岩波講座の日本歴史第19巻に、吉次公介の「アジア冷戦のなかの日米安保体制」という論文があり、それを読んだ。いろいろ参考になったが、吉次は、当然のごとく、多くの人の研究をもとに論じているのだが、それらを読んでいて、参考にされている文献にあたらないと、にわかには信じられないという箇所が多々あった。やはり、一次史料にさかのぼらないといけないと強く思った。それは、山辺健太郎の常に言っていたことであるそうだが。
アメリカは当初日本防衛を負う意思はなかったようだ。日本防衛は、1960年の安保改定で入れられたわけだが、そこから「安保ただ乗り」論や片務性が論じられるようになり、また「安保効用論」が池田勇人政権で主張されるなど、安保体制に関わる議論が、歴史的な経過の中でつくりだされてきたものであることがわかった。
しかし在日米軍は日本防衛のために存在しているのではないことは、最近発売された春名幹男の『仮面の日米同盟』(文春新書)にも明確に記されていることであり、岸政権が安保に「日本防衛」を書き込んでから、アメリカの対日要求(対米あるいは「自由主義陣営」への貢献や日本の「防衛」強化)が強化されてきたように思える。となると、やはり岸の安保改定は、アメリカのための改定ではなかったかと思えてしまう。
吉次は、「冷戦期のアメリカにとって日米安保体制とは、アジア戦略上の要請から日本に基地を確保し、できるだけ自由に使用する権利を手にするための仕掛け」と結論づけているが、では冷戦期以後はどうなのか。そんなに変わっていないのではないかと思う。ただ、「アジア戦略上」ではなく「世界戦略上」となっているくらいか。
アメリカは当初日本防衛を負う意思はなかったようだ。日本防衛は、1960年の安保改定で入れられたわけだが、そこから「安保ただ乗り」論や片務性が論じられるようになり、また「安保効用論」が池田勇人政権で主張されるなど、安保体制に関わる議論が、歴史的な経過の中でつくりだされてきたものであることがわかった。
しかし在日米軍は日本防衛のために存在しているのではないことは、最近発売された春名幹男の『仮面の日米同盟』(文春新書)にも明確に記されていることであり、岸政権が安保に「日本防衛」を書き込んでから、アメリカの対日要求(対米あるいは「自由主義陣営」への貢献や日本の「防衛」強化)が強化されてきたように思える。となると、やはり岸の安保改定は、アメリカのための改定ではなかったかと思えてしまう。
吉次は、「冷戦期のアメリカにとって日米安保体制とは、アジア戦略上の要請から日本に基地を確保し、できるだけ自由に使用する権利を手にするための仕掛け」と結論づけているが、では冷戦期以後はどうなのか。そんなに変わっていないのではないかと思う。ただ、「アジア戦略上」ではなく「世界戦略上」となっているくらいか。