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浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

NHKのニュース

2012-10-28 20:03:56 | 日記
 ほとんど見ないNHKのニュースについて発言したくはないのだが、なぜ見ないのかを説明したくなった。というのも、下記のHPで、尾崎氏の記事を読んだからだ。


http://jcj-daily.seesaa.net/article/299360975.html


 NHKのとくに午後7時のニュースは、政府が流しているとしか思えない内容である。さすがNHK!と言いたくなる。

 まさに政府や警察など権力機関が流す情報を、何の疑問も抱かずに、ただ要約して流すだけ、というしかない内容だからだ。

 こういうニュースを見て、そこからの情報だけに依存していたら、確かに政府などの主張に肯定的になるだろう。もちろん政府などの権力機関だけではなく、威勢よく大声で発信する人びとの情報も、ご丁寧に流してくる。

 まだその情報に対して、誰かがコメントを言うのなら少しはうすまるのだが、NHKの7時のニュースにはそれがなく、ほとんど見たことはないが、午後9時のニュースにはコメントがあるようだが、それは権力機関の情報をより増幅させるような内容のようだ。

 NHKのニュースは、見ない方がよい。
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ある美術館

2012-10-27 08:22:16 | 日記
 昨日、静岡県内にある美術館に行った。障害を持った「子ども」たちが描いた絵だという。美術館に飾られた絵は、まことにすばらしいものであった。「青空」という絵は、青に塗られた画面に光とも思われる黄色の点が画面いっぱいに描かれ、右下に子どもの顔と思われる二人の人物が描かれていた。
 あるいは、黒の輪郭でかたどられた小さな枠内がカラフルな彩りで塗られ、近くでみるとわからないが、少し離れてみると画面に下方部が沈むような動きが現れる絵。

 あるいは大きな樹木が描かれ、その樹木の右上に二人の子どもが描かれる。その子どもがいる背面には満月がかかり、その子どもの姿を際立たせる。

 何ともすばらしい絵が並ぶ。

 また画面いっぱいの草花。右下に二人の子ども。

 子どもの絵は、大人の常識を超える、あるいは思いもつかないような発想があるからこそ、面白い。

 だが、たくさんの絵を見続けていて、ボクはふと思った。展示されている絵が、あまりにも絵なのだ。それもすばらしい絵なのだ。素朴な、突拍子もないような絵がほとんどないのだ。小さな絵にはそれらしいものはあったが・・。
 何かがおかしいと思った。あまりにも完成されすぎた理性的な絵。しかしそれを描いたのは、障害を持った子ども。

 施設を見て回った。教室の中では、黙々と絵を描く人、あるいは不自由な手で織物を織る人。それらをガラス窓の外から眺める。見る側も、見られる側も視線の交わりすらない。

 この施設では、70人以上いる障害者の内、子どもは7人だという。

 駐車場で、どこかから帰って来た子どもたちと会った。職員も子どもたちもおとなしかった。あるいは心なしか疲れているようにも見えた。ボクらを自然を眺めるかのように、あるいは無視しているかのように、職員も子どもも静かに去っていった。

 ボクも静かに去った。評判と、実際に見学したものとの大きな距離感を感じながら・・・
 
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『週刊朝日』の謝罪

2012-10-25 21:38:12 | 日記
 橋下大阪市長に関する記事を載せた『週刊朝日』を、私も買って読んだ。実は、この記事が後に『週刊朝日』側の謝罪と掲載打ち切りに終わるとは、まったく予想もしていなかった。

 何が問題なのか。橋下大阪市長の父君が被差別出身であることは、すでに過去の週刊誌で取り上げられている。

 また佐野眞一と共に連載を始めるとするなら、対象とされる人物の出自が問題にされるのはわかりきったことである。佐野の著書を読めば、簡単に想像できるはずだ。

 にもかかわらずなぜ?と思ってしまう。

 この点では、元木の意見と同様である。

http://www.j-cast.com/tv/2012/10/25151441.html?p=1

 橋下という人物が、いかなる軌跡の中で生み出されたのかは、まことに興味あることだ。佐野の続きを読みたい。おそらくいずれは出版されるだろう。

 
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【本】馬場朝子・山内太郎『低線量汚染地域からの報告』(NHK出版)

2012-10-25 15:55:31 | 日記
 テレビで見るのは、NHK教育の「ETV特集」(毎日曜日の夜10時から)とテレ朝系の「相棒」だけ。この番組以外のテレビは、DVDをみるときだけだ。

 さていつだったか、ETV特集で、チェルノブイリ原発事故から26年後にどういう影響がでているかを探った番組があった。ウクライナ政府が刊行した「政府報告書」には、国際的にも認められている甲状腺がん以外にも、免疫低下や神経系、胃腸系、内分泌系などさまざまな疾患が記されている。それを現地で実見するという内容であった。

 事故から26年経過したから、少しは放射能による影響が現象していると思いきや、決してそうではなく、ウクライナの市民、とくに子どもたちは健康でない身体をもちながら必死に生きている姿が映し出されていた。

 その番組が、本になった。それがこの本だ。


 低線量被ばくの現実が、ここにはある程度詳しく記されている。この番組の元となった「ウクライナ政府報告書」は、インターネットでみることができるが、それは英文。しかし市民科学研究室などがその一部を翻訳している。

 http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2012/10/34-1.html


 それを読むことは大変だと思う人は、少なくともこの本は読むべきだ。低線量被ばくの怖さをしっかりと知っておくことは、これから生きていく上でも必要なことだ。

 同じような事故を起こした日本では、残念ながら、日本政府や福島県は、チェルノブイリの教訓をいかさず、できるだけ被害を過小評価し、被ばく住民にたいする手当をサボタージュしている。

 そうなると、自己防衛を考えなければならない。

 知は力となる。とくに低線量被曝の問題は・・・。

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和歌山

2012-10-23 10:15:02 | 日記
 21日、和歌山まで行った。22日は大阪・四天王寺で舞楽を見た。舞楽については後に記す。

 和歌山へは、歴史の調査で行ったのだが、成果はなかった。

 戦時中和歌山市にあった大和紡績の労働実態などについて調べようと思って、『和歌山県史』、『和歌山市史』など、さらに当時の新聞を見た。

 『和歌山県史』、『和歌山市史』ともに、近現代史が弱い。史料編に収載している史料も、たとえば『県史』では大和紡績の社史からのものでオリジナルなものがない。なぜ原史料を探さないのか、大和紡績の社史を見ると、戦時下の生産に関わる記述があるのだから、何らかの原史料はあるのであろうが、『県史』は調査しなかったのか。

 『和歌山市史』も、みるところなし。

 『県史』、『市史』ともに、前近代は見ていないので、そちらはよいのかもしれないが、とにかく近現代史はよくない。

 また当時発行されていた新聞を見たのだが、記事の中に資料となるようなものの記載がほとんどない。静岡の新聞(『静岡民友』、『静岡新報』、そして『静岡新聞』)のほうが、歴史資料としての記事が多い。

 さらに、和歌山県(新宮市などの紀南についてはわからないので、紀北に限って)では、近現代史研究についての団体がない。女性史の研究会もない。歴史研究の団体は一つあるようだが、それも前近代のようだ。

 総じて、歴史研究の動きが活発でないことがよくわかった。

 和歌山大学があるが、大学には近現代史研究の専門家がいないことも一因かもしれない。
 
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また見てしまった!

2012-10-19 22:51:35 | 日記
 一昨日、TSUTAYAに行った。借りようと思っていたものがないので、韓国映画の「息もできない」を借りた。

 
 暴力の世界だ。韓国映画は、暴力の場面が多い。家庭内での暴力、学生運動を抑えるための暴力、借金の取り立てのための暴力、暴力団を雇う人がいるから暴力が幅をきかす。

 この映画は、暴力に始まり、暴力に終わる。そしてハッピーエンドではない。ボクが見る韓国映画はハッピーエンドではない。幸せになる兆しはあっても、それは最後には消されてしまう。

 いろいろな映画祭で、賞をとっているそうだが、善良なボクとしては、ウームという感じ。

http://www.bitters.co.jp/ikimodekinai/index.html
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冤罪はいつでも起こる!!

2012-10-18 20:46:46 | 日記
 パソコンにウィルスを忍び込ませて、そのパソコンを経由して犯罪的なメールを送る。そのパソコンの所有者が、身に覚えのないメールを送ったとして警察に逮捕され、「自白」した。

 だが、それを行ったのはウィルスを忍び込ませた第三者。

 逮捕された人はもちろん当初否認したが、しかし取り調べの中で「自白」した。密室の取り調べは冤罪をつくる!と、何度指摘しても、警察や検察はそれを改めない。

 謝ればすむという問題ではない!!

http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/80ef55b1dee2ffe924df3a33abcc7413
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【本】熊本日々新聞社『検証・ハンセン病史』(河出書房新社)

2012-10-18 20:35:03 | 日記
 ハードカバーの立派な本だ。内容もすばらしい。熊本の新聞社であるから、熊本中心に書かれているが、日本におけるハンセン病の歴史をきちんとたどることができる。

 この本は、浜松市立図書館から借りた。浜松市立図書館には、ハンセン病関係の本が多く所蔵されている。おそらくあまり読まれることはないだろうが、こういう本をきちんと所蔵しておくという図書館関係者の見識は十分に評価されるべきだ。

 私はこの本を読みながら、なぜ今までハンセン病の問題を考えてこなかったのかと自省することしきりである。とくに2001年の熊本地裁でのハンセン病国賠訴訟における勝訴の記事は圧巻である。

 私も、勝訴の喜びを分かち合いたかった。


 近代日本において、療養所というところに強制的に隔離し、患者たちをきわめて貧しい環境に追い込み、ひたすら患者たちの「死」を待ち続けたとしかいえない、日本国家のハンセン病政策。

 昨日、駿河療養所の人たちがハンストを計画しているという記事があった。もと患者たちは高齢である。と同時に人数も減っている。日本政府は療養所の人員を削減し、介護などに支障がでているという。

 日本政府は、人権侵害の限りを尽くしてきたのであるから、もと患者たちの人生をきちんと保障すべきだ。


 
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【映画】かぞくのくに

2012-10-17 19:55:32 | 日記
 ヤン・ヨンヒ監督の作品。

 重い、重いテーマを描いた映画だ。重苦しい雰囲気が、映画館のなかを包んでいた。笑いはない。

 大日本帝国の植民地支配は、民族差別を生み出した。植民地下においた朝鮮半島から、生活を破壊された人びとが日本に渡ってきた。そして日本で生活するようになった。

 1945年、日本の敗戦により植民地はなくなったが、民族差別はなくならなかった。在日朝鮮人は、朝鮮半島が南北に分断されたこともあり、差別にさらされながら日本に生きた。日本にいる在日朝鮮人の出身は、南部が多い。

 しかし朝鮮半島の南北分断により、北を支持する朝鮮総連と、韓国を支持する民団が組織され、対立抗争していた。差別と対立。

 そういう状況から逃れるために、あるいは「祖国」に貢献するために、多くの在日朝鮮人が北へ「帰還」していった。北は「楽土」だと宣伝された。また日本政府も在日朝鮮人の数を減らしたいために、その事業に乗った。帰国事業であった。帰国事業は、北政府と日本政府の合作でもあった。

 ところが北は「楽土」ではなかった。「凍土」であった。

 この映画の話は、帰国事業で「帰還」した「兄」が脳腫瘍の治療のために一時的に日本に帰ってきた。北への「帰還」は、朝鮮総連の幹部であった「父」の方針であった。「兄」は16歳で北へ行った。その「兄」が25年ぶりに帰って来たのだ。監視付きで・・

 日本に残っていた家族はとても喜んだ。ところが短期滞在では脳の手術は無理と医者に言われる。それどころか、北政府からすぐに帰国せよという「命令」がくる。「兄」は「帰還」していく。「凍土」へと。

 重い現実を描いているので、とても重い映画なのだ。

 北朝鮮は、ほんとうに変わって欲しいと思う。理不尽がまかり通る社会はあってはならないからだ。

 http://kazokunokuni.com/

 
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【本】沢田二郎『「らい予防法」で生きた六十年の苦闘』第二部

2012-10-14 20:43:28 | 日記
 第二部を読み終えた。壮絶な人生である。とにかくハンセン病とそれに起因する様々な病との壮絶な闘いが繰り広げられるのだが、著者はそれに打ち克っていくのだ。すさまじいと言うしかない。

 また著者のあくなき知的好奇心も賞賛に値する。マルクスの『資本論』をはじめ、フロイト、サルトルなど、その読書傾向や読書量も感動してしまう。

 と同時に、療養所生活をしているのに、政治や社会の動向にも目を見開いていて、その超人的な生き方には脱帽せざるを得ない。

 次、次は・・・と、字を追っていかざるを得ないほどの筆力であり、またすごい内容だ。

 しかし浜松市立図書館には、第三部はない。第三部を他都市の図書館から借りる手筈を整えたので、近日中に続きを読めるだろう。

 ハンセン病者の中でも、これほど厳しい人生を送った人はいないのではないだろうか。

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【本】沢田二郎『「らい予防法」で生きた六十年の苦闘』第一部

2012-10-13 15:54:38 | 日記
 ハンセン病者の沢田二郎氏の自伝である。この本を読んでいると、ハンセン病とはどのような病気なのか、療養所とはどういうところなのか、ハンセン病者に対する社会の意識はどういうものであったのかがよくわかる。

 沢田氏は群馬県生まれなので、群馬県の栗生楽泉園に入った。本の内容は、そこで体験した療養所生活であるが、みずからの病気、入所していた人びとの生活や病気、そして死についても、詳細に記されている。


 効果的な治療薬のない時代のハンセン病の大変さ、療養所とは患者のために療養させるのではなく、ハンセン病者が療養所に入るということは、患者を治療するのではなく、死に至るまで「収容」しておくことであったことがよくわかる。

 「収容」された患者たちには人権はなかった、といわざるを得ない現実が存在したことがよくわかる。

 本書は第三部まである。浜松市の図書館は、残念ながら第二部までしかない。何とか最後まで読み続けたいと思う。

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【本】徳永進『隔離 故郷を追われたハンセン病者たち』(岩波書店)

2012-10-12 16:33:34 | 日記
 医師・徳永進氏は、みずからが鳥取県出身ということから、鳥取県から「追放」されたハンセン病者たちを、愛生園を中心に各地で聞き取り調査を行った。それが、本書に書かれている。

 文章は、感情的にならず淡々と記されているが、しかしその内容はきわめて悲惨な事実である。悲惨さが文章に表れていないが故に、余計に書かれている内容の悲惨さがにじみ出ている。

 ボクも、徳永氏と同じような仕事をしたいと思っている。静岡県から「追放」され、故郷を離れて「隔離」されたハンセン病者たちの生を聞き取りたい。

 ボクの生活のなかでは、ハンセン病とまったく接点がない。国賠訴訟などがあれば新聞にも報道されるが、それ以外の時には、まったく無関係である。

 無関係であるから無関心、無関心であるから無知、無知であるから、ときに何らかの軋轢が発生したとき、差別の牙が剝くことがある。

 無知をなくしたい、無知をなくせば無関心でなくなり、関心を持てば何らかの関わりを持とうとする。そのような日常的な回路とは逆の回路をつくりださなければ、差別はおそらくなくならない。

 日本ではハンセン病は消えつつある。それはとてもよいことだが、しかしその病気に関わった方々がひどい差別と迫害をうけた歴史的事実はきちんと記録され、また記憶されなければならない。

 そういう仕事がしたいと、この本を読んでさらにそう思った。

 よい本だ。読んで欲しい。
  
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【本】宮里良子『生まれてはならない子として』(毎日新聞社)

2012-10-10 17:38:24 | 日記
 ハンセン病と診断された両親をもつ宮里さんがみずからの人生を綴ったもの。今日図書館から借りてきて、すぐに読んでしまった。

 ハンセン病者は、日本では、国家による差別・迫害が長い間行われてきた。強制隔離がそれである。ライ菌は、近代日本ではおそるべき細菌ではなく、そう簡単に感染するものでもなかった。しかし国家は、ハンセン病者をみつけたら療養所に送り込み、子どもができないように断種するなど、人権侵害を平然と行ってきたのだ。

 国家が、公的に差別迫害するとどうなるか。多くの国民も、ハンセン病を恐ろしい病気と認識させられ、差別・迫害する側に立った。

 となると、家族にハンセン病の症状が発見されたとき、その家族はどうなるか。発症したものだけではなく、他の家族も差別・迫害の対象とされるのである。

 宮里さんも、その対象とされたのであった。宮里さんの受けた差別・迫害は、尋常なものではなかった。しかしそのなかで、生きていかなければならない。真実を語れないままに、社会の中で生きていかざるを得ない日々。その苦しさが、この本にほとばしる。自分を偽り、他人に虚偽を語る、そうせざるをえない自分自身の生そのものに耐える生活。

 私は、宮里さんだけではなく、ハンセン病者の家族が、同じような過酷な状況に追い込まれていたと思う。

 そう思うと、国家のハンセン病対策の犯罪性を糾弾せざるを得ない。

 本書は、宮里さんの生の軌跡をたどりながら、他方でそういう生を強制した国家の犯罪性を浮かび上がらせる。

 ハンセン病を語る上で、読んでおかなければならない本だと思う。


 
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和泉真蔵さん

2012-10-10 06:35:23 | 日記
 “静岡県におけるハンセン病史”を研究しようと、今準備を進めている。ハンセン病関係の本を次々と読んでいるが、ハンセン病に関わる人々の中に、善良で正義感があり、誠実で勇気のある、それでいて謙虚さをもった人がいて、本当に人間って信じられる存在なのだとおもう。

 そのなかの一人に、和泉真蔵さんがいる。ハンセン病研究と治療に長年携わってきた方だ。和泉さんがかかれた『医者の僕にハンセン病が教えてくれたこと』(CBR)を今読み終えたところだ。この本は和泉さんがどういう人生を送ってきたか、なぜハンセン病治療と研究に従事してきたか、またハンセン病の国賠訴訟で原告側証人としてどのような証言をしたのか、今どういう研究をしているかなどが書かれている。

 日本のハンセン病史における絶対隔離がいかに誤った犯罪的な政策であったか、その政策を是正する学説や実態があったにもかかわらず、それを無視して隔離を続行したことに対する和泉さんの怒りが本書や裁判での証言や書証で明らかにされているだけでなく、和泉さんは現在のハンセン病対策を、疫学的調査研究から修正しようとしてる。

 ハンセン病を引き起こすライ菌の研究は途上にあることがよくわかる。「世界のハンセン病対策は、未治療の多菌型患者が唯一の感染源」として考えられているが、それだけではなく、環境中にライ菌が存在し、それに何らかの形で感染するのだと、和泉さんは指摘する。

 日本ではすでにハンセン病は退治したが、インド、ブラジル、インドネシアなどではまだまだたくさんの患者が発生している。ハンセン病を克服するために、和泉さんはインドネシアで研究を進めている。

 本書の最後のことばを引用する。

 数千年前に日本列島に侵入したハンセン病は、皮膚と末梢神経を侵すという医学的特徴のために、偏見や差別を生み、肉体的のみならず社会的にも人びとを苦しめてきた。しかし、その長い歴史もまもなく終わろうとしている。1世紀になんなんとするわが国の誤った近代ハンセン病対策は、数万の患者と家族に言語に絶する未曾有の「人生被害」をもたらしたが、被害者たちは「国賠訴訟」に勝利して、病気や障害を理由に人間が人間を差別することのない新しい日本社会への扉を開く偉業を成し遂げた。そしてその成果を、地球的規模で人類をハンセン病の病苦から解放する事業に活用している心の優しい人びとがいる。やがてこの闘いは周辺諸国にも波及し、北東アジア地域において、社会的弱者の人権を守る国際的な運動に発展しつつある。
 ハンセン病は、専門医である私に医の基本を教え、社会の中の少数者と共に生きる喜びを教えてくれた、かけがえのない教師であった。
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ドヴォルザーク

2012-10-08 21:10:52 | 日記
 今日は珍しくクラシック音楽のことを書く。ボクは子どもの頃からクラシック音楽が好きで、最初はレコードを、今はCDをたくさん所有し、PCを打っているときも、車を運転しているときも、クラシック音楽をきいている。

 PCを打っているときは、PCに録音した音楽も聴くが、「クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~」で、いろいろな音楽を聴いている。

http://www.yung.jp/


 今日はドヴォルザークを聴きたくなったので、ドヴォルザーク、そしてヴァイオリン協奏曲をクリックした。はじめて聴く曲であった。

 ドヴォルザークの協奏曲といえば、チェロ協奏曲が有名で、ボクはジャクリーヌ・デュ・プレによるそれが好きだ。彼女の演奏は、一期一会。一曲一曲が真剣勝負である。ボクはときに、デュ・プレのこれを聴く。ボクは魂を揺さぶられ、全力を尽くせ!というメッセージが伝わってくるのだ。

 だがこのヴァイオリン協奏曲もすばらしい。第1楽章の、ヴァイオリンの自由な動きはどうだ。何の軛も感じさせないよう、自由な足取りで動き回る。そして第2楽章は、落ちついた安らかな安らぎ。でもなぜか第3楽章は、あまり気に入らなかった。

 今度はCDを購入して聴いてみよう。

 皆さん、ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロは、とにかくすばらしいですよ。クラシック音楽なんて、と思っている人にも、いやそういう人こそ。聴いてもらいたい。
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