降旗康男監督が亡くなられた。ずっと昔みた「あなたへ」をもう一度みた。しみじみと人生を描く。登場するひとりひとりが哀しみを背負って生きていく、そういう姿がある。
高倉健が演ずるもと刑務官が、遺言で妻の遺骨を散骨するために、妻の生まれた平戸へ行くのだが、彼と出会った人々がそれぞれ人生の哀しみをもちながらも、それに耐えながら生きている。情感溢れる映画である。
人生をじっくりと考えさせる映画である。降旗監督に合掌。
高倉健が演ずるもと刑務官が、遺言で妻の遺骨を散骨するために、妻の生まれた平戸へ行くのだが、彼と出会った人々がそれぞれ人生の哀しみをもちながらも、それに耐えながら生きている。情感溢れる映画である。
人生をじっくりと考えさせる映画である。降旗監督に合掌。
高齢者の事故が増えている。自宅の裏にアパートの駐車場があり、そこの一台分を近所の高齢者が借りていた。高齢者は車とともに、一昨年の11月、わが家に飛び込んできた。ブレーキとアクセルを踏み間違えたという。彼は謝罪にも来ず、道でであったら保険会社に任せていると言われた。昨年の12月、また同じことをした。ただこの時は、わが家にまで達することはなかった。私は彼に、もう一度やったら刑事告訴だ、と話したら、駐車場を変えた。わが家の近くである。その駐車場の隣の家が、今怯えている。▲彼はすでにこうした事故を三度やっている。しかし免許証を返上する気配はまったくない。最近はそうでもないようだが、彼は浜松市の私鉄に就職して、最後は系列のホテルのエラいさんになっていたようだ。そのことを近所の人に誇っていたそうだ。現役で働いていた時の地位について吹聴する男性は多い。男というのは、自分自身を働いていた時の地位で自己評価しているのかもしれない。▲私のように、ずっとヒラで生きてきた者は、そういう社会的地位について誇るものはない。言いたいことを言い、自己の権利はきちんと主張し、おかしいことはおかしいと言い続けてきたし、また「御用組合」ではない労働組合に入っていたから、いわゆる「出世」とは無縁であった。▲退職して社会から離れて家庭に生きる男性は、働いていた時の社会的評価なしに生きていかなければならない。その時、そうした男性は、これは聞いた話しだが、妻に対してきわめて強情に振る舞うのだという。「オレは偉かったのだ、だから言うことを聞け」ということになる。過去のみずからの「栄光」しかすがるものがない、「オレが偉かった」ことを知っているのは妻だけだ、妻に対して強情をはることによって自己確認をするのである。▲退職したら、タダの人なのである。一定の高い地位に就いていた人は、それに耐えられない。だから新しく知り合った人に、「私は・・・・だったんです」などと過去の「栄光」を語る。しかしそれはもはや実体がないから、それだけで終わってしまう。▲男性は、会社人間以外の人間像をつくりだすことが下手である。もちろん退職と同時に新たな生き方をして、それとともに新たなつながりを持つ人々もいる。そうでない男性は、過去の「栄光」に縛られ、昔のままの自尊心を維持し続ける。それが干からびたものであることを認めたくないから、よけいにすがりつくのだ。悲しい人生ではある。そういう人々が、私の近所にいる。
今日、「金子文子と朴烈」という映画を見た。実際にあった話であるということが字幕にあったが、全体としての事件はあったが、細かいところについてはどうかなと思えるような箇所がたくさんあった。とりわけこの事件に関わる日本政府の動きが細かく映像化されていたが、それが果たして事実であるのかどうか。おそらく脚色したのだろう。判決後、水野錬太郎が朴烈に刑務所で会う場面があったがこれなどはまったくフィクションであろう。
映画は、おおまかな歴史的事実を示していた。三・一独立運動に於ける日本の官憲による残虐な弾圧、関東大震災のさなかでの朝鮮人虐殺は事実であり、また朴烈や金子文子らが不逞社に集っていたこと、朴烈等が漠然と下テロ計画を持っていたことなどである。
印象としては、全体として軽薄な感じがしたことは否定できない。朴烈、政治家や官僚たちなど多くの登場人物も薄っぺらな描かれ方をしていた。金子文子は過酷な人生を送ってきたはずで、その点では私の文子のイメージとは大きく異なっていた。一般的に歴史的な事件を映画化すると、その多くは軽薄になりがちである。何としてでも多くの人に観てもらわなければならないから、でもある。
さて、四方田犬彦氏は、『週刊金曜日』誌上で、この映画を「反日国策映画」だとしていた。まだ観ていなかった私は、「反日国策映画」という規定の仕方に疑問を持ち、同編集部に問い合わせをした。そのメールをここに公開しよう。編集部としてこういう返信をしたのであるから、公開しても問題はなかろう。
私はこの編集部の意見に納得しているわけではない。「反日」は、日朝に関わる歴史的事実を示すなら、日本のあり方を批判せざるを得ない内容になること、したがってネトウヨが使って手垢にまみれた「反日」ということばの使用は慎重であらねばならないこと、そしてこの映画が、韓国の文政権との関係が証明されない限り、「国策映画」とはいえないのではないかと思う。
映画をまずご覧になってみてください。
編集部の定まった見解はありません。韓国に住み、韓国の国内事情や映画にも
造詣が深い四方田さんのひとつの「この映画の見方」を提示したまでです。
私自身は観ており、このような見方も出来ると思っております。
映画表現の解釈に「正解」はありません。
誌面化のまえに編集部(どい)と四方田さんの意見交換も行なっております。
映画を観た上で、下記の四方田さんの視点をお読みくださると
この映画の見方が、見るものの視点で大きく変わることがすこし理解出来るかもしれません。
そしてそういう議論こそ映画が望んでいた1つでもあるように思います。
わたしは1980年から数回、韓国映画祭の中心となって韓国映画を日本に紹介してきました。
その一方で、1930年代~45年までの皇民化政策期の朝鮮映画について論文を執筆し発表してき
ました。国家と映像とイデオロギーの密接な関係について、無自覚なわけではありません。
またネトウヨ的な意味でこのフィルムを非難しているわけでもありません。
今回の監督の前作(詩人ユンドンジュの評伝)についても、いかに事実を隠蔽し根拠のない
風評をそのまま映画化しているかについて、映画公開時に評論を執筆しております。
あきれかえるくらい無知をさらけ出した作品でした。
韓国では『軍艦島』以降のこうした反日「歴史」映画を、ククポン・ヨンファといいます。
国家主義のヒロポンの映画という、意味です。それが現在の文政権のイデオロギーを反映し、
歴史と称して商品化していることは、いうまでもありません。
今回のフィルムが稚拙な国策映画であるのは、以下の理由からです。
1> 同時代の日本についての時代考証がほとんどなされていない。官憲の科白は稚拙さはど
うでしたか?
2> テロリズムとは何かという倫理的問題の掘り下げがまったくない。昨年の瀬瀬の女相撲
のフィルムと比較してみてください。
3> 金子文子を、その著作からもうかがえるような知性のある女性として、充分描いていな
い。たんにコミックなおてんば娘の域を出ていない。歴史的な人物を描くときに、これはきわ
めて残念なことです。ちなみに原題は単に『朴烈』だけです。金子の存在は韓国では前面に出
されていません。
4> もっとも興味深いのは、この監督が前作に続き、英雄的な韓国男に純情な日本娘が付き
従うという物語を描いていることです。これは韓国映画しか存在しないステレオタイプで、
1960年の『玄界灘は知っている』の時点からそうでした。韓国男性の集合的オブセッションで
ある、日本女性の神話化という観点では、面白いかもしれません。日本映画でも一時期、日本
人男性と白人女性という物語が流行しました。この点はポスト植民地主義の観点から論じるこ
とができるでしょう(一部の韓国人は嫌がるでしょうが)。
以上のことは、試写会で観たときに、配給会社太秦の方々にも申し上げました。
『週刊金曜日』でこのフィルムを論じた人たちは、金子文子を論じるだけで、フィルムそのも
ののズサンさには言及していません。また金子がテロリストであった事実を正面から論じてい
ないという印象を受けました。金子を支持するということは、テロリズムを支持することだと
いうことを、論者たちはどこまで認識していたのでしょうか。しかし稚拙な映画はやはりだめ
なのです。とりわけ朴烈のような重要な人物を描くときには、もっと時間をかけて、綿密な時
代考証をし、日本人スタッフを組み込んで制作しなければだめでしょう。フランスとエジプト
はかつて『さよなら、ボナパルト』で、ナポレオンのエジプト侵略を主題に、みごとな芸術映
画を共同制作しました。
もし読者から反論の投書がきたとしたら、できれば見開き頁で書かせていただきたいものです。
映画は、おおまかな歴史的事実を示していた。三・一独立運動に於ける日本の官憲による残虐な弾圧、関東大震災のさなかでの朝鮮人虐殺は事実であり、また朴烈や金子文子らが不逞社に集っていたこと、朴烈等が漠然と下テロ計画を持っていたことなどである。
印象としては、全体として軽薄な感じがしたことは否定できない。朴烈、政治家や官僚たちなど多くの登場人物も薄っぺらな描かれ方をしていた。金子文子は過酷な人生を送ってきたはずで、その点では私の文子のイメージとは大きく異なっていた。一般的に歴史的な事件を映画化すると、その多くは軽薄になりがちである。何としてでも多くの人に観てもらわなければならないから、でもある。
さて、四方田犬彦氏は、『週刊金曜日』誌上で、この映画を「反日国策映画」だとしていた。まだ観ていなかった私は、「反日国策映画」という規定の仕方に疑問を持ち、同編集部に問い合わせをした。そのメールをここに公開しよう。編集部としてこういう返信をしたのであるから、公開しても問題はなかろう。
私はこの編集部の意見に納得しているわけではない。「反日」は、日朝に関わる歴史的事実を示すなら、日本のあり方を批判せざるを得ない内容になること、したがってネトウヨが使って手垢にまみれた「反日」ということばの使用は慎重であらねばならないこと、そしてこの映画が、韓国の文政権との関係が証明されない限り、「国策映画」とはいえないのではないかと思う。
映画をまずご覧になってみてください。
編集部の定まった見解はありません。韓国に住み、韓国の国内事情や映画にも
造詣が深い四方田さんのひとつの「この映画の見方」を提示したまでです。
私自身は観ており、このような見方も出来ると思っております。
映画表現の解釈に「正解」はありません。
誌面化のまえに編集部(どい)と四方田さんの意見交換も行なっております。
映画を観た上で、下記の四方田さんの視点をお読みくださると
この映画の見方が、見るものの視点で大きく変わることがすこし理解出来るかもしれません。
そしてそういう議論こそ映画が望んでいた1つでもあるように思います。
わたしは1980年から数回、韓国映画祭の中心となって韓国映画を日本に紹介してきました。
その一方で、1930年代~45年までの皇民化政策期の朝鮮映画について論文を執筆し発表してき
ました。国家と映像とイデオロギーの密接な関係について、無自覚なわけではありません。
またネトウヨ的な意味でこのフィルムを非難しているわけでもありません。
今回の監督の前作(詩人ユンドンジュの評伝)についても、いかに事実を隠蔽し根拠のない
風評をそのまま映画化しているかについて、映画公開時に評論を執筆しております。
あきれかえるくらい無知をさらけ出した作品でした。
韓国では『軍艦島』以降のこうした反日「歴史」映画を、ククポン・ヨンファといいます。
国家主義のヒロポンの映画という、意味です。それが現在の文政権のイデオロギーを反映し、
歴史と称して商品化していることは、いうまでもありません。
今回のフィルムが稚拙な国策映画であるのは、以下の理由からです。
1> 同時代の日本についての時代考証がほとんどなされていない。官憲の科白は稚拙さはど
うでしたか?
2> テロリズムとは何かという倫理的問題の掘り下げがまったくない。昨年の瀬瀬の女相撲
のフィルムと比較してみてください。
3> 金子文子を、その著作からもうかがえるような知性のある女性として、充分描いていな
い。たんにコミックなおてんば娘の域を出ていない。歴史的な人物を描くときに、これはきわ
めて残念なことです。ちなみに原題は単に『朴烈』だけです。金子の存在は韓国では前面に出
されていません。
4> もっとも興味深いのは、この監督が前作に続き、英雄的な韓国男に純情な日本娘が付き
従うという物語を描いていることです。これは韓国映画しか存在しないステレオタイプで、
1960年の『玄界灘は知っている』の時点からそうでした。韓国男性の集合的オブセッションで
ある、日本女性の神話化という観点では、面白いかもしれません。日本映画でも一時期、日本
人男性と白人女性という物語が流行しました。この点はポスト植民地主義の観点から論じるこ
とができるでしょう(一部の韓国人は嫌がるでしょうが)。
以上のことは、試写会で観たときに、配給会社太秦の方々にも申し上げました。
『週刊金曜日』でこのフィルムを論じた人たちは、金子文子を論じるだけで、フィルムそのも
ののズサンさには言及していません。また金子がテロリストであった事実を正面から論じてい
ないという印象を受けました。金子を支持するということは、テロリズムを支持することだと
いうことを、論者たちはどこまで認識していたのでしょうか。しかし稚拙な映画はやはりだめ
なのです。とりわけ朴烈のような重要な人物を描くときには、もっと時間をかけて、綿密な時
代考証をし、日本人スタッフを組み込んで制作しなければだめでしょう。フランスとエジプト
はかつて『さよなら、ボナパルト』で、ナポレオンのエジプト侵略を主題に、みごとな芸術映
画を共同制作しました。
もし読者から反論の投書がきたとしたら、できれば見開き頁で書かせていただきたいものです。
『朝日新聞』の今日の「素粒子」。
すべて西暦で。皇室と米国の関係を語る「お言葉」に元号なし。明快で新鮮だった。
× ×
「爆買いするF35を載せる空母です」。護衛艦「かが」で首相はそう説明したかな。
日本にだけ通じる元号は、もう衰退させなければならぬ。竹久夢二は、元号をつかっていない。
安倍政権は、国民の税金をアメリカに差し出す売国奴だ。
すべて西暦で。皇室と米国の関係を語る「お言葉」に元号なし。明快で新鮮だった。
× ×
「爆買いするF35を載せる空母です」。護衛艦「かが」で首相はそう説明したかな。
日本にだけ通じる元号は、もう衰退させなければならぬ。竹久夢二は、元号をつかっていない。
安倍政権は、国民の税金をアメリカに差し出す売国奴だ。
ネットでTBSを呼び出したら、中継が行われていた。川崎登戸での、殺傷事件の映像であった。あまりに痛ましく、被害に遭われた方々の恐怖と絶望を思った。また後に数人が亡くなられたという。何ということか。犯人は包丁を両手に持って子どもたちに襲いかかったそうだ。そしてみずからの首を刺して(?)自殺しようとしたそうだ(後に死亡)。
ひどい事件だ。犯人の男性が自暴自棄的になったのだろうが、卑怯である。弱者たる子どもに襲いかかる、許せないことだ。死なないまでも被害に遭った子どもたちの恐怖、保護者たちの心痛、これらは心の傷として残っていくことだろう。かわいそうでならない。
犯人は51歳だそうだが、何故に自暴自棄的な行動をとったのか。犯人の境遇や精神状態を認識し、分析すべきである。こういう事件が起きないようにするために、どうすべきか。
犯罪の背景に、社会的な問題が横たわっていると思う。その背景をなくしていかなければならない。
ひどい事件だ。犯人の男性が自暴自棄的になったのだろうが、卑怯である。弱者たる子どもに襲いかかる、許せないことだ。死なないまでも被害に遭った子どもたちの恐怖、保護者たちの心痛、これらは心の傷として残っていくことだろう。かわいそうでならない。
犯人は51歳だそうだが、何故に自暴自棄的な行動をとったのか。犯人の境遇や精神状態を認識し、分析すべきである。こういう事件が起きないようにするために、どうすべきか。
犯罪の背景に、社会的な問題が横たわっていると思う。その背景をなくしていかなければならない。
おしどりマコさんが、『図書』5月号に「はるかなるナンギヤラ」を書いている。この文章が、とてもよい。ほのぼのしているのだ。おしどりさんは、原発事故に関して政府や東電を厳しく追及している。そのおしどりさん、幼少期からさまざまな本を読みながら成長してきたのであるが、その頃の感覚をずっと保持していることに感服した。▲リンドグレーン『はるかな国の兄弟』という本がある。おしどりさんがはじめて自分で買った本だという。私は読んだことがないのだが、ヨナタンとカールという兄弟が死んだ後に「ナンギヤラ」に行くという内容らしい。それを読んだおしどりさんは、私も死んだ後は「ナンギヤラ」に行くのだと思ったそうだ。しかし、自分だけではなく、母も「ナンギヤラ」に行かせようとして、その本を読ませたそうだ。▲「私が死んでも大丈夫、ナンギヤラで会えるから。ママが死んでも「ナンギヤラ」で会おう」。そして今は、漫才の相方で夫のケンパルにも読ませたそうだ。死んでも「ナンギヤラ」で会おうね、ということである。おしどりさんは、死を悲しいことにしないで、次ぎにつなげる発想を持っている。▲人間は必ず死ぬ。死はおそれであり、肉親をはじめとした人々との別れでもある。「まだ死にたくない」というのが、大方の気持ちだろう。また親しくしていた人々の訃報もしばしば届く。もう会えないと思うと、とても悲しい。▲しかしもし「ナンギヤラ」という世界があるのなら、いいな、と思う。死は永遠の別れではなく、しばしの別れであり、いつかは「ナンギヤラ」で会えるんだ。私もそういう確信を持ちたい。▲とにかく早く、私は『はるかな国の兄弟』を読まなければならない。そして「ナンギヤラ」で会いたい人にも読ませなくては。私は欲張りだから、読ませたい人が多い。「ナンギヤラ」に、たくさんの人を連れて行きたい。
私はTwitterやFacebookをしていないが、いろいろな人のTwitterは見ることがある。香山リカ、本田由紀、冨永格・・・・。しかし今日のそれらの多くは、トランプのことを、批判的にではあるが、報じている。
私はテレビを見ないので、もちろんテレビのニュース番組も見ないので、心静かに日々を送ることができている。私はこのトランプの来日も、ついてにオリンピックも、全く興味関心をもたないでいる。
しかし、Twitterを見たら、トランプのことを熱心に追っている。なぜ無視しないのかと思う。もしトランプ訪日のことを論じるなら、彼が帰国してからでよいのではないか。
今日、トランプについて書くことは、トランプに関する情報量を大幅に増加させることになる。
無視すること、情報を遮断すること、こういうことも考えて貰いたいと思う。
私はテレビを見ないので、もちろんテレビのニュース番組も見ないので、心静かに日々を送ることができている。私はこのトランプの来日も、ついてにオリンピックも、全く興味関心をもたないでいる。
しかし、Twitterを見たら、トランプのことを熱心に追っている。なぜ無視しないのかと思う。もしトランプ訪日のことを論じるなら、彼が帰国してからでよいのではないか。
今日、トランプについて書くことは、トランプに関する情報量を大幅に増加させることになる。
無視すること、情報を遮断すること、こういうことも考えて貰いたいと思う。
4月18日、川根本町の茶農家で郷土史研究者のSさんが亡くなられた。95歳であった。その連絡をうけ、関係者が集まってお悔やみに、大井川を遡上した。▲Sさんとの会話の中で、もっとも記憶に残っているのは、「キツネの嫁入り」を見たことがある、という話しであった。Sさんの家は大井川に沿ったところにある。夜、対岸に「キツネの嫁入り」が進んでいるのを見た、というのだ。Sさんが言うと、真実かも知れないと思えるから不思議である。▲私は仲間たちと一緒に、「徳嶋若太郎」という村長を務めた人物の明治期の日記を復刻したのだが、その記述の中には不明なことがたくさんあった。私はこのSさん、そしてTさんから不明な点を聞いていった。お二人とも、地域の歴史や風習その他にとても詳しく、おかげで何とかまとめることができた。▲Sさんは、柔和で笑顔を絶やさない方であった。みずから調べたいことがあればどこにでも足を運び、それをいくつかの冊子にしてまとめた。活字として出版しただけではなく、みずからパソコンを駆使しても冊子にしていった。こういう人が地域にいることで、地域の歴史は伝えられていくのである。▲いただいた香典返しの中に「追悼のしおり」があった。おそらく息子さんが書かれたものだろう。その表題は、「冷静で誠実であれと教えてくれた父でした」。まさにその通りの人であった。またそのなかに「二番茶の茶部屋で全身汗して茶揉みをする父」という文言もあった。川根は茶所である。私もこの地域の茶業の歴史を調べたことがある。この地域での、好い茶を生産しようという努力は特筆に値する。今も「川根茶」はブランド茶である。Sさんは、そのなかでも高品質の茶の生産者であった。茶生産でも地域史の研究でも、冷静かつ誠実であった。Sさんの死を、この地域の「巨星」が一つ失われたという人があったという。同感である。
あらゆることを利用して企業に金もうけをさせる、というのが新自由主義経済の原理である。ナオミ・クラインが『ショック・ドクトリン』(岩波書店)で、そのことは論じられている。
原発事故に関しても、それを利用して、国家や自治体が、湯水の如く、カネを民間企業、この場合は電通に流している。こういうカネが、ほんとうに被害をうけた人びとに流されれば、と思う。
原発事故後の復興PRに240億円〜電通1社で
資本主義の腐朽は、これに象徴されている。
原発事故に関しても、それを利用して、国家や自治体が、湯水の如く、カネを民間企業、この場合は電通に流している。こういうカネが、ほんとうに被害をうけた人びとに流されれば、と思う。
原発事故後の復興PRに240億円〜電通1社で
資本主義の腐朽は、これに象徴されている。
今日の『東京新聞』の「こちら特報部」は、東洋英和学院の院長であった深井智朗氏が自身の著作に引用した文献を捏造したこと、それが明らかとなって、深井氏が懲戒免職になったことを取りあげている。▲大学の教授、さらに同大学のトップとなるような研究者が、なぜこのような不正を働いたのか理解に苦しむ。同氏の研究テーマはドイツ宗教思想史。おそらく日本にその研究をしている人は少ないだろう。だから同氏は、見つかることはないと高をくくっていたのだろうが、しかし悪事はバレるのである。深井氏のその著作を出版していた岩波書店は、同書を絶版にした。▲この記事では、学術書などレベルの高い書物を刊行している岩波書店がなぜそれを見抜けなかったのかという問題提起をしているが、それは無理だろう。編集者は編集者であって研究者ではないから、引用したり参考にした文献をきちんと確認するというところまではやれないだろう。とりわけ、深井氏が引用(参考に)したのはドイツ語の文献である。編集者がドイツ語の文献まで調べるのは無理だろう。▲岩波書店にとっても、学者が引用(参考)文献を捏造するなんてことは想像すらしていなかったはずだ。学問研究者は、研究の手法をきちんと守って執筆しているはずだと、岩波書店側は思っていたことだろう。▲しかしその思いは時代遅れかもしれない。というのも、岩波書店の一部の編集者は、そうした厳密さを著者に求めなくなっている。というのも、もう一つ問題を抱えた書物を岩波書店が刊行しているからだ。その本は、栗原 康著『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』である。「伊藤野枝伝」とあるからには、当然伊藤野枝という人物について客観的に捉えたものだと思うかも知れないが、とんでもない、著者の思い込みを野枝に仮託して主張しているという代物なのである。そして事実を脚色して叙述するという「芸当」もしている。▲この本は一時話題になった。しかし事実を脚色して、みずからの思いを野枝に仮託して野枝像を語るというのはいかがなものであろうか。岩波書店は、すでに危険な道を歩み始めているのではないだろうか。
日本維新の会公認で参議院議員の立候補予定者である元フジテレビアナウンサー長谷川豊が、講演会で被差別をめぐって堂々の差別発言をした。▲「日本には江戸時代にあまり良くない歴史がありました。士農工商の下にエタ・ヒニン、人間以下の存在がいると。でも人間以下と設定された人たちも性欲などがあります。当然、乱暴などもはたらきます。一族、夜盗郎党となって十何人で取り囲んで暴行しようとした時に、侍は大切な妻と子供を守るだけのためにどうしたのか。侍はもう刀を抜くしかなかった。でも刀を抜いた時に。どうせ死ぬんです。相手はプロなんだから、犯罪の。もうブン回すしかないんですよ。ブンブンブンブン刀ブン回して時間稼ぎするしかないんです。どうせ死ぬんだから。「もう自分はどうせ死んだとしても1秒でも長く時間を稼ぐから、大切な君だけはどうか生き残ってほしい。僕の命は君のものだから、僕の大切な君はかすり傷ひとつ付けない」といって振り回した時に一切のかすり傷がつかないのが二尺六寸の刀が届かない三尺です。「女は三尺下がって歩け」、愛の言葉です。」として、「女は三尺下がって歩け」は、女性差別ではなく、女性を守るためのことばであった、というのである。▲私はこの「女は・・・」は、明確に男尊女卑の日本の封建的な秩序の現れだと認識しているが、しかし例としてあげられたこの状態には、まったく無理がある。武士が妻を同行しているときに集団で襲われたという事例が具体的にあったということを、私はまったく知らないが、近世の封建的な秩序においてそういうことは原則として起こり得ないと考えるからだ。「男女七歳にして席を同じゅうせず」という儒教的な語句があるほどに、男女は、とりわけ武士の世界では別とされた。▲そして武士に対して民衆が襲いかかるということも、戦国時代ならいざ知らず、「平和」となった近世においてはほとんどあり得ず、逆に武士が庶民に襲いかかるということはありえた。幕末の、薩摩藩(西郷隆盛)が主導した相楽総三らによる蛮行にはっきりと示されている。▲そして長谷川の発言の最大の問題は、その武士に襲いかかった例として被差別民を挙げていることだ。ほとんどあり得ない事例に、被差別民を取りあげたということは、長谷川は彼らをそういう存在として認識しているということになる。「性欲がある」ことを前提に、「当然、乱暴などもはたらきます」というつながりは、理解不能であり、長谷川もおそらく「性欲がある」から「当然、乱暴などもはたら」く人物なのだろう。とりたてて被差別民をあげる文脈にはないのに、あえて事例としたことをみると、長谷川は明確な差別意識を持っていること、みずからの発言について配慮しない、粗雑な人物であることを証明している。▲こういう人物が、国会議員になろうとしていること、それを公党が公認していることは、日本社会がものすごく病んでいることを示している。病は早く治さなければならない。しかし日本社会にその力があるのだろうか。
『無知の涙』という本がある。連続殺人事件を起こした永山則夫が書いたものだ。貧しさの故に満足に学校も行かず、したがって普通の家庭生活もなく、大切な他者のいのちを奪い去った。すでに彼は死刑に処せられているが、捕らえられてからひたすら読書し、みずからの犯行の背景に「無知」があることを見出した。▲永山は、「無知」を否定すべきこととして捉えた。自分が「無知」でなかったら、こういう事件は起こさなかっただろうと思いながらも、しかしみずからが起こした事件を「無知」のせいにはしていない。事件の責任を負うことをみずからに課していた。▲「無知」は肯定されるべきことではない。永山だけではなく、少し前までは「無知」を自覚する者たちは、それに廉恥心を抱いていた。おのれの「無知」を自覚する者たちは、その「無知」から脱するために学び、みずからが「知」を有しないことについては沈黙を守っていた。▲しかし近年は、「無知」のうえにあぐらをかき、「無知」をあたかも誇るかのような人びとが増えてきた。いつ頃からかを振り返ると、安倍晋三という人間が政治の表舞台に出て来た頃ではないか。▲安倍が字を知らないことは公然化している。「云々」を「でんでん」と読むような人である。「願って已みません」を「ねがっていません」と読んだのは、つい最近のことだ。しかし彼はそれを恥ずかしいとも思わない。その安倍が今は首相である。政治のトップがこういう人物で、堂々と「無知」の上に居直ると、それを見ておのれも「無知」でもよいのだと錯覚する人びとが増えていく。▲「無知」に居直ると、思考も衰弱していく。元号による時期区分を私はしたくはないが、「平成」は「無知」が跋扈してきた時代と言えるのではないか。元号が変わっても、相変わらず「無知」の上にあぐらをかく者たちが躍っている。私はそういう事態を嘆かわしいと思っているが、世間はそうではないらしい。「無知」が跋扈する時代は、「令和」になっても続いている。
強い雨音で目が覚めた。土砂降りということばがぴったりするような雨音である。▲昨日は雨が降る前まで畑にいた。野菜の苗は水をたっぷり吸うと大きく生長する。雨が降る度に苗は大きくなる。しばらく雨が降らなかったので、毎日如露で水遣りをするのであるが、それは気休めにすぎない。というのも、如露でかけた水は土の表面だけを湿らし、土の中まで入っていかないからだ。そのため、小さな苗は雨が降る前、あるいはその直後に植えるのがよい。そう思って大粒の雨が降り出すまで畑で作業をしていたのだ。▲しかし野菜の苗も生長するが、雑草はもっと元気がよい。雑草は雨がなくとも生長し、降ればさらに大きく生長する。日本の農業は雑草との闘いである。昨日もニンニクを収穫しながら、その後を耕す。その際にはスギナとその長く伸びた根を除去していく。スギナはどんなに根ごと抜いても、毎年生えてくる。とはいえ、毎年毎年抜いていけば減ることは減る。しかし少し手を抜くとすぐに復活するし、雨が降ればほかの雑草も生長する。時に畑に行って驚くことがある。土が露出していたはずなのに、雨後に行ってみるとみどりに覆われている、そういう光景を何度も経験した。とにかく日々雑草を除去しながら農業は行われる。▲台風到来時や土砂降りの時はいつ頃去るのかと、ネットで雨雲レーダーを見る。土砂降りの時は、オレンジないしは赤色で示される。5分ごとに更新されるので、雨の動きをある程度予想することができる。土砂降りの領域は東に去っていく。いまは駿河湾から富士市、山梨県方面にある。遠州地域はいま濃い青であるが、いずれその雲も去っていくことだろう。すでに紀伊半島には雨雲はない。▲もうひとつ強い雨で困ることがある。私は花も育てている。バラが雨滴の重みでぐったりしている。キンセンカも道路に倒れかかっている。雨が止んだらそれらを起こして細い金属製の棒で支えてやらなければならない。雨が止んでみずから立ち上がる花もあるが、そのままのものもある。植物との付き合いはなかなかたいへんである。▲雨雲レーダーの青色が水色になりつつある。雨足もじきに通り過ぎるだろう。そうなったら出動である。