川瀬巴水(1885‐1957)は大正から昭和にかけての版画家だ。抒情的な作風に人気があり、その作品を目にする機会も多い。わたしも好きだが、生涯にわたっての作風の変遷を追うことはなかった。本展はキャリアのスタートから遺作にいたるまでの作品をたどった内容だ。作風の変遷を知るにはよい機会だ。
チラシ(↑)に使われた作品は、左が「芝増上寺」、右が「馬込の月」。ともに巴水の代表作だ。わたしも何度か見たことがある。今回あらためて見ると、「芝増上寺」では木の枝にかかる雪の表現が、ふんわりとして、じつにリアルな感じがした。一方、「馬込の月」では、個々のディテールよりも、明るく澄んだ月夜の静けさに、言葉が不要になるような落ち着きを感じた。
「芝増上寺」も「馬込の月」も連作「東京二十景」(1925‐1930)の中の作品だ。本展では連作の20点すべてが展示されている。どれも傑作だ。構成に快い緊張感があり、多彩なテーマが展開されて、清新なリリシズムが漂う。思うに川瀬巴水は「東京二十景」で版画家としてのピークを迎えたのではないか。それまでのあらゆる試みが「東京二十景」で完成されたように思う。
川瀬巴水の特徴は、雪や雨や川などの(それらの水のヴァリエーションの)表現の繊細さと、夕暮れや夜などの藍色の美しさではないかと思う。それらの特徴は「芝増上寺」と「馬込の月」でよく表れている。「芝増上寺」では寺院の朱色との対比で雪の白さが強調される。また「馬込の月」では画面全体が藍色のトーンに覆われる。それらの二大特徴が「東京二十景」の諸作品で完成し、その後の作品に応用されたようだ。
「東京二十景」の中のどの作品が好きかと、自分に問い、または友人と語り合うことは、鑑賞者の楽しみだろう。わたしは「新大橋」と「大森海岸」を選ぶ。どちらも画像を紹介できないのが残念だが、簡単に描写すると、「新大橋」では、雨が降りしきる夜の橋のうえを人力車が通る。街灯が灯っている。その光が雨にぬれた路面に映る。「大森海岸」では、藍色に染まった夕暮れの漁師町で、仕事を終えた漁師が舟をつなぐ。女が出迎える。人家からもれる灯りが暖かい。
本展には遺作の「平泉金色堂」(1957)が展示されている。それを見たとき、あっと驚いた。同じ構図の作品が前にもあったからだ。それは「平泉中尊寺金色堂」(1935)だ。わたしはもう一度「平泉中尊寺金色堂」に戻った。やはり同じ構図だ。だが、「平泉中尊寺金色堂」が藍色に覆われた明るい夜景であるのにたいして、遺作は雪に埋もれた風景で、そこをひとりの修行僧が歩く。その修行僧は川瀬巴水自身らしい。
(2021.10.7.SOMPO美術館)
チラシ(↑)に使われた作品は、左が「芝増上寺」、右が「馬込の月」。ともに巴水の代表作だ。わたしも何度か見たことがある。今回あらためて見ると、「芝増上寺」では木の枝にかかる雪の表現が、ふんわりとして、じつにリアルな感じがした。一方、「馬込の月」では、個々のディテールよりも、明るく澄んだ月夜の静けさに、言葉が不要になるような落ち着きを感じた。
「芝増上寺」も「馬込の月」も連作「東京二十景」(1925‐1930)の中の作品だ。本展では連作の20点すべてが展示されている。どれも傑作だ。構成に快い緊張感があり、多彩なテーマが展開されて、清新なリリシズムが漂う。思うに川瀬巴水は「東京二十景」で版画家としてのピークを迎えたのではないか。それまでのあらゆる試みが「東京二十景」で完成されたように思う。
川瀬巴水の特徴は、雪や雨や川などの(それらの水のヴァリエーションの)表現の繊細さと、夕暮れや夜などの藍色の美しさではないかと思う。それらの特徴は「芝増上寺」と「馬込の月」でよく表れている。「芝増上寺」では寺院の朱色との対比で雪の白さが強調される。また「馬込の月」では画面全体が藍色のトーンに覆われる。それらの二大特徴が「東京二十景」の諸作品で完成し、その後の作品に応用されたようだ。
「東京二十景」の中のどの作品が好きかと、自分に問い、または友人と語り合うことは、鑑賞者の楽しみだろう。わたしは「新大橋」と「大森海岸」を選ぶ。どちらも画像を紹介できないのが残念だが、簡単に描写すると、「新大橋」では、雨が降りしきる夜の橋のうえを人力車が通る。街灯が灯っている。その光が雨にぬれた路面に映る。「大森海岸」では、藍色に染まった夕暮れの漁師町で、仕事を終えた漁師が舟をつなぐ。女が出迎える。人家からもれる灯りが暖かい。
本展には遺作の「平泉金色堂」(1957)が展示されている。それを見たとき、あっと驚いた。同じ構図の作品が前にもあったからだ。それは「平泉中尊寺金色堂」(1935)だ。わたしはもう一度「平泉中尊寺金色堂」に戻った。やはり同じ構図だ。だが、「平泉中尊寺金色堂」が藍色に覆われた明るい夜景であるのにたいして、遺作は雪に埋もれた風景で、そこをひとりの修行僧が歩く。その修行僧は川瀬巴水自身らしい。
(2021.10.7.SOMPO美術館)