日豊本線のこの区間の乗り潰しは1997年春の九州遠征で乗ったドリームにちりんにて達成している。この第1次九州遠征ではそれ以外には日豊本線大分~宮崎間には乗っていない。乗り潰し趣味の人の中には眠っている間に通り過ぎるのをよしとしない人もいるが、当時の私はそんなことお構いなしで、乗ればそれで乗ったという感じだった。今は多少認識は違うが、より早く乗り潰しを達成するのであれば、景色もへったくれもなしに乗れるだけ乗ればいいと思う。
この区間に陽があるうちに乗ったのは第2次九州遠征の時で、この時はフェリーで志布志へ入り、日南線を乗り潰して日豊本線を普通電車で北上している。確か18きっぷを利用しているはずだが、延岡以北も普通に乗ったかどうかは記憶にない。延岡~大分間は本数的に普通に乗るより特急に乗った方が楽だが、学生時代のことだから、普通列車の時間に合わせて移動しているに違いない。この時宗太郎越えを経験したわけだが、何に乗ったか記憶していないということはおそらく道中のほとんどが睡眠時間だったに違いない。この遠征の時にはさらに2日後のドリームにちりんで同区間を通過している。
この後は日豊本線に乗っても大分までで、大分以南とはしばらくご無沙汰だった。第8次九州遠征で、日豊本線を南下して、帰りは鹿児島中央から鹿児島本線~肥薩オレンジ鉄道を北上するルートで、久しぶりの日豊本線を堪能している。この時は18きっぷ利用だったが、大分~延岡間は列車本数の都合で特急を利用している。どうせならということで先頭のグリーン車のトップキャビンを指定して前面展望を楽しみながら宗太郎越えなどを楽しんだ。延岡からは717系のサンシャインに乗って宮崎空港まで行っている。この時延岡で高千穂鉄道を見て、いずれ乗りに来ねばと思って写真を撮ったのを思い出す。この後台風の影響で高千穂鉄道が再起不能になろうとはその時には思いもしなかった。高千穂鉄道が部分復活する可能性もあり、その時にはまた日豊本線を使って乗り潰しに行くことになるが、それまではしばらく日豊本線には用事はなさそうだ。