三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「地下室のヘンな穴」

2022年09月04日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「地下室のヘンな穴」を観た。
映画『地下室のヘンな穴』公式サイト

映画『地下室のヘンな穴』公式サイト

まさかの!?フランス映画No.1ヒット 引っ越した家には12時間進んで3日若返る奇妙な穴がありました。

映画『地下室のヘンな穴』公式サイト

 
 星新一のショートショートを映画にしたような作品だ。あるいは「笑ゥせぇるすまん」か。
 アイデアはひとつだけ。地下室の穴に入って出たら12時間後になっていて、その代わりに3日間若返るというものだ。この設定について考えながらの鑑賞となった。
 若返るという言葉がミソで、身体機能や脳の働きも含めて若返るのであれば言うことはない。12時間後になるなら、起床時間の12時間前に穴に入れば、次の日は睡眠不足ではあるが、日常生活を壊さずに済むし、身体は若返っている。3日間に一度、睡眠不足の日を過ごせば、いつまでも歳を取らずに過ごせることになる。

 しかしそんなふうな堅実な投資家みたいな対応をしてしまうと物語にならない。ここは人間の欲望丸出しでストーリーを進めるのが王道だ。その結果がハッピーエンドにならないことは目に見えている。星新一のショートショートにも「笑ゥせぇるすまん」にもハッピーエンドはないのだ。
 本作品は夫の勤務先の社長の仰天のエピソードを絡めて、徹底的に人間を笑い飛ばす。そして若返るという言葉が必ずしも言葉通りではないことが明かされる。それによって巻き起こされる悲惨な場面は早送りで済ます。これはちょっと有り難かった。
 エンディング曲がバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」であるところがいい。ひねりが効いている。

「彼女のいない部屋」「デリシュ!」それに本作品と、2日間で立て続けに3本のフランス映画を観たが、どの作品も人間性に対する掘り下げがある。鑑賞時間だけ楽しめればいいというハリウッドの娯楽作も悪くはないが、余韻が残るフランス映画は、やっぱりいいものだ。

映画「デリシュ!」

2022年09月04日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「デリシュ!」を観た。
 
映画『デリシュ!』オフィシャルサイト

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世界初の“レストラン” 開業の秘密、教えます/出演:グレゴリー・ガドゥボワ、イザベル・カレ/原題:DÉLICIEUX

映画『デリシュ!』オフィシャルサイト

 

 コメディではあるが、フランス映画らしくエスプリが効いていて、権威や権力を笑い飛ばす。とてもスカッとする作品である。

 とにかく映像が大変に美しい。特に、舞い散る秋の枯れ葉が冬の雪に変わるシーンが見事で、思わず見とれてしまった。素晴らしい映像技術だ。
 調理のシーンではクラシルのレシピ動画みたいな真上からの映像も交えていて、大変わかりやすく、しかも美味しそうに見える。

 フランスは哲学の国だが、食欲や性欲を肯定する。性欲の延長であるファッションでは世界の最先端を譲らない。料理にも哲学があり、文化の一端を担っているという誇りを持っている。
 本作品にもその側面が垣間見える。料理人に対する尊敬が感じられるのだ。美味しいものを食べて、性の快感を堪能して、束の間にすぎない人生を楽しもうとする。そういう態度を大っぴらにしているものだから、もはや爽快だ。たまには人生を力強く肯定するのも悪くない。

映画「彼女のいない部屋」

2022年09月04日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「彼女のいない部屋」を観た。
映画『彼女のいない部屋』公式サイト

映画『彼女のいない部屋』公式サイト

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 春を待つ数カ月間の物語である。ヒロインには愛する家族がいた。思い出は浄化され、いつまでも美しい。やがて未来に向けてイメージは広がっていくが、そちらはいつも美しいとは限らない。自分も家族を疎ましく感じたことがある。家族も自分のことを邪魔に思うこともあるだろう。憎しみと苛立ちは愛情の陰に隠れてはいるが、いなくなりはしない。自分に厳しすぎるのだろうか。それとも生きている罪悪感か。

 どんなに仲のいい家族でも、いつかは死がそれぞれを別つ日が来る。関係は永遠でないことを誰もが知っていながら、人は人間関係を育む。
 別れは不安で苦痛で常に悲しい。死ぬことも考えるが、未来に少しでも希望があれば死ぬことはない。いまと違う場所で違う人間関係が期待できるなら、生きていくことを選ぶ。もし叶わなかったら、そのときはそのときだ。人はそうやって生きていくのだ。

 家族を美化しすぎない母親らしいリアルな視点も盛り込まれ、家族への愛憎に揺れ動く複雑な心情を、主演のビッキー・クリープスが見事に演じている。この女優はとても上手い。寺島しのぶみたいだ。子役や夫役の脇役陣も好演だった。

 象徴的なシーンの連続で、それぞれのシーンがヒロインの様々な心象風景に見えてくる。すると、バラバラに見えたピースが、主人公クラリスの魂という台紙に収斂されていくのがわかる。見事な作品である。