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肉体の復活は本当にあるか(その-3)
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キリスト教は、4世紀ごろから伝統的にその信仰内容を短く「クレド」(「信条」、乃至は「信仰宣言」)の中に要約し、
それを信じる者を正統な信者、それと異なることを信じる者を異端者として来た。
現代のカトリック教会が採用している「クレド」には幾つかバージョンがあるが、
その一つは、日本語で以下のように翻訳されている。
信仰宣言
天地の創造主、全能の神である父を信じます。父のひとり子、おとめマリアから生ま
れ、苦しみを受けて葬られ、死者のうちから復活して、父の右におられる主イエス・キ
リストを信じます。聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、から
だの復活、永遠の命を信じます。アーメン
何だ、キリスト教の信仰って、煎じ詰めればたったこれだけのことか、とそのあまりの簡単さに驚かれませんか?
その中で、いま私が問題にしているのは、イエス・キリストが「死者のうちから復活したこと」
我々一人一人も、世の終わりの日に「からだが復活し、永遠の命を得る」と言う核心部分についてだ。
ラザロのように、
死後4日してすでに腐敗が始まった後に、再びこの世の世界に生きて帰ってくるのではなく、
(バラモン教、仏教、ヒンズー教の輪廻はある意味で「永久に」この段階にとどまる)
復活したキリストが今すでに彼岸の永遠の命に生きているように、
われわれも生前と同じDNAを持った同一の個体として、
「新しい天と地において永遠の命に生きる」
ことを信じるかどうか、の問題だ。
(日本のカトリック信者さん、あなたは命がけでこのことを確信していますか?)
ここで、またもや面倒な問題を引き起こすのが、新約聖書の実にややこしい、こんがらがった記述だ。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15章13節)と言う教えを身をもっ実践し、証ししたイエスが、
想像を絶する苦しみの後、十字架の上で死んで、葬られて、三日目に見に行って見たら墓は空っぽだった、まではいい。
ではどうして、彼の肉体はそのまま彼岸の世界に直行してそこで永遠に生きる、というコースを辿らず、
復活から昇天までの極めて短い間(現代の教会の典礼の暦では6週間)とは言え、
この世をウロウロし、チョロチョロと弟子たちに現れるという、実に中途半端な道を選んだのか。
しかも、弟子たちの前に現れる時、どうして堂々と生前見慣れた容姿、同じDNAの個体の特徴をもって現れなかったのか、
実に歯切れが悪く、分かりにくい。
十字架の上で死んだキリストは、33歳ほどの若さで、
百何十何センチの体躯、印象的な顔立ち、特徴的な目の色、声、etc.
他の誰とも決して取り違えることの出来ない個性豊かな魅力的な一人の男性だっただろう。
それなのに、聖書の描く復活したキリストは、常に、全く似ても似つかぬ別人の姿に身をやつしているのは、
一体どうしたことか?
私としては、キリストは墓に葬られ、三日目の朝墓を訪ねたら、墓は空で、そこに遺体はなく、
その体は復活して、真っ直ぐにこの世とは次元を異にする彼岸の世界へ渡って、
永遠に至福の天の国で世の終わりまで我々を待っておられる、
と言うのが、一番スッキリして信じやすいのだが・・・
ところがどっこい、聖書によれば、
キリストが最初に現れたのは空の墓から引き返すラザロの妹のマリアに対してであった(ヨハネ20章)が、
(キリストも男性ならば、真っ先に最愛の女性に現れたというのは、まあいいとして)
おなじDNAを持つ個体としてのイエスとは似ても似つかぬ別人、「園丁」 の姿で現れたのは何故か。
また、エマオに降る弟子たち(ルカ24章)も、
「イエスご自身が近づいて来て、一緒に歩きはじめられた。
しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった・・・
一緒に食事の席に着いたとき、・・・パンを裂いてお渡しになった。
すると、2人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。」
さらに、ティベリアス湖畔での出現(ヨハネ21章)では、
見知らぬ人であったが、「イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに 『主だ』 と言った。
シモン・ペトロは 『主だ』 と聞くと・・・湖に飛び込んだ。・・・
その人は、『さあ、来て、朝の食事をしなさい』 と言われた。
弟子たちはだれも、『あなたはどなたですか』 と問いただそうとはしなかった。・・・
イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。」
三度とも、弟子たちは心の目で復活したキリストに出会ったが、
肉の目では別人を見ていた。
ここで、先のブログ 「肉体の復活は本当にあるか(その-1)、(その-2)」 が生きてくる。
(その-1) で書いたように、私はラザロの墓の中で、「ジョン、出てきなさい!」 というカテキスタの声を
肉の耳で聴きながら、心の耳ではイエスの声を確かに聴いた。
それは、ペトロの首位権の教会で、シェーンボルン枢機卿の 「ジョン、私を愛するか?」 と言う声を
肉の耳で聴いたとき、心ではイエスの声を聴いたのと同じだった。
同じ事実から二つの体験(物理的と霊的)が生まれるたのは、長年親しんできた聖書の記述に対するある程度の知識と、
僅かばかりの信仰が私ににあったからだろう。
福音書をあらためて読んでみると、イエスが弟子たちに現れた話は決して多くはない。
上の三つの典型的な例の他にも幾つかの記述があるにはあるが、その多くは、弟子(たち)に現れたという証言と、
その場にいなかった他の弟子たちが頑なに信じようとしなかった事実とが、セットで語られていることが多い。
又、目の前に現れているのに、(別人の姿だったから)信じられなかったり、なお疑ったりしている。
生前のナザレのイエスのそのままの姿で(つまり、同じDNAを持った同一の個体の特徴を備えて)
現れていたら、そんな疑いや混乱が起こるはずがないではないか。
私はミサを司式する時、稀に自分の体を借りてミサを執り行っているイエスが私の内に現存し、
私の全存在を掌握するのを感じて心震え、畏怖の念に打たれることがある。
ああ、もしこのとき自分の罪にまみれた内面がありのままに暴露されたらどんなに恥ずかしいことか、と思い、
その薄汚れた私の惨めな存在が一方にありながら、
他方では、神の子キリストが私の全存在にみなぎって、そこに現存しておられることの凄さに圧倒されるのだ。
また、私に近づいて罪を告白する信徒の懺悔を聴きながら、
そして、その信徒よりも遥かに大きな罪人である自分を恥じながら、
私の中に現存し、私を用いて行われるイエスの憐れみの業に感動し、信徒も神父である私も一緒に涙する、
そんな二重性の体験も、上の事実と無関係ではない。
(その-2) で展開した中風の人を癒すイエスの奇蹟譚においても、
病人を瞬時に癒してベッドを担いで歩かせるという目を見張るような物理的奇蹟と、
罪を赦すという、目には見えないが、内容においてはなお遥かに偉大な霊的奇蹟とが対比されたように、
また、弟子たちの手の中でパンが物理的に増える手品のような奇跡と、
5000人もの人を、そろって利己心と我欲から解放し、隣人愛を実践させた精神的な高度の奇蹟が対比される。
(その大奇跡が今、世界規模で起こったら、地上から餓死する人は一人も居なくなる。)
それならば、復活したキリストが、まっすく彼岸の世界に直行しないで、
ほんの数週間と言えども、蘇生したラザロよろしくこの世にウロウロ滞留し、
チョロチョロと半端な姿で弟子たちに現れた後、
弟子たちの復活信仰が固まったのを見届けて、昇天 と称して出現するのをやめたという話より、
葬られて三日目の朝、空の墓というぶっきらぼうな現実だけ残して、
固有のDNAを備えた唯一の個体としての身体は、
実際には一気に彼岸の世界に場所を移して、世の終わりまで二度と再びこの世に姿を見せることはないが、
イエスの生前の予言、「私は三日目に復活する」 が弟子たちの心の中に生きていて、
信仰の目では出会う人々の中に復活したキリストを見ることが出来た、
と考えた方が、より真実に近いように私には思えてならなない。
では、聖書の中に記された復活のキリストが弟子たちに現れたという話は嘘か、作り話か。
私はそうは断定しない。現に、その気になれば聖書はそうも読めるし、教会もそうとも取れるような説明をしてきた。
しかし、私ごとき救い難い罪人でさえ、聖書の知識と僅かばかりの信仰があれば、心の耳でイエスの声を聴けたのであれば、
3年間ナザレのイエスから濃密な薫陶を受け、彼の復活の預言を何度も聴き、旧約聖書をイエスから説き聞かされ、
豊かに信仰の恵みを受けた弟子たちが、それ時々のPTOに合わせて、信仰の目と耳で、
イエスとはDNAを異にす見知らぬ別人の言動の中に、
復活したイエスと霊的に出会ったとしても、何ら驚くに値しない。
イエスの受難と、壮絶な死と、葬りと、三日目の空の墓の現実を通して、
一方には弟子たちの肉の人としての根深い不信仰と疑いとがありながら、
イエスと寝食を共にして、その話を聴き、奇跡を目のあたりにして、魂の奥深くに刻み込まれた信仰によって、
ガリラヤ湖の岸部に立つ見知らぬ人の姿の中にイエスの現存が確信できて、主であると知っていたから、
「弟子たちはだれも、『あなたはどなたですか』 と問いただそうとはしなかった。」
と聖書は記しているのではないか。
イエスの死と復活の強烈な体験の直後の短い特異な(わずか数週間の)時間の間に、
弟子たちの心の中では、イエスの復活、
それもラザロのようにこの世に戻ってくるのではなく、異次元の新しい天と地の彼岸の世界に真っ直ぐ行ったまま、
世の終わりまで戻ってこない形での空前絶後の 「復活」、の現実に対する確固たる信仰が成熟したのであろう。
聖書のいかにも中途半端な、イエスのウロウロ、チョロチョロの話は、弟子たちの確信に満ちた証言にも拘わらず、
肉体を伴って異次元の世界に復活して行きっ放しになったイエスのことがなかなか信じられない信仰の弱い信者たちを、
何とか復活信仰に繋ぎ止めるために考え出された教育的説話と考えることは出来ないだろうか。
復活から昇天までの時間は、
イエスと起居を共にする濃密な時間が断ち切られた後、
霊的な信仰だけで自らを支え、その信仰を歴史を通して受け渡していく態勢が整うまで、
機会あるごとに、様々な人の中に復活したキリストを霊的な目で見ることのできる恵みが豊かに降り注いだ濃密な時間だったのだろう。
そして、キリストを取リ上げられても、イエスの生前の教えを信じ続けることが出来るほどに信仰がゆるぎないものになったとき、
その特異な時間は終わったのではないだろうか。
私たちが巡礼の終わりに回教徒が支配するオリーブ山(キリストの昇天の丘)に登り、
復活して弟子たちに現れたキリストの最後の足跡が残っていると言い伝えられた石に触れたとき、
私はイエスの復活後の出現の物語を上のように総括した。
イエスの復活とラザロの蘇生とが全く別物で、決して混同を許さないものであることをはっきりさせるために、
聖書の記述は注意深く、イエスが生前と同一の個体として、
つまり、おなじDNAを備え、同じ顔立ちと、声と、目の色と、体格を持った姿として現れたという誤解を招くような表現を、
注意深く避けていることは、注目に値する。
私は、この事を 「バンカー、そして神父」 の本の末尾に詳述した 「空の墓」 の史実の考察と重ね合わせて、
キリストの 「彼岸への行きっ放しの復活」 を深く確信するものである。
(おわり)
「…仕方がない。」と誰もが
無口になってゆく けれど…。
だけど、今まで 出会えなかった
本当の 愛を 知りたいの。
♪
・・・と、
言葉には出来ずとも、
漠然と感じたり思ったり飢えていらっしゃる人々は日本には数えきれないくらいいらっしゃると思います。
彼らが唯一無二の大きな愛を知ることができますように。
肉体の復活はあるのか。特に死した瞬間と復活の瞬間がまるでコインの裏表のようにつながっている、興味深く読ませていただきました。今度はこの話題に絡めて魂の浄化の段階「煉獄」について、話題をふくらませて頂けませんでしょうか。(笑)
私は中井章裕、フィリピンに1989年から永住しており、1995年から「道」に歩んでおります。今年の6月、キコ氏の2名目の訪比があり(残念ながらカルメン女史は同行されず、マリオ神父、そしてフィリピンの共同体では有名(?!?)な、グレゴリオ神父がFMラジオを使っての同時通訳がうまく行かず、後半通訳されました)、東南アジアからもシンガポール、タイ、マレーシアなどから若者が多く集まりました。召命の時、男子が約200名、女子が約280名、宣教家族派遣に約40組ほどが答えました。感動でした。キコ氏の司祭2万人派遣計画が着々と進行しているように感じました。
来年1月教皇フランシスがフィリピンを訪問されます。1995年のWYDの時の興奮がフィリピンを覆い尽くすでしょう。
私も筆無精ながらブログを始めました。私の体験を踏まえながらこれからのアジアでの宣教、特に中国、それに母国日本での宣教も視野に入れてツラツラ書き進めていこうと思っています。日本での最初の「道」共同体は私の出身地広島のすぐとなり、岩国市で始まったと聞いています。こうして日本を遠く離れたフィリピンで、今躓きながら、迷いながらボツボツと「道」を歩んでいる自分に不思議な気がします。長くなりました。すみません。
そこで煉獄の出番となる ?!?!?
天使にはからだがないから、時間の中に生きていない。神様と同じように永遠の今を生きている。変化することができない。人間は体をもって時空の世界に生きているから、時の流れの中で変化することができる。だから、善行をを行ったり、罪を犯したり、愛したり、憎んだり、悔んだり、回心したり・・・
煉獄は変化する場所。つまり時空の中にある場所。
神の国も天国もこの世から始まっているのなら、煉獄もこの世から始まっていてもいいのではないかとわたしは思いたい。なぜなら、死んで肉体が滅んだら、魂は五感を封じられて眠りにつき、復活の日まで時間の流れを経験しないし、変化もあり得ないからだ。
いずれにしても、死後の肉体の復活があるかどうかは「考えてもわからないこと」とアプリオーリに決めつけることのできる根拠は極めて薄弱だと思いました。少なくとも数学的確実さでは言えないと思いました。