映画「ある一生」を観た。
「人はどこでも幸せになれる」
主人公エッガーが年老いてから出会った年配女性は、経験に裏打ちされた人生観を述べる。エッガーは頷く。それはエッガーの人生観でもあるのだろう。そして本作品の世界観でもある。
静かな作品である。弦楽器とピアノのBGMが心地よい。静けさはエッガーの無口に由来するところが大きい。なにせ少年期のエッガーは何も話さない。アルファベットのいくつかを口にするだけだ。どうやら文盲だったようで、エッガーの母親の姉の夫の母親が文字を教えてくれるシーンがある。
別れがあり、出会いがある。多くの悲運を無言でやり過ごすエッガーだが、一度だけ、饒舌になったシーンがある。それはエッガーの恋だ。人はどこでも幸せになれる。エッガーにとって最高に幸せな時間だった。
本作品には、いくつか洒落た仕掛けがある。
高山植物のエーデルワイスは、日本語では深山薄雪草で、花言葉は大切な思い出、それに忍耐と勇気だ。エッガーが終点まで乗るバスの名前がエーデルワイスなのである。思わず拍手したくなった。
朽ちた柩から落ち葉のように零れ落ちた手紙のシーンは、マリーが返事をくれたかのようである。エッガーの人生は彼だけのものだが、マリーとの時間は、エッガーにとって宝石のような時間だった。
原題も邦題と同じ「一生」である。ある無名の男がある時代に生きた。ひと言で言えばそういうことだ。人生に何か意味があるとは言わない。しかし軽んじていい人生などない。強いメッセージ性のある作品だと思う。