~~~~~~~~
はねてゆく小娘
~~~~~~~~
H・ホイヴェルス随筆集「時間の流れに」より -(3)
都会の屋根の上は春の空です。朝6時、夜の雨で清らかに洗われた小路を、私は歩いてゆきました。
向こうから一人の小娘が飛んできます。一足一足飛び上がり、ぴょんぴょんはねはねくるのです。飛び上がるごとに、髪の毛も、左右にさしのべた可愛いい手も、春風のなかに快げに、ふり動いています。ほんとに巣立ったばかりの小鳥のよう――黒い髪、明るい顔、生き生きした真顔で飛んでくるのです。
五歩ばかりに近づいたとき、小娘は急に私を見つめました。と、子供の顔に美しい朝のほおえみが浮かびました。はねながらのご挨拶です。とても愛らしくひらひらする顔をさげて、はねながら通り過ぎました。
私も急いでお辞儀をしてほおえみました。このお辞儀もほおえみも子供が受けとっていけるように――すると心の中に、四方山の望みが湧き出てきて、これも急いで子供の方におくるのでした。幸福に暮らしなさい! 私のこの望みを受けとって、子供は嬉しげに道を飛んでいきました。足音も、ずっと元気になって――。私も前より嬉しくなり、朝のさなかに歩んでいくのでありました。
とびはねなさい、ほおえみなさい、小さな者よ。お前が挨拶してほおえんだことを感謝します。また私のほおえみも挨拶もいっしょに受けとってくれたのは有難いことです。お前は私を知らない、私もお前を知らないのに。また知らない人には挨拶する習慣もないのでしょう。いま私は自分が悪い人でないことがわかりました。なぜなら、お前が先に笑いかけたのですから。で、私は心の底からお前の上に望みをかけています。
ほおえみなさい、とび上がりなさい、いつまでも。
お父さんとお母さんを喜ばせてあげなさい。また年がたつにつれてお前の歩き方が重々しくなっても、心の喜びは減らないように。今快く髪の毛をふり上げる頭を、人生の軛(くびき)の下にかがめなければならない時、今春風の中に、あんなに自由にはばたいているその手がたくさんの退屈な仕事でいっぱいで、他人から受けとるより他人にたくさん与えねばならない時に、足もまた毎日の生活のたまらない用事のために走りまわらねばならない時でも――それもやはりしかたのないことですが――その時に、なつかしい創造主 der liebe Gott が、お前に豊かなみ光りを下さるように。それによってお前の子供の中の一人が十歳ともなれば、今朝ほどお前がしていた通り、はねたり、ほおえんだりするように!
いかがでしたか。
はねてゆく小娘に対するホイヴェルス神父様の愛といつくしみに溢れた一編でした。
人生の重荷の現実をじっと受け止めながら、世代を超えてよみがえる生命の輝きを見つめるホイヴェルス神父様のやさしい観察眼を、私たちも――余裕をなくして固くなっている心をほぐして――シェアーできたらいいな、と思いました。