Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

SOMPO美術館「シダネルとマルタン展」

2022年06月01日 | 美術
 新宿のSOMPO美術館で「シダネルとマルタン展」が開催中だ。ウクライナ情勢その他で気持ちがすさみがちな昨今、せめて絵をみて、穏やかな日常を取り戻したい、と思うむきには格好の展覧会だ。

 本展に展示されているアンリ・ル・シダネル(1862‐1939)とアンリ・マルタン(1860‐1943)、そして本展には展示されていないが、エドモン・アマン=ジャン(1858‐1936)などの一群の画家たちは、親しく交わりながら、1890年代以降、旺盛な制作を続けた。その時期は、象徴派、フォービスム、キュビスムなどの新潮流が台頭する時期と重なった。それらの先鋭的な画風に比べると、シダネルもマルタンもアマン=ジャンも、印象派およびポスト印象派の末裔に位置付けられ、目新しさに欠けた。そのため美術史的にはあまり語られることはなかった。だが、そんなシダネルたちの画風は、主義主張に疲れた現代人には、かえって新鮮に感じられる。

 チラシ(↑)に使われているのはシダネルの「ジェルブロワ テラスの食卓」だ。テラスに置かれた食卓。椅子が一脚。だれもいない。シダネル自身の食卓だろうか。テラスの先にはジェルブロワの村が見える。家々が明るい陽光に照らされている。一方、テラスは日陰になっている。心地よい静けさ。平穏な日常。

 だれもいない食卓は、シダネルのトレードマークだ。人の不在。だがそれは(この絵もそうだが)必ずしも孤独を感じさせない。むしろ安らぎとか、穏やかさとか――そんなポジティブな感情を漂わせる。

 本作は明るい陽光に満たされているが、シダネルの本領は、むしろ夕暮れまたは夜にあるのではないだろうか。本展のホームページ(※)に画像のある「ヴェルサイユ 月夜」は、夜のヴェルサイユ宮殿の噴水を描いている。昼の喧騒が嘘のような、人っ子ひとりいない静かな夜景だ。空には月が出ている。空一面に広がる雲を照らしている。美しい夜空だ。ついでにいえば、岡山県倉敷市の大原美術館が所蔵する「夕暮れの食卓」は、夕暮れの運河に面して置かれた食卓を描いている。わたしはシダネルの最高傑作のひとつと思っている。

 マルタンの作品も本展のホームページで見ることができる。どれも明るい陽光にあふれた作品だ。シダネルの作品と比べると、マルタンの作品は光線が強く、空気が乾いている。「マルケロル、テラス」はその好例だ。シダネルのようなメランコリーの入り込む余地がない。上野の国立西洋美術館にある「花と噴水」も「マルケロス、テラス」とよく似た作品だ。思えば、大原美術館の「夕暮れの食卓」といい、国立西洋美術館の「花と噴水」といい、日本にはシダネルとマルタンの優品がある。
(2022.5.20.SOMPO美術館)

(※)本展のホームページ

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