hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

大森付近の坂②

2023-04-24 05:00:00 | 坂道
『東京の坂、日本の坂』その174。大森貝塚の碑を見た後再び八景坂を降りる。駅前を通過した後、左側に鋭角に戻るような道を登ると坂道が出てくる。



この坂が『闇坂』(くらやみざか)である。両側が切り立った切通のような坂道であり、右手の大きなマンションは『八景園』という遊園地の跡地。

八景園は当時は梅の名所として有名であった。鉄道唱歌4番の(梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の〜)歌詞にも出てくる。八景園の樹木が鬱蒼と広がり、昼間でも暗かったのでこの名前が付いたと言われている。



坂の上まで上り、その先2つ目の道を左に曲がる。道なりに左右ふらふら行くと急に右手に降りていく階段、その先に環七通り、これを渡ると目の前に大倉山公園が出てくる。これを左回りに上がると坂道となる。



これが『右近坂』である。坂の名前の由来だが、①近くに右近、あるいはおこんという者が住んでいた、②うこん色の着物を着た娘がこの坂をよく通ったなどの説がある。



坂を上がると『馬込文人村』の説明板が出てきて臼田坂の上り口にあった九州閣というアパートには石坂洋次郎が住んでいた、川端康成は臼田坂の途中に居を構えていたなどと書いてある。その先のバス通りが『臼田坂』で坂上と坂下にバス停がある。



坂の名前の由来は周辺に臼田という姓の人が多く住んでいたからと言われている。またこの通りは古くは田無街道と呼ばれていた。(明治4年に東京府制が敷かれた後は府道56号大森田無線と呼ばれた)



坂の標識は頂上付近にある、『金剛地蔵尊』の前に置かれている。すぐ先に臼田坂上のバス停があり、これに乗りようやく大森駅に到着することができた。距離は短いと思っていたが、バス停が6つあった。