高木晴光の 『田舎と都市との ・ 日々こうかい記』

「新田舎づくり」を個人ミッションとし、田舎と都市とを行き来する人生・仕事のこうかい(公開・後悔・航海)日記

閉校(廃校)利用

2008-12-08 20:23:46 | 日記
本日の視察来校は、日高の平取町から地域住民と役場の方が7名いらっしゃいました。なんでも、日高幌尻岳の登山口方面にある学校が閉校になるので、その活用について検討しているとのことでした。

ぶなの森自然学校は、なんとか運営を続けて10年目となります。常勤者がいて交流事業を展開している閉校利用(廃校とよく言われますが、地域にとっては、その響きには抵抗があります)は、実は全国的にも珍しい部類に入るらしく、視察見学が増えています。 私どもの他の拠点仕事でも、中頓別、登別は元小学校であった校舎利用や改築利用です。 今後、閉校になる学校校舎は 全国にたくさん現れてきます。

最近・・ぼやっと思うんですが・・・
使われなくなった校舎利用を通年で行うのは 地域からの理解・・とも違うな・・地域の住民として そこに「住まう」ことが出発だと思えます。地域活性、地域振興、山村留学などが先行課題として 行政的にも目標になってしまうと けっこうしんどいことになってしまいかねません。

ましてや、「実態経済」の悪化が言われている昨今ですから、ますます経営がたいへんになってきそうでもあります。 そもそも、実態というよりも、日本の経済全体が人口構成の変化や産業の国際化により縮小してゆく局面に入っているのですから、小さな田舎の経済活性に 元校舎利用 をするのは、相当のアイディアが必要でしょう。

その時、よそ者である外から移住した民間と地域行政との関わり合い方は、こと「交流や体験型観光」では、ややもすると、「競合」しかねない状況も生み出すこともあります。このあたりが、実は地域住民との関わりより難しいことかもしれないと ぼんやりと思えております・・・。

同志のMMCが最近、これまたぼやっと つぶやいている、
「コミュニティ・ビジネス」ではなくて、「ホーム・ビジネス」という経営形態の方が、元校舎利用は合っているように思えてきております。
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作寿会

2008-12-08 19:46:01 | 日記

本日は、地域の作寿会の「物故祭」でした。過去、2年ほどの間に亡くなった方々を偲び弔う集まりで、お寺さんが来てお経があげられました。みなさんで昼食を食べ歓談をするひと時を過ごします。

物故者は、この作寿会の会員さんだった方々・・・つまり老人会なのですが、今年からお声がかかるようになりました。 なぜ・・・?かというと・・・

新年会や総会には数年前から、自然学校代表として来賓扱いで上座に座らされていたのですが、「たかぎさん、いくつになった?」と毎年聞かれておりました。作寿会の会則では、会員資格は60歳からなので、なんとなく賛助会員になっちゃってたんですが・・、男性会員が少ないということで、勧誘が強まり・・、

今年度の総会で、なんと・・・会則が変更となり・・私も断りきれなくなり・・・

ついに、晴れて、会員になってしまったのです。 

私・・・今月、たしか54歳になる最年少者なんですが・・。並み居る長老達を差し置いて・・、「お寺さんの話し相手になって」と 懇親会では祭壇の前に座らされてしまいました。 もったいない、ありがたいことなんですが・・・・ちょっと複雑な心境であります。

会の終わりに、新年会の日程決めの相談がありました。
「○○さん、22日はあいてるかい」
「いやあ・・死んでっかもなあ」
「そんなこたぁ言ったら、みんな同じだから 日にち決められないべや」
「△△さんはぁ?」
「おらぁ、そら だなぁ」
「またぁ・・。弁当の数、決めれねぇでないか」
「ハワイ行くかもしれねぇんで・・」

70から80代の方々が多いんですが、なんとも明るい雰囲気で笑いがたえません。 お寺さんは、今は自然学校となっている元作開小中学校で、昭和二十年代に教壇に立っていたこともあるとのこと。なんと、この席には、同僚先生だったおばあちゃんが二人、さらには教え子だった若手のおばあちゃんも同席しているのです!!  金婚式をとっくに過ぎたご夫婦もいます。

私には 到底到達できない境地におられる先輩方々であります。

そんな中に座らせてもらっているだけでも ほんと、ありがたいことです。
いっそのこと、来年は温泉旅行にも一緒に行ってしまうかなあ・・・。
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