「偽装請負」というわかりにくい言葉があります。これが最近流行っているらしい。
どういうものかといいますと、まず「労働者派遣法」という法律がありますよね。正式には「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」というらしいのですが、要するにいわゆる人材派遣に関する法律です。これが1985年に制定され、1999年に改正されました。
人材派遣については、大体のところはご存知だと思いますので簡単に説明すると、AさんとB社とC社という三者の関係がありまして、AさんはB社に雇われていて、給料はB社から貰います。しかし仕事の現場はC社で仕事の指揮命令もC社から受けます。これが労働者派遣ですね。
労働者派遣は、1985年以前は「間接雇用」となるから、という理由で禁止されていましたが、禁止できないほど多くの事例があったため、法律で監督官庁に報告させようということで、「派遣法」ができました。要するに「偽装請負」が多すぎたため、取り締まるにはもはや手遅れだったから、新しい法律を作って少しは管理しようとしたわけです。最初は限られた業種だけだったのですが、1999年の改正で禁止された業種(建設・警備・港湾・医療)以外は派遣できるようになりました。これも現実を法律が追いかける形ですね。現実を調査しないで机上だけで法律を作るからこういうことになってしまいます。
請負というと、ゼネコンと下請の形が典型的で、ある仕事をC社がB社に依頼して実際の仕事をAさんが行なう場合は、
雇用関係・・B社とAさんの雇用契約、就業規則等
指揮命令・・B社がAさんに指揮命令を行なう
契約形式・・B社とC社の請負契約
となります。これが労働者派遣の場合は、
雇用関係・・B社とAさんの雇用契約、就業規則等
指揮命令・・C社がAさんに直接指揮命令を行なう
契約形式・・B社とC社の派遣契約
です。
さて、これからがややこしい。
もともと、C社はバブルの崩壊から業績が悪化して、赤字転落を防ぐためには経費を削減するしかなく、そのもっとも大きなものは人件費である、ということでとにかく人員を削減した、と言いますか、要するにたくさんの人をクビにしました。しかしその結果、急に仕事が増えた場合、社員のサービス残業だけではこなしきれないときがある。かといって再び人を雇うのではたくさんの人をクビにした意味がない。ではどうするか。
そこで経営者が考えたのは、労働者派遣の会社から忙しいときだけ短期的に人を派遣してもらえば、ヒマになったら契約を解除すればいいから、新規雇用に比べて大幅に経費を節約できる、ということです。直接人を雇うのに比べると割高ですが、賞与引当金だとか法定福利費だとか退職給付費用だとかを考えると、そんなに差はありません。「労働者派遣」を「アウトソーシング」と言い換えるとグッと印象も違ってきて、派遣業者の数も増えました。
ここまで書いて、おかしいな、と思いました。というのは、労働者派遣法ができて、それまでの「偽装請負」が合法化されて、さらに改正によってより多くの「偽装請負」が合法化されたのに、最近になって「偽装請負」が流行っているというのは、ちょっと変だ、ということです。
ひとつは、実は最近になって「偽装請負」が流行っているのではなくて、ずっと「偽装請負」をやっていたのが、最近になってバレた、というだけの話なんです。なんとも情けない話。もうひとつは、「派遣法」では何かと都合が悪かったり、「派遣法」に規定されている禁止業種だったりする場合に、請負契約ということにして派遣を行なってきた実態があります。
どうしてそういうことをするかというと、派遣労働者に労働基準法を超えて長時間労働をさせたくて、しかも超過勤務手当てを払いたくない場合だとか、派遣法の基準を超えて長期にわたって仕事をさせたい場合だとか、そういう場合に「偽装請負」が行なわれます。たとえば労働者AさんがB社に雇われていてC社に派遣されているとき、残業があったりするとその分をC社がB社に支払って、B社はAさんに残業手当として支払いますが、これが請負契約だと、ある一定量の業務を委託されているという形になっていて、どれだけ残業しようが関係なく、C社はB社に対して一定の請負金額を支払えばいいことになります。もちろんB社からAさんに残業手当が支払われることはありません。その「一定量の業務」というのがC社が恣意的に決定できるものですから、正当な契約とは呼べませんね。
「偽装請負」は「間接雇用」だからいけませんよ、と規定しているのは職業安定法、その職業安定法の適用を逃れることのできる規定が労働者派遣法、ということなので、たとえば他の警備会社に自社の警備員を派遣してこれを「請負契約」とした場合は、職業安定法にも労働者派遣法にも違反しているわけで、かなり悪質な行為です。
これと同じことを大企業が、しかも長期にわたって行なっていた、というのが発覚したので最近話題になっているわけです。トヨタとキャノンが有名ですが、調べればほとんどの大企業が「偽装請負」を行なっているのが明らかになるでしょう。この問題は実は相当、根の深い問題で、戦後の復興期から連綿として続く強制労働の一角として現れているものです。現在でも月間200時間を超える残業や有給休暇どころか普通の休日もちゃんと取れない人がたくさんいると思います。そしてそういった労働に対してまったく対価を支払わないで平然としている経営者もたくさんいます。悲しいことは、そういった状況が当たり前になってしまって、変だと感じない労働者がたくさんいることです。
人間は環境に慣れる動物でこれを「適応」などという言い方をします。環境が変化して、それに適応できない者は淘汰される、そうやって人間は発展してきたし、生物の進化も同様だ、そう考える人は多いかもしれません。しかしながら、「適応」するのがいいことなのか、それともよくないことなのか、それを検証しようとする人はあまりいないでしょう。
不適応、不適格、順応性がない、負け組、こういう言葉は印象が悪く、それに対して、適応、的確、フレキシブル、勝ち組、こういうのはなんかいい感じですよね。環境に合わせてうまく生きる、要領のいい、頭のいい生き方なんでしょう。しかし要領の悪い、頭の固い、どうにも適応しない生き方を否定してしまうことはありません。
「偽装請負」が明らかになったのはそういう頑固な人が告発したのではなくて、適応しようと無理をして体を壊したり怪我したり、鬱になったりした人がいたためだ、という点が、この問題の悲しいところでもあります。