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旧中山道を歩いて板橋宿の本陣跡を越えるが、仲宿商店街は流行っていて活気がある。商店街が終わった先には石神井川の橋があるがこれが『板橋』、つまり板橋区の名前のルーツである。
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板橋は板橋宿の真ん中にあり、平安時代にはあったと義経記には書かれているほどに歴史がある。もともとは名前の通り、板でできた橋だったらしく、江戸時代の橋で長さが16.4m、幅が5.5mの太鼓橋であった。
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1932年にコンクリートの橋となったが、実際に渡ると2つの橋に分かれ、最初の橋の下は川ならぬ児童公園となっている。これは1972年に石神井川の河川改修のため、川の流れが変わったためである。
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標識には『日本橋から十粁六百四十三米』と書かれている。新たに架け直した橋ではあるが、板のような装飾が施されていて風情がある。
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その先は本町にかわり、商店街も本町商店街となるが、こちらはシャッターの降りた店が多くてやや寂しい。
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旧中山道には殆ど信号はないが、ここには『縁切榎前』の信号が。そのすぐ先の右手に縁切榎が植えられ、小さな祠が造られている。
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まさに民間信仰だが、その木に縁切や断酒などの願いを込めると霊剣新たかで、『縁切パワー』を恐れて皇女和宮はわざわざ迂回路を作って通ったという逸話もある。
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あまり、切りたい縁がないため、お参りは控えたが、熱心に絵馬を奉納して祠に向かい男との別れを祈る中年女性と願い事絵馬に断酒の願いを書く中年男性がいて、狭い境内では祠に近づくことも難しい雰囲気。やはり効果を信じる人は多いのかも、ただ、この2人に話を聞くわけにもいかず、あくまでこれは想像の話であるが。
現在の榎は三代目だが、この皮を剥がして煎じると効果があると言われて、木に傷をつける人が絶えず、管理者が木に保護材を巻いて皮を剥がすことを禁止している。
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縁切榎から少し歩くと環状7号に出て、左に曲がると熊野前の交差点、もう板橋本町駅である。
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