三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「83歳のやさしいスパイ」

2021年07月15日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「83歳のやさしいスパイ」を観た。
 
 人の中身はいくつになっても子供のままである。気の弱い子供が気の強さを獲得することはなく、飽きっぽい子供が粘り強い大人になることはない。それは老人ホームに入居するほどの老齢になっても同じである。
 本作品を観ると、これがドキュメンタリーなのかと疑うほど、入居者の老人たちは生き生きとしている。何かの撮影だとして施設にカメラが入っていることを入居者全員が承知しているが、新しく入居してきた83歳のセルヒオがスパイだと知る入居者はいない。
 入居者たちはもはや立場を守る必要がないから、恐れずに話したいことを話す。もちろん虚栄心や自尊心は子供のままだから、嘘も吐くし話を大きくしたりもする。ただ、人生経験が長いから、他人を傷つけるような言葉は言わない。
 施設長はいい人だし、介護士やその他の従業員もきちんと真面目に仕事をしている。いい施設なのだ。しかしセルヒオの目には、ひもすがら茫然と過ごす入居者たちは、既に生きがいを失っているように見える。当方にも、彼らが棺桶に向かう長い行列に見えてしまった。
 どこに問題があるのか。あまり面会に来ない家族か。いや、面会に来ないのではなくて来れないのかもしれない。とすると、何が悪いのか。セルヒオには答えが見つからない。
 
 超高齢化社会は日本を先頭に、既に世界中ではじまっている。労働人口の割合も減っているから、少ない人数で多くの老人たちの老後を支えなければならない。働かなければならないから親を施設に入居させる。その料金を支払うために沢山仕事をしなければならない。すると労働時間が長くなるから面会に行けない。
 富の分配であるセーフティネットがあまり上手く働いておらず、そのうちどの国でも金持ちの割合が減少して殆どが貧乏人になるだろう。貧しい地域で発生するスラム街が国中に広がっていく可能性もある。医療を受ける収入がなく、健康保険料も払えなくなり、病院に行くこと自体が不可能となってしまう。病気の老人からまず見捨てられ、次に収入のない老人が餓死していく。若者は自殺したり、戦争に行って死にたいとナショナリストになったりする。
 一方で、こういう社会問題はいつの世にもあったとも言える。富める人たちだけが楽をし、貧乏人は苦労して苦労して、ボロボロになって老いた日々を過ごす。日々の小さな出来事だけが楽しみだ。人間はかくも悲しく生き、かくも悲しく死んでいく。面白くもあるが辛くもある作品であった。

映画「ファイアー・ブレイク 炎の大救出」

2021年07月15日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「ファイアー・ブレイク 炎の大救出」を観た。
 
 森林消防隊の映画では、2018年日本公開の「オンリー・ザ・ブレイブ」が記憶に残っている。実話をもとにしていたためか、アメリカ映画らしくなく、地味でリアリティのあるいい作品だった。発生する山火事は広大なアメリカの森林が舞台だけにとても巨大で、立ち向かう消防隊の勇気と技術に感動した。
 本作品の山火事はさらに巨大であり、巨大すぎて人間の無力を感じてしまった。消防隊員は訓練を受けてはいるが、スーパーマンではないので超人的な活躍ができる訳ではない。その時その状況での現実的な最善の対策を瞬時に考えて実行する。
 真摯な消防隊員に対して、隊長の娘とその彼氏の新人消防隊員が登場したときは尻軽女とチャラ男の組み合わせに見えてしまった。ところがこの二人がその後の展開で・・・いや、ネタバレになるのでこれは書かない。
 短時間で村人の心をひとつにした隊長の人心掌握術の凄さと、隊員たちそれぞれの個性的な能力が見どころだが、隊長の娘が上司に対して「あの村人たちもこの国の国民よ」と啖呵を切るシーンが最も印象に残った。
 予算たっぷりのハリウッドB級作品に比べるとCGその他において劣る面はあるが、リアリティという点では見劣りしない。人間臭い隊員たちの素顔と火災の現場での勇気のギャップが本作品の醍醐味だ。
 ところで、隊員のひとりが格闘家のエメリヤーエンコ・ヒョードルに似ていると思ったのは当方だけだろうか。