現存、天守閣のある城は、12ありますが、そのうちの4つの城が四国に残っています。
丸亀城のほか、高知城、松山城、宇和島城です。
丸亀城は、現存12の城の中で最少の規模ですが、石垣の高さは約60mと日本一です。
築城は1597年、生駒親正、一正親子によって、高松城の支城として着手されましたが、1615年、幕府の1国1城令で一旦は廃城となるも、生駒騒動の後領主となった山崎氏によって再建されました。(1642年)
その山崎氏に世継ぎがなく絶家となり、そのあとに京極氏が6万石として入府し、天守閣、大手門が整備され、明治を経て現在に至っています。
丸亀城は、輪郭式平山城で別名 亀山城とか逢菜城とか呼ばれています。
大手一の門 大手二の門 天守から城下を
丸亀城の見どころは、石垣です。
主に築城技術が最も発達した山崎氏の時代に築かれました。
丸亀城の石垣には、「野づら積み石垣」「打ち込みハギ石垣」「切り込みハギ石垣」など様々な石積みが見られます。
「野づら積み石垣」
自然の石をそのまま積み上げるもので隙間があり、雑に見えますが、水はけが良く、崩れにくいのです。
大手一の門の西の広場に見られ生駒親正が築いたと言われています。
「打ち込みハギ石垣」
石の面をノミを使って平に組み合わせ、石の隙間にぐり石を入れて積んであります。
丸亀城の石垣の大部分はこの積み方で二の丸の石垣などに見られます。
「切り込みハギ石垣」
石をノミで削り、隙間がないように組み合わせて積んであり、城の大事なところに築き見せる石垣として知られています。
この積み方は案外と崩れやすいという欠点があります。
南から三の丸に登る時に見られます。