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事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「失踪日記」吾妻ひでお著 イーストプレス刊

2008-04-20 | アニメ・コミック・ゲーム

Shissohnikki 人間誰しも、何もかも投げ捨てて消えてしまいたいと思ったことが一度はあったはず。一般化はまずいか。少なくともわたしは何度かありました。

これが十代の少年なら単なる家出ですむ。しかし妻子や仕事に背を向けるとなると、失うものの大きさにおびえ、しかしそれゆえに失踪の誘惑もまた強い……これが日本の中年像というものではないだろうか。あ、またしても一般化はまずいですか。

吾妻ひでおといえば、わたしの世代にとっては少年チャンピオンに連載された「ふたりと5人」。今でこそ不条理ギャグの走りともてはやされているが、性根のところがどうにも病んでいて……好きだった(笑)。

その後、彼はオタクたちによって神格化されるわけだが、SFファンではないわたしには無縁の話だった。失踪癖があるとの噂は聞いていたけれど、この「失踪日記」で描かれた内情は壮絶のひとことに尽きる。アルコール依存症による譫妄状態、ホームレスとなり、腐ったりんごで暖をとったり、天ぷら油で痔の治療(笑)したりする毎日。

しかし何よりおそろしいのは、これらが吾妻特有の乾いたギャグマンガとして描かれていることなのだ。かわいいキャラで、とにかく笑える本なのだけれど、実際には家族との関係など、きつい部分も大きかったことがすけて見える。何より途中で配管工として就職してしまうあたりのリアルさがおかしく、そして哀しい。芸術家としての業というか、社内報にマンガを投稿して掲載されてしまうなど、つげ義春の諸作とは別の種類の絶望と諧謔がここにある。

あとがきとしてとり・みきとの対談が載っていて、これも泣かせる。少年チャンピオン編集部との確執など、当時の読者として涙なくしては読めない。でも同時に、人間ってここまで壊れてもいいんだ、と教えてくれる悪魔の書でもある。あっぶねー。

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「下妻物語」('04 東宝)深田恭子、土屋アンナ主演 中島哲也監督

2008-04-20 | 邦画

Simotuma001  いったい何を考えてあんなものを着ていたんだろう。顔から火が出る思いでよみがえるダサダサファッションの数々。マジソンバッグ、パンタロンルック、まるでサザエさんのようなパーマ、正ちゃん帽にスタジアムジャンパー……若気の至り、だけでは片付けられない痛恨の記憶。

 違う路線の青春を歩んでいた連中も、その勘違いぶりは爆発している。まるで若ハゲかと誤解されかねない剃り込み、わずかなカーブでも腹を擦るシャコタン+竹槍マフラー、学生服の裏にはなぜか龍や虎の裏地、派手な財布。そして、特攻服。

 キーワードは“同族”。そのファッションが自分の属するグループを明示し、他人にはグロテスクに映っても、それゆえに強固に感じることができる仲間意識。ロココファッションに身を包んだ主人公と、特攻服とキッチュなブランドしか目に入らないヤンキー。この二人の属するグループ観の差は、ロココ娘が特攻服に刺繍を入れた瞬間に友情に昇華する。「二人なら、負ける気がしねぇ」というキャッチコピーは、ファッションを通じて二人が同族となった気分をよく表している。

「(ロココ娘に)そんな服、どこで買うんだよ」
「自由が丘。(特攻服に)そーゆー服は?」
ジャスコじゃん!」
いやー笑った。よくまあイオングループはこんな形で名前を使うことを許したよな(笑)。

 中島哲也の演出はウェットにならずにまことに快調。ロココ娘を演じた深田恭子の天然ぶりもいいが、なにしろ特攻レディ土屋アンナが美しすぎるっ!ユニクロやカルピスのCMに出ていたことなど信じられないヤンキーぶり。そのヤンキー気分を延長し、できちゃった婚に走ってしまったのは日本の芸能界にとって大いなる損失。早く復帰しろ土屋、おじさんはすっかりファンになっちゃったんだ。眉毛でも剃って待ってるぞ!

……2008年現在、土屋アンナはめでたくシングル・マザーとなり(気を使わせちゃったなあ)、深田恭子はなんとドロンジョを演ずるとか(ついでに原作者は逮捕された)。彼女たちに幸あれ。

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解説者を評定する ~ 江川卓

2008-04-20 | スポーツ

古田敦也篇はこちら。

Egawa  野球ファンとして、わたしがもっとも熱狂したプレーヤーはまちがいなくこの人だ。作新学院当時のモンスターぶりはすさまじいの一言。実は彼のピークはこのあたりだったのかな。

 おそらくはゆっくりと下降線をたどったプロ生活のなかでも、中日戦の最終回、最後のバッターをその日最速のストレートだけで三球三振にとった(狙ってやったに違いないのだ)シーンには震えがきた。やはり怪物。

 ただ、彼の存在感は、マスコミが徹底的につけ加えたドラマ性によるところも大きい。その多くは例の『空白の一日』事件のせい。今から考えれば世間知らずの若僧に「興奮しないでください」と言わせるほどマスコミの指弾は強烈だったが、ひとつの事実を指摘しておくと、あの事件のおかげでスポーツ紙は売り上げを伸ばし、かつ世間での認知度も上がったのだ。オヤジ以外の層にも受け入れられるようになったし。だから本来は江川さまさまのはずなのである。

 初登板の二軍戦まで中継され、おそらくはイースタンの視聴率記録になっているはず。マスコミの寵児、とは江川に捧げられていい称号。彼がプロに在籍した期間は意外に短かったが、同僚の西本の方が勝ち星は多く、成績も安定していたけれど、どうみても「江川の9年」と総括されるのは、その存在感の故だろうか。

※生涯成績は135勝72敗。西本は165勝もしている。でも、シュートで内野ゴロを打たせるピッチャーよりも、豪速球でバッターをねじふせるタイプにロマンを感じるのはわたしだけじゃないよねえ?

 その、マスコミに愛され、そして憎まれた男の解説は、しかしどうも冴えない。クレバーなのはわかるにしても、視聴者の心をはずませてくれないのだ。本人としては、はしゃぎすぎな「うるぐす」とのバランスを考えているんだろうけど……

ワインなんか飲んでる場合か50点

北京オリンピック篇につづく。

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「クローバーフィールド/HAKAISHA」(’08) Cloverfield

2008-04-20 | 洋画

505606cloverfieldposters 「あのぉ、この映画を観ると車酔いのような症状が出る可能性があるんですけど、よろしいですか?」

 三川イオンシネマの窓口では、こんな警告が発せられる。観客の10%程度にその症状が認められ……当然はったりであり、そしてわたしはこんな興行上のギミック(仕掛け)が大好きである。

「もちろんです。前の方の席にして。」

Mail01j 昨日「クローバーフィールド」見て来ました、が!イマイチでしたねぇ~。 やりたい事は解るけどオメェにゃあ無理だろ-、と言う事で金はかけていましたが 全てに中途半端ででした。

……こんな感想もよせられている。あいつ、とは製作者のJ.J.エイブラムスのことだろう。テレビの「LOST」の仕掛け人であり、「ミッション・インポッシブル」の三作目の監督にトム・クルーズから抜擢された才人(ルックスはオリエンタルラジオのちっちゃい方です)……でも「M:i:Ⅲ」が勘違いの産物だったように、今回もどこか才能が空回りしている。

怪獣に追いかけられる一般市民の視線を、デジタルビデオの画像で描く……素人でも思いつくこの発想を、かろうじて成立させてはいる。たった一台のビデオカメラで撮るという窮屈さを、怪獣をなかなか見せない根拠にするあたり、確かにうまい。同じ「出るぞ出るぞ」と脅かすだけの映画だった「ブレアウィッチ・プロジェクト」との類似を誰でも指摘するだろうが、あれよりははるかに娯楽として機能している。怪獣はちゃんと“出る”しね。

最初の被害者は自由の女神。その頭部が主人公たちのアパートまで吹っ飛んできたり、恋人の住む倒壊しそうなマンションが、かろうじて隣のビルに寄りかかって立っているなど、能天気でおバカなアメリカ映画、と斬って捨てるには魅力的な画面が多すぎる。悪くはない映画だ。ただ、こんな場面があれば観客は喜ぶだろうというコンセプトがみえみえで、ちょっと観客をなめているんじゃないかとムッとしたりする。才人だけに策に溺れてしまったのか。

それにしても、日本だけ「HAKAISHA」と副題がついたのはエイブラムスの指示だってことなんだけど(他にも日本向けのサービスはてんこ盛り)、色々な意味を見つけられそうな「クローバーフィールド」だけの方がはるかに魅力的なタイトルなのに、余計なことをしたもんだ。やっぱり、あいつの才能は空回りしている。

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MFM 10冊目 「噂の眞相」の真相

2008-04-20 | 本と雑誌

9冊目「噂の眞相」前編はこちら。

0404hyo  現職の総理大臣が名誉毀損で提訴し、逆に「噂の眞相」の方も「真実を報じたにも関わらず提訴されたことで雑誌の名誉を毀損された」と反訴。控訴審で「噂の眞相」側は、前歴カードにある指紋との一致を証明するために森喜朗の指紋を収集にかかる。ここが笑えるのだが、なんと誌面で30万円の懸賞金をつけて募集したのだ。そしたら、地元石川の支持者が、森の手形色紙を提供してくれたのである(笑)。しかし裁判では照合自体が行われず、和解勧告に応ずる、という不完全燃焼な結果になった。ま、森を退陣に追い込む契機にはなったわけだけれど。

 この雑誌のもうひとつの売りはコラムの充実だった。田中康夫のペログリ日記、故ナンシー関、筒井康隆(断筆宣言はこの雑誌においてなされた)、小田嶋隆、高橋春男、佐高信、斎藤美奈子、荒木経惟……みな長期連載だったのは、終わってしまうと(本多勝一、宅八郎、中野翠……)いきなり批判される伝統があったからか。

 休刊の理由は様々に取りざたされている。森の事件に顕著なように、裁判の頻発、賠償金の高額化は確かに背景にあるだろう。あるいは名物編集長岡留安則の「黒字のうちにやめたい」というかっこつけとか。

 でも、いずれも釈然としない。
Web上では活動を続けるというし(http://www.uwashin.com/)、そのうちに「あ、そういうことだったのか」と得心することもあるだろう。いずれにしろ、十数年間愛読してきたこの雑誌の終焉が、きな臭く、息苦しいこの時期であることを残念に思うし、「代わりにオレがやってやる」という健康な編集者&商売人の出現を切に願う。

11冊目は「ロードショー休刊」

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MFM 9冊目 「噂の眞相」

2008-04-20 | 本と雑誌

8冊目「キネマ旬報下旬号」はこちら。

Uwasanoshinso  ついに、休刊。善くも悪しくも日本のジャーナリズムのなかで最も特異な地点にいた雑誌。ヒューマン・インタレストを追求した、といえば聞こえはいいが、要するにスキャンダルをスクープすることで売り上げを伸ばしてきた月刊誌だ。

 ただ、そのスキャンダルの対象が、マスコミがタブーのためにとりあげることの少ない「天皇」「被差別」「文壇」(連載を抱えていたり版権を引き上げられたりすることがあるため、人気作家のスキャンダルは出版社系雑誌では暴かれることがなかった)……などを積極的に特集し、ために右翼が編集部に乱入したり、トラブルは絶えなかった。

 この雑誌のしかし最もえらいところは、マスコミ自身の問題点を暴き続けたところだ。記者クラブや広告収入のために歪んでしまった日本の大新聞・出版社の弱点を、独立した資本、広告収入に頼ることなく売り上げだけに頼ったまっとうな姿勢をもとに、マスコミだけでなく、検察や広告代理店にまで喧嘩をうりまくった。このあたりはえらいぞ噂の真相!

 さて、この雑誌があばいてきたスキャンダルを列挙すると……

「“報道協定”でマスコミが書けなかった“ハウス食品脅迫事件”の全貌」(’85 1月号)

「『ザ・ベストマガジン』の名物女性編集者が未婚の母に 認知拒否の相手は同誌で連載中の芥川賞作家・村上龍」(’86 8月号)

「ポスト・ゴクミのアイドル 小川範子チャンの“過去” なんと6歳のときにロリータヌード写真集の撮影」(’88 7月号)……わたしが読み始めたのはこの頃か。噂の真相が特にマスコミ中心に影響力を持ち始めたのもこの時期からだったようだ。

そしてきわめつけはこれか↓
「独占スクープ!『サメの脳ミソ』と『ノミの心臓』を持つ森喜朗“総理失格”の決定的人間性の証明」(’00 6月号)

……森が早稲田在学中に売春取締条例(当時)違反で検挙された過去をすっぱ抜いたもの。おかげで現職の総理大臣が雑誌を名誉毀損で訴えるという前代未聞の事態に。あ、この騒ぎには爆笑モノの続報があるので、それは次号で。

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MFM 8冊目 「キネマ旬報」下旬号

2008-04-20 | 本と雑誌

Kinejun2 7冊目 「キネマ旬報」上旬号はこちら。

三十年も読んでいるわけだから、単純計算で24×30=720冊のキネ旬バックナンバーが蔵書としてわたしの部屋を占拠していた。今はリフォームのために段ボール箱につめたままにしてあるんだけど、あれ、どうすっかなあ(T_T)。

この雑誌はもちろん映画評や紹介がメインなのだけれど、「まるで業界の官報のよう」な現状を打破すべく、誌面の大改革を行ったのが名編集長白井佳夫。シネマ・プラクティスなる落合恵子矢崎泰久、山藤章二というわけのわからない組み合わせのコラムをもうけたり、読者出身の評論家たちに「とにかく長い評論を書け」とページを与え、若手を育てあげたりしたのは彼の功績だ。寺脇研も「読者の映画評」出身者のひとりである。

白井自身も興行評論家の黒井和男と組んで「ビアンコ・エ・ネーロ」(白と黒)という連載をもっていた。ところが、五木寛之に「映画評論以外の方が面白い変な雑誌」と揶揄されるぐらい弾んでいたキネ旬の状況に、ひとり苦々しい思いでいた男がいた。上森子鐵。誰あろう当時のキネマ旬報社の社長だ。この人、右翼及び総会屋として有名。ロッキード事件などでも暗躍が噂されていた。要するにキネ旬は、総会屋が仮面として経営する、いわゆる総会屋雑誌になり果てていたのだ。彼がキネ旬に期待していたものこそ「業界の官報」的な毒にも薬にもならない雑誌。白井の指向が“左翼的”に見えたのか、上森は白井に難癖をつけて社をいびり出したのである。

そして上森の意を受けて新編集長に就任したのは、なんと白井の畏友だったはずの黒井和男。この頃から、キネ旬はつまらなくなっていく。1976年のこの騒動には今も腹が立つ。くわしくはこのサイトを……

http://www7a.biglobe.ne.jp/~scoorap/ticketseikatu77.html 

その後黒井はこの変節を皮切りに業界を渡り歩き、今ではキネマ旬報社の社長をへて角川大映の社長までのぼりつめている(不振の責任をとらされたか辞職させられたようだ)。キネマ旬報社自体も、上森の手を離れ、西武グループ、角川書店とそのバックボーンを変え、現在は若手編集者を中心にしたスタッフにより、昔では考えられないほどオシャレな雑誌となっている。しかし、白井が育てた評論家たちがベテランとなって健筆をふるう現状は、ベテラン読者であるわたしを、今も月に2回楽しませてくれているのだ。

次回は「噂の眞相」を。

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