【ネオ海洋国家論】
想定内とはいえ、野田、谷垣の非公式会合のスプークで政局の動きに弾みがつきそうだ。消費税増税単独先行
は諸刃の刃。景況に冷水を浴びせ退潮を長引かせる。思えば、二大政党による政党政治の実現を果たしたばか
りだというのに堪え性のない限りだ。まして、政権与党は政治の先行性を党是としていたにもかかわらず、官
僚政治、いや、財務官僚政治に変節してしまった。 なんとも足下の暗い政治状況だ。さて、本題に入ろう。
この間、楽天の三木谷浩史が、インタビュー「三木谷浩史・楽天会長兼社長に聞く」が日経ビジネスオンライ
ンで、「日本はもう一度海洋国家にならんといかんと思うんです。どんどん日本人も出て行ってね。僕たちは
国際化しているとともに、日本のいいところを海外に広めるんだと」と、日本の品質の良い商品を世界で売る
込むことを提言していたので、そもそも「海洋国家論」とはどんなものか、そして三木谷の意味する新しい「
海洋国家論」の是否を考えてみた。
海洋国家(Maritime nation)は、国土全体あるいは大部分が海に囲まれている国家のことさし、海洋国家と
いう概念は、軍人であり戦略研究者であったアルフレッド・セイヤー・マハンが1890年に発表した『海上権力
史論』の「海洋国家論」及び海上権力理論(シーパワー)が有名とか、マハンは海洋戦略の観点から「世界大
国となるための絶対的な前提条件は海洋を掌握すること」「大陸国家であることと海洋国家であることは両立
し得ない」とする命題を提出しとかいわれ、ヴェネツィア、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、日
本が海洋国家の典型例とされている。現代では、海上交通路 (Sea Lines of Communications, SLOCs) の国際
共同管理が行われている。
日本の領海と排他的経済水域をあわせた管轄海域の面積は 447万km2で、これは米国(762万km2)、オーストラ
リア (701 万 km2)、インドネシア(541万km2)、ニュージーランド (483万km2)、カナダ(470万km2に次いで世
界6位。国際政治学者高坂正堯が1965年に発表した『海洋国家日本の構想』において、島国の日本が海洋国家
として戦略的・平和的発展を目指すべきとして論を展開し、反響を呼、川勝平太は『文明の海洋史観』等の著
作で、日本のみならず西太平洋世界をも視野にいれた海洋国家論を展開。現在、日本では、海洋政策研究財団
が発行する『海洋白書』などで「海洋国家」という概念が用いられており、総合安全保障、経済安定やエネル
ギー供給の安定、環境保護といった軍事・非軍事双方の視点からの国家の平和及び安定化に向けた国家戦略が
追求されているという。
海洋国家はその隔離された環境から他の地域の影響が及びにくく、国内の団結力を維持し、海上交通力と制海
権を握ることで、貿易によって国家の発展と存立に必要なエネルギーを取得できるとされる。強固な海軍力を
有し外敵を防ぎ、エネルギー供給の妨害を排除するとともに海上交通路(シーレーン)の拠点(チョークポイ
ント・フォーカルポイント)を押さえておけば領土を拡大する必要はないとされ、海洋国家における防衛上の
利点は海洋が天然の城壁の役割をし、常に外敵の脅威を受けやすい大陸国家に対して外国からの領土侵攻の危
機も少ないことで、他国の領域を通過することなく比較的自由な交易が可能であり、必要な物資や文化を導入
を図ることで国家の繁栄を築いてきたのが古来からの海洋国家の戦略といわれ、大航海時代を経て発展してき
た。
その大航海時代の先陣を切ったのがポルトガル。南米・アジア、そしてアフリカに数多くの植民地を抱える海
洋帝国として君臨するもその後、西ヨーロッパの一諸国として衰退していく。ポルトガルは、ヨーロッパ西端
にある小さな国である。国土面積は日本の1/4にも満たず、人口は今でも1000万人ほど。オリーブ油とワイン
をのぞけば、これといった産業もない。ところが、歴史上燦然と輝く大航海時代は、この小さな王国から始ま
った。大航海時代の黎明期、ポルトガルが世界をリードできた理由は3つあり、1つは王室みずから海洋貿易
を主導したこと、2つはジェノヴァ商人が加わったこと、3つめは地理に恵まれたことである。ポルトガルは
イベリア半島の西方にあって、大西洋沿岸を独占する形で南北にのび、航海者にとって、ポルトガルは寄港地
として重要な国だった。つまり、ポルトガル海上帝国(Imperio Portugues)とは15世紀以来ポルトガル王国
が海外各地に築いた植民地支配及び交易体制をさし、新大陸発見後はトルデシリャス条約によりスペインと世
界を二分した。領域支配より交易のための海上覇権が中心であったので、このように呼ばれる。オランダ海上
帝国も同様である。メキシコ、ペルーにおける領域支配を中心としたスペインの場合は海上帝国とは言わない
(スペイン帝国)。
マデイラ諸島が発見された後も、大西洋では新しい島が次々と発見されていった。こうして、ポルトガル商船
は、北欧から西アフリカまで進出したのである。イスラム商人は、東アジアの香辛料を地中海まで運び、ポル
トガル商人は、北欧の魚介類、フランドル地方の毛織物、アフリカの砂金や象牙を地中海に持ち込んだ。ポル
トガルは、地中海世界と大西洋沿岸のヨーロッパ諸国をつなぐ役割を果たしたというこの海洋貿易は、ポルト
ガルに巨万の富をもたらし、大西洋沿岸の港町は寄港地として栄え、首都リスボンは人口35万人に達し、世界
有数の大都市となった。これらすべては、ポルトガル王室の国家ビジョン、実質上のリーダー、エンリケ航海
王子の功績であったのだが、忘れてならないのはジェノヴァ商人。彼らは、航海術、農業技術、農園経営、資
金調達、すべてにおいて、ポルトガル海上帝国を支えたというから国家知財がいかに重要かがわかる。
16世紀にはスペインが、17世紀にはオランダが、強力な帝国を築き上げた。だが、グローバル
化した帝国、すなわち世界中に散らばった資源を支えに、軍事基地網を張りめぐらせ、国際的
な野心を誇示することのできる帝国の事例は、18世紀から20世紀半ばまでの英国と、20世紀半
ば以降の米国の2つしかない。英国の力の源泉は海軍力の優越性であり、米国のそれは爆撃に
よる破壊能力である。とはいえ、軍事的な勝利だけで帝国の長期的存続が保障された事例はひ
とつもない。
英国と米国はいずれも、もうひとつの切り札を持っていた。それは、グローバル化した経済と
いう枠組の中でしかありえないものだ。すなわち世界の産業の支配である。まず、大規模な生
産機構を備えていたことで、両国は「世界の工場」となる。1920年代を通じて、それから第二
次世界大戦の後、全世界の工業生産の約40%を米国が占めるようになった。今日においても、
この比率は22%から25%の間で推移している。2つの帝国は、他国が模倣しようとする手本で
もあった。両国は国際貿易の要となり、その予算や金融、通商に関わる決定は、国際貿易の内
容、物量、方向を左右した。さらに、英語の使用の途方もない拡大などを通じて、度はずれの
文化的影響力を行使した。
大英帝国は、米国の覇権構想を理解するためのモデルと見なしうるものではない。しかも、英
国は自らの限界、特に軍事力の限界を知っていた。世界の新興盟主の中の世界王者というタイ
トルを永遠に防衛できないことを知っていた中堅国の英国には、他のいかなる国も持ったこと
がなく、これからも持つことのないだろう広大な帝国領域があった。だが英国は、全世界を支
配することは不可能だと知っており、支配しようと試みたこともない。英国は逆に、世界を安
定化による繁栄に導こうと試み、自らの意向を世界各地に押しつけようとはしなかった。
20世紀半ば、海洋帝国の時代が終わりを告げた時、英国は他の植民地大国に先駆けて風向きの
変化を感じ取った。その経済力を軍事力ではなく貿易に依存していた英国は、帝国の喪失とい
う事態にも、諸大国に比べて円滑に順応した。かつて、史上最大の凶事となったアメリカ植民
地の喪失に、やがて順応したのと同様である。
エリック・ホブズボーム 著 『帝国の衰退』
しかし、ポルトガル海上国家は衰退する。大陸支配や海洋支配時代が終わり天空支配時代や今風に言えば情報
支配時代に突入しているかに見える現在の国家政策としての、新海洋国家論(Neo-Maritime nation)はいかに
も時代錯誤な感じがしなくはない。日本の国として良い商品をより積極的に売り込むことで、世界の平和と繁
栄に貢献できれば日本国憲法の前文の要件を満たしたことになる。これは、自己組織の、あるいは共同体の利
益(多少なりとも自己犠牲的行為という側面も伴い)になるなら、従来の覇権とは、あるいはグローバリズム
とは異なるはず。そう思いつつも、極東とは対極に位置するポルトガル海上帝国の衰退が、なんだかんだといっ
ても、拡張しきった覇権を支えるには余りにも人口も知恵も不足していたという単純な結論に帰結するのだが、
非覇権、共存、多様、贈与、繁栄の5つのキーワードを基本とした現在的な海洋政策の模索なら一顧だにに値
する。
【イタリア版食いしん坊万歳:牛肉のインヴォルティーニ】
具材:牛肉900g、脂身と赤身のあるハム150g、ニンニク2片、スーゴ用トマト500g、ラード、塩、コショウ、
オリープ油、バター、ハンチェッタ、セージ)
つくり方:1枚につき70~80gの肉の薄切りが12枚必要、それをもっと薄くするために、少し叩いておく。ハ
ムはニンニクと一緒にみじん切りにし、肉の薄切りの上にのせ、塩、コショウをふり、肉を巻き込んで陽枝で
とめる。この肉の巻物をラードあるいはバターとオリーフ油で炒め、そこに紐かく潰したトマト、または裏ご
ししたトマトか湯しきしたトマトを入れる。塩、コショウで味付けして、時々巻物を動かしながら煮込む。
母親が熱をだしたと彼女が、見舞いに飛び出す。鬱々とした時間が過ぎる。しばらくして、精米を終えた米袋
3つ車から運び込んでほしいと声が飛ぶ。大事なかったのだと忖度する。あれこれ用事を済ませてしばらくし
て状況を聞く。介護度が1ランク上がったと詳しく話してくれる。大丈夫よあなたはわたしが見てあげるから
とこれまでも何度も聞かされていることを繰り返す。そして、わたしはきみの面倒は見れないからねと、悪ふ
ざけ切り返した。そんな風なエピソードを含ませガールズ・ディは慌ただしく通り過ぎていく。