をつかむ術にたけていなければならないだろう。そうでなければ、人の信頼を得ることはできない。モームの作品を読むとわかるが、モームは人間観察型の作家だ。安易に感情に流されない。だれかに肩入れすることもない。いつも冷静中立だ。おまけに紳士だ。教養の高さは一級品だ。そういう人物はたしかに諜報員に向いているのかもしれない。

 モームは諜報員の仕事について本作でこう書く。「複雑で巨大な機械の小さなネジにすぎない自分には、全体の動きなど知りようがない。関わることができるのは序盤か終盤、中盤に関われることも多少はあるかもしれないが、自分の行ったことがどういう影響をおよぼしたかを知るチャンスはほとんどない。」(第2章「警察の捜査」。新潮文庫より引用)。なるほど、そうだろうなと思う。

 「英国諜報員アシェンデン」はジェームズ・ボンドの007シリーズとは異なり、派手なアクションや金髪美人は出てこない。その代わりに、味のある人物が多数出てくる。モームは本作でも人間観察型の作家なのだ。

 本作は16章からなる。実質的には16篇の短編小説の連作だ。各々の章は独立しているが、同一人物が2~3の章に連続して出てくる場合もある。その場合はそれらの章がまとまって中編小説のようになる。

 印象深い人物の一例をあげると――第10章「裏切り者」に出てくるグラントリー・ケイパーはしみじみした余韻を残す。ケイパーはイギリス人だが、妻はドイツ人だ。イギリスとドイツは戦争中だ。ケイパーはドイツのスパイだが、イギリスの罠に引っかかり、悲劇的な結末を迎える。妻の嘆きは痛々しい。モームはそんなケイパーを非難しない。

 なお「英国諜報員アシェンデン」以外にアシェンデン(=モームの分身)が出てくる作品がある。「サナトリウム」だ(新潮文庫「ジゴロとジゴレット」に所収)。本作はモームには珍しくハッピーエンドを迎える。
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