一、
ほたるの光、窓(まど)の雪。
書(ふみ)よむ月日、重ねつつ。
いつしか年も、すぎの戸を、
明けてぞ、けさは、別れゆく。
ニ、
とまるも行くも、限りとて、
かたみに思う、ちよろずの、
心のはしを、一言(ひとこと)に、
さきくとばかり、歌うなり。
……季節はずれでもうしわけない。これはもちろんおなじみ卒業式の定番「蛍の光」。正直、美しい詩だと思う。原曲はスコットランド民謡"Auld Lang Syne"=Old Long Since「むかしむかし」。原詩は、旧友と昔を懐かしみながら一杯やろう、という内容。スコットランドでは国歌に匹敵するぐらいメジャーで、みんなで手をつなぎ合って歌うのだという。アイルランドにおけるダニー・ボーイみたいなものだろうか。
遠く離れたスコットランドの歌がどうしてこれほど日本人に愛されているかというと、「蛍の光」が他の多くのスコットランドの歌と同様、日本の伝統的な音階「四七抜き(よなぬき・ファとシがない)」の五音階で作られていることが大きな理由だと言われている。唱歌に採られたのもこのためかもしれない。事実、明治期に文部省の委嘱で唱歌選定を一任された「お雇い外国人」の米国人教育学者ルーサー・W・メイソンは、日本の生徒に西洋音楽を教える難しさのなかで、ファとシを歌えないことをあげている。
この曲について、先日行われた県教研で、講師となった北村小夜さん(元教員、障害児を普通高校へ全国連絡会世話人)が意外な話を聞かせてくれたので紹介しよう。実は「蛍の光」には、戦後歌われることがなくなった三番と四番があるというのだ。
三、
筑紫(つくし)のきわみ、みちのおく、
海山(うみやま)とおく、へだつとも、
その真心(まごころ)は、へだてなく、
ひとつに尽くせ、国のため。
四、
千島(ちしま)のおくも、沖縄(おきなわ)も、
八洲(やしま)のうちの、守りなり。
至らん国に、いさおしく。
つとめよ わがせ、つつがなく。
……戦時中は地名が樺太や台湾、はてはアリューシャンとサイパンに言いかえられた歴史もあるのだという。意外なほどの軍事色。学習指導要領のなかで、他の教科と違い、教材そのものが提示されている音楽科で、この曲が採りあげられ続けている意味を考えてくださいと北村氏は語った。「へぇ」と言っているだけではすまない問題が、「蛍の光」の背後にはある。
※軍事色が強い背景には、文部省唱歌(著作権は文科省にある)の成り立ちと関係がある(「蛍の光」は文部省唱歌ではなく、国定教科書に載ったこともないが)。明治初頭、当時の文部省は、伝統的な日本音楽を捨てて西洋音楽を採用するにあたり、原曲とは関係のない歌詞を、国文学者を動員してつけたのである。友だちと一杯やる詩とかは教育的じゃないからまずかったわけだ。
画像は「懐かしき恋人の歌」Same Old Lang Syneダン・フォーゲルバーグ(合掌)
美しい旋律、どこまでも透明なボーカル。お前は小田和正かと思うほどナンパな曲。ちょっと今聴くのは恥ずかしい。しかし「蛍の光」のメロディが効果的に使われていてかなり泣ける。傑作アルバム「イノセント・エイジ」(‘81)所収。わたしはこのアルバムをいとこからぶんどった。
「情宣さかた」裏版2003年11月14日号。