世の中に逆らって生きるのが無頼派であるといわれるが、太宰治はやっぱり偉かった。先の戦争で日本人が必死に戦ったのを、けなしたりしなかったからだ。太宰は『もの思う葦・「返事」』で、国を親に譬えて、「馬鹿な親でも、とにかく血みどろになって喧嘩して敗色が濃くていまにも死にそうになっているのを、黙って見ている息子も異質的ではないでしょうか」と書いた。至極まっとうな意見である。息子が助っ人するのがあたりまえだからだ。太宰は戦場に散った若者の死を容認し、「私はいまこの負けた日本の国を愛しています。かつて無かったほど愛しています」と心境を吐露したのである。太宰にとっては、それはマスコミに対しての皮肉でもあった。「私はいまジャーナリズムのヒステリックな叫びの全部に反対であります。戦争中に、あんなにグロテスクな嘘をさかんに書き並べて、こんどはくるりと裏返しの嘘をまた書き並べています」と揶揄した。そして、「私はいま保守党に加盟しようと思っています。こんなことを思いつくのは私の宿命です。私はいささかでも便乗みたいな事は、てれくさくて、とても、ダメなのです」とつぶやいたのだった。現在のジャーナリズムも同じようなものである。大騒ぎしたおかげで政権交代は実現したが、その責任を取ろうとはしないからだ。太宰ファンならずとも、政治に対してはシニカルにならなくては。
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