亀井静香代表離党で完結した政権転覆クーデター
昨日から本日にかけて、福島、宮城、の原発被災地、津波被災地を訪問した。このことについては改めて記述したい。
その関係で、ブログおよびメルマガの配信が遅れてしまったことをお詫び申し上げたい。
国民新党の亀井静香代表、亀井亜紀子政調会長が、国民新党を離党した。昨日夕刻には、記者会見も行われた。
このことは、現政権が完全な米官業利権複合体政権になったことを意味する。
2010年6月2日に始動したクーデターは、2012年4月6日を持って完結したことになる。
米官業利権複合体政権という意味は、米国、官僚、大資本の利益最大化を目指す政権ということだ。
記者会見のなかで亀井亜紀子参院議員が述べていたように、2009年8月の総選挙を通じて成立した政権交代、民主、社民、国民による三党連立政権は、小泉竹中政権の対米隷属・市場原理主義政治に対するアンチテーゼを軸に樹立されたものであった。
対米隷属 VS 自主独立
官僚主権 VS 国民主権
市場原理主義 VS 共生主義
政治理念の根本転換、日本政治構造の刷新を目指したのが、2009年の政権交代であった。
しかし、当初から、米官業利権複合体勢力の反攻は予想されていた。
主権者国民派が総力を結集して、何としても2010年7月参院選を勝ち抜くこと。参院選に勝利して、衆参ねじれを解消し、主権者国民政権を本格政権にすることが、最大の目標であった。
ところが、利権複合体の逆襲は激しく、しかも、迅速であった。
そして、敵は民主党内部に潜んでいた。
菅-岡田-野田-前原-枝野-玄葉-仙谷-渡部の民主党悪徳8人衆を中心とする米官業利権複合体勢力が、政権転覆を画策した。
米国は国務省のカートキャンベルを2010年2月2日に日本に派遣して小沢一郎氏と接触し、翌2月3日にソウルで、日本外交の窓口を小沢-鳩山ラインから、菅-岡田ラインに切り替えることを韓国のキム・ソンファン外交安保首席秘書官に伝えたことを、本国に報告した。
官僚機構は、検察が小沢氏周辺を集中攻撃し、国税が鳩山氏を集中攻撃した。これと連携したのがマスメディアである。
さらに、検察・裁判所は結託して、小沢氏の影響力を封殺するために、小沢氏が起訴されるような巨大謀略の絵を描き実行していった。
2010年6月2日、鳩山由紀夫氏が期待通り首相辞任の意向を表明すると、すでに米官業利権複合体勢力に寝返っていた菅直人氏は、小沢一郎氏に対して罵声を浴びせるとともに首相候補に名乗りを挙げ、政権を強奪していった。
この後を引き継いだのが野田佳彦氏である。野田氏は、財務省の軍門に下り、財務省のパペット(操り人形)として動くことを条件に首相の地位に就かせてもらった人物である。
だからこそ、野田氏が提示する重要四方針がすべて、米国、官僚、大資本の利益追求の流れに沿うものなのである。
重要四方針とは、
TPP参加
消費増税
原発再稼働
普天間辺野古移設
である。
消費増税は官僚利権を獲得し、日本に押し付けるさまざまな負担を最終的に一般庶民に押し付けるものであるから、米国・官僚・大資本のすべてが歓迎する増税プランである。
2010年に政権クーデターを成功させて以来、新しい米官業利権複合体勢力にとって、消費増税に反対し、対米隷属に反対する亀井静香代表、亀井亜紀子議員は、邪魔な存在でしかなかった。
米官業利権複合体勢力は国民新党内部にも潜んでいた。
自見庄三郎氏は消費増税に反対し、対米隷属の郵政民営化にも反対していたはずだ。それが、大臣になってしまったが最後、権力の甘い蜜から離れらなくなった。
国民新党内部の利権複合体勢力の中心は下地幹郎氏であった。宮古島出身であるから普天間の県内移設を声に出しては言わないが、米国と通じて、鳩山首相が提唱した国外移設に積極的な協力を何ひとつしていない。
2010年6月2日に始まった政権クーデターは、2012年4月6日に完結したのである。これで野田佳彦政権は、正真正銘の米官業利権複合体政権に完全変態したと言える。