一昨日、ゴーゴリの『検察官』について書いたが、その本を持っているかどうか書庫を探しまわったが、出てこない。
振り返ると思春期の頃、ロシア文学に傾倒し、ドストエフスキー、プーシキン、ゴーリキー、ツルゲーネフなどを読んだ。書庫をみてまわると、そうした本が見つかる。そこで、ツルゲーネフの『その前夜』(岩波文庫)を持ち出してきた。この本は2度読んだとメモされているが、しかし今私の記憶にはない。情けないことだ。
ぱらぱらとめくっていくと、あちらこちらに赤線や黒線が引いてある。そのなかにこういうものがあった(268ページ)。
人間は目覚め際に、思わずびっくりして自分に問うことがある。ほんとにおれはもう30・・・40・・・50歳だろうか?どうしてまあ人生はこんなに早く過ぎたんだろう?どうしてまあ死がこうも近く迫ってきたんだろう?と。死というものは、魚を自分の網のなかに捕らえて、一時それを水に入れておく漁師のようなものだ。魚はまだ泳いでいる。けれども網がかかっている。そして漁師はそれをつかみとるんだー好きなときに。
赤線が引いてあるところは、たとえばこれだ(125ページ)。
なんのための若さだ、何しに私は生きている、なんのために私には魂がある、なんのためだろうすべてこれは?
そしてこれ(42ページ)。
星どものしていることは、恋する人々を眺めることきりだ。ーだから星はあんなに美しいんだ。
ロシアに対して非難めいた言辞がマスメディアを通して流されてくるが、ロシアはすばらしい文学や音楽、美術を生み出している。とりわけロシア文学は、深く、深く、そして深い。
それはおそらくロシア帝国時代の抑圧、それに対する精神の抵抗が、文学や音楽を生み出したのだろう。
抑圧が、抵抗する民衆のなかに藝術を生み出す。その藝術は、普遍性を帯びて世界の人々の精神に伝わっていく。藝術は、何ものかに対する抵抗のなかから生み出されるのだと思う。そしてそのなかに珠玉のことばが発見される。
今は、夜空を眺めても、星はあまり見えない。しかし私が若い頃、夜空には満天の星が瞬いていた。星が美しいことを、私はからだに刻んで生きてきた。死ぬまでにもう一度、満天の星を見たいという願望を持ち続けている。
だがなぜ星は美しいのか?ツルゲーネフが答えを出してくれた。
星が美しいのは、星たちが愛し合う恋人たちをいつも眺めているからだ。同時に、星が美しいのは、恋人たちが星を眺めているからだ。
そして愛は、こうしてやってくる(132ページ)。
・・・言葉がみつかった。光がぱっと私を照らした!神よ!私を憐れみたまえ・・・私は恋をしている。
そう、突然に。光の速さでやってくるのだ。
文学は、みずからの想念を自由に羽ばたかせてくれる。そういう時代は、しかし青春期だけ。だな、きっと。
※ 引用は、湯浅芳子訳。初版は1951年。旧字体である。
振り返ると思春期の頃、ロシア文学に傾倒し、ドストエフスキー、プーシキン、ゴーリキー、ツルゲーネフなどを読んだ。書庫をみてまわると、そうした本が見つかる。そこで、ツルゲーネフの『その前夜』(岩波文庫)を持ち出してきた。この本は2度読んだとメモされているが、しかし今私の記憶にはない。情けないことだ。
ぱらぱらとめくっていくと、あちらこちらに赤線や黒線が引いてある。そのなかにこういうものがあった(268ページ)。
人間は目覚め際に、思わずびっくりして自分に問うことがある。ほんとにおれはもう30・・・40・・・50歳だろうか?どうしてまあ人生はこんなに早く過ぎたんだろう?どうしてまあ死がこうも近く迫ってきたんだろう?と。死というものは、魚を自分の網のなかに捕らえて、一時それを水に入れておく漁師のようなものだ。魚はまだ泳いでいる。けれども網がかかっている。そして漁師はそれをつかみとるんだー好きなときに。
赤線が引いてあるところは、たとえばこれだ(125ページ)。
なんのための若さだ、何しに私は生きている、なんのために私には魂がある、なんのためだろうすべてこれは?
そしてこれ(42ページ)。
星どものしていることは、恋する人々を眺めることきりだ。ーだから星はあんなに美しいんだ。
ロシアに対して非難めいた言辞がマスメディアを通して流されてくるが、ロシアはすばらしい文学や音楽、美術を生み出している。とりわけロシア文学は、深く、深く、そして深い。
それはおそらくロシア帝国時代の抑圧、それに対する精神の抵抗が、文学や音楽を生み出したのだろう。
抑圧が、抵抗する民衆のなかに藝術を生み出す。その藝術は、普遍性を帯びて世界の人々の精神に伝わっていく。藝術は、何ものかに対する抵抗のなかから生み出されるのだと思う。そしてそのなかに珠玉のことばが発見される。
今は、夜空を眺めても、星はあまり見えない。しかし私が若い頃、夜空には満天の星が瞬いていた。星が美しいことを、私はからだに刻んで生きてきた。死ぬまでにもう一度、満天の星を見たいという願望を持ち続けている。
だがなぜ星は美しいのか?ツルゲーネフが答えを出してくれた。
星が美しいのは、星たちが愛し合う恋人たちをいつも眺めているからだ。同時に、星が美しいのは、恋人たちが星を眺めているからだ。
そして愛は、こうしてやってくる(132ページ)。
・・・言葉がみつかった。光がぱっと私を照らした!神よ!私を憐れみたまえ・・・私は恋をしている。
そう、突然に。光の速さでやってくるのだ。
文学は、みずからの想念を自由に羽ばたかせてくれる。そういう時代は、しかし青春期だけ。だな、きっと。
※ 引用は、湯浅芳子訳。初版は1951年。旧字体である。