スナイダーは歴史学者である。ヨーロッパ史である。その彼が、健康を損ね、医療を受けなければならなくなった。本書は、その体験をもとに書いたものである。
健康を損ねたとき、当然医療を受けなければならない。ところがアメリカでは、そこへのアクセスが難しいだけではなく、金儲け主義に毒されているアメリカの医療は、病む者にとって決してよいものではない。医者などの医療従事者は、患者の方を見ないで、保険会社や自らを雇用する者に顔を向ける。医療従事者に独立性はない。
入院し手術を受けたスナイダーは、アメリカの医療、人間にとっての医療の意味を考える。
アメリカは自由を志向する国家だと言われ思われているが、病気と不安は私たちをより不自由な状態に導く。自由であるとは、私たちが人間らしくいられること、自分たちの価値観や欲求に則ってこの世界を動きまわれることを意味する。私たち一人ひとりが自分の幸福を追求し、何らかの足跡を残す権利を持っている。幸福を心に描きたいのに病に冒され、あるいは幸福を追求したいのに心身が衰えていたとしたら、自由であることはできない。私たちが、とりわけ健康に関してだが、有意義な選択をしなければならない時に知識を欠いていたなら、やはり自由であることは不可能だ。
自由は私たち個々に関わるが、かといって誰一人として助けなしには自由ではありえない。個々の権利のためには共同の努力が必要だ。
そして、「医療は人間の権利だ」と主張する。
コロナ禍、多くの人びとが、感染し医療を受けられないままに、死への旅立ちを強制されている日本においても、医療とは何であるのかを考えることが求められる。日本の医療政策、公衆衛生政策が、金儲け主義に漬かっているアメリカの在り方を模倣しようとしているとき、人間の健康からカネを搾り取ろうという資本の自由な跳梁を許す方向へと動いているとき、医療の権利を主張することはきわめて重要だ。
資本の自由な跳梁を許すとき、医療は権利ではなく「特権」と化す。
もし医療をすべての人間が平等に利用できるならば、肉体的にばかりではなく、精神的にもより健康でいられよう。自分たちの生存が貧富や社会的地位に左右されると思わなくて済めば、私たちの生活は、心配に満ちた孤独なものではなくなる。私たちは深い意味でもっと自由になれるだろう。
医療が権利ではなく特権である時、医療はその特権を享受する側を道徳的に堕落させ、享受できない側は死に至らしめる。
もし医療が権利だとしたら、私たちは誰もが治療を受ける権利を持ち、集合的な苦痛から自由になることができるだろう。私たちの体、そして魂のために、医療は特権ではなく権利でなければならないのだ。
日本の医療政策の行方は、医療を特権化する道である。それがいかに人々を堕落させるかを考えなければならぬ。
日本でも、あの悪夢の小泉政権の時代から、「自己責任」という考えが浸透させられてきた。アメリカではすでにそれが内面化されている。
白人のアメリカ人は、苦痛を孤独な個人として受け止めるよう求められ、もし助けを求めたなら、彼らは自分たちや祖国を裏切っていると教えられるのだ。そしてこの論法によれば、助けを求めるのは皮膚の色の黒い不平屋ばかりということになる。
すべての人間が、大量死につながる苦痛の政治に惹きつけられてゆく。医療援助に値しない人々を助けることになるのではと医療に反対する
のである。そういう意識が、浸透させられているアメリカ。差別と不平等を前提とした意識である。その意識は、自分自身をも苦しめるのだ。スナイダーは、こう記す。
私たちは、個人の立場では作り出すことはできないが、どんな個人もそこから利益を得られる連帯のシステムを、今こそ必要としている。
アメリカで希求されているその「連帯のシステム」である皆保険制度を潰そうという新自由主義者が、日本にもいる。自民党や維新や国民民主党や立憲民主党の政治家のなかに、官僚にも、もちろん企業家にも。
自由というもののパラドックスは、助けなしには誰も自由でいられないことだ。自由は孤独なものであるのかもしれないが、それと同時に、連帯なくして自由はない。
このような認識を持つ者は、残念ながら多くはない。新自由主義によって減らされている、といってもよい。私たちは何が誤りで、何が正しいのかを見極めなければならないのだ。
真実があなた方を自由にするからこそ、あなた方を抑圧する人々は真実に抵抗する。
真実を告げるものは追放され、阿諛追従の徒が群がる。
日本でも、真実を見えないように、真実の流布を抑えようと、あらゆる努力が「抑圧する人々」によってなされている。
あなたを健康にし、治療し、もっと言えば生かしておくための経済的なインセンティブを持つ者は誰一人としていない。健康と生命は人間としての価値であって、金銭的な価値ではない。私たちの体を治療するにあたって、野放しになっている市場は、人間の健康などではなく、利益となる病気を生み出しているのだ。
アメリカの悲劇を、スナイダーの怒りを、日本に実現させてはならない。
私たちは、皆保険制度を維持し、さらに強化させること、自民党・公明党政権と厚労省による病床削減や公立病院の民営化に反対することを、実行していかなければならないのだ。
それこそが真実なのである。