『ゴッホのプロヴァンス便り』 マール社

フィンセント・ファン・ゴッホ(以下、フィンセント)が家族や仲間に宛てた多くの手紙の言葉で、画家の絵と生涯を追いかける一冊が、マール社より刊行されました。


『ゴッホのプロヴァンス便り』@MAAR_sha

それが『ゴッホのプロヴァンス便り 手紙とスケッチで出会う、あたらしいゴッホ』で、フィンセントが晩年の3年間、南フランスにて書かれた260通の手紙のうち半数を引用しながら、あわせて当時制作中のスケッチや絵画を紹介していました。

著者はイギリスにおけるゴッホ研究の第一人者で、『ファン・ゴッホと英国(Van Gogh and Britain)』(2019年、テートブリテン)などの展示会などを企画したマーティン・ベイリーで、アート系の翻訳も多い岡本由香子が訳を担い、東京ステーションギャラリーの館長で美術史家の冨田章が学術協力を務めました。



まず冒頭ではフィンセントが南フランスへ至るまでの経緯が紹介されていて、その後、黄色い家やゴーガンとの出会いや耳切り事件の起きたアルル、さらに精神科病院へ入院したサン=レミ=ド=プロヴァンス、また自ら命を絶ったオーヴェル=シュル=オワーズへと続いていました。



フィンセントは弟のテオだけでなく、エミール・ベルナールやポール・ゴーガンといった画家仲間にも手紙を送っていて、南フランスに何を感じて、どのように理知的な意図をもって作品を描いていったのかについて知ることができました。



テオに対する強い親愛の感情と、画家としての矜持、反面の葛藤など、言わば内面を露わにするフィンセントの手紙は、その人間像を如実に浮き彫りにしていて、これほどゴッホの存在が近しく感じられたことはありませんでした。



と同時に、フィンセントが手紙の内容や生涯を補って紹介する解説も充実していて、画家のたどった時間を追体験することができました。またB5ヨコ変型判の見開きに、手紙と絵画の図版が並ぶように掲載されているのも見やすかったかもしれません。

「いつかぼくの絵に、絵の具代と生活費(貧乏生活であるけれど)以上の価値があるということが、世間に理解される日が来るはずだ。」 1888年10月25日ごろ

「ぼくらが絵を描きつづけるのは、画家同士の仲間意識や、自然に対する愛情があるからです。何より努力して筆遣いを習得したのに、描くのをやめることなどできません。」 1889年10月21日ごろ


フィンセントの自殺から半年後、弟のテオも33歳の若さで亡くなりました。そしてテオの妻ヨーは、フィンセントの絵を世の中に認めさせるために尽力し、義兄の手紙を編纂して出版しました。「義兄の文章を胸に刻み、魂に染み込ませました。義兄の言葉は常にわたしと共にあります。」との言葉も残しています。



人と話すのが苦手だったと言われるフィンセントは、手紙では頭の中の思考をさまざまに表現していたことでも知られています。また手紙ゆえに独特の抑揚やニュアンスがあるのも魅力的です。

一気に読み進めるのも面白いかもしれませんが、作品の図版を見やりつつ、一言一句、ゴッホの心を拾っていくかのようにゆっくり音読するのも楽しいかもしれません。



まずは『ゴッホのプロヴァンス便り 手紙とスケッチで出会う、あたらしいゴッホ』をお手に取ってご覧ください。

『ゴッホのプロヴァンス便り 手紙とスケッチで出会う、あたらしいゴッホ』
出版:マール社@MAAR_sha
2023年4月25日新刊
定価:3278円 (本体 2980円+税)
著者・編者:マーティン・ベイリー 著
翻訳 :岡本由香子
ページ数 :160ページ
原書タイトル :The Illustrated Provence Letters of Van Gogh
内容:「配色によって詩を綴ることもできるといったら理解できるだろうか。音楽で誰かの心を慰めるのと同じだ——」。その"絵と言葉"で、わたしたちの心を惹きつけてやまない画家、ゴッホ。本書は、彼の最高傑作が生まれた南フランスでの3年間に書かれた260通のうち、半数の手紙を軸に据えた「手紙とスケッチと完成作品」でゴッホを読む1冊です。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )