遙か向こうから手を上げる彼女に気がついた。その瞬間までまるで気づいていなかった。僕は思い出し笑いをしていたかもしれない。おかしな顔を見られてしまったかもしれない。一瞬そう思ったがそれには距離が遠すぎた。見つけるのが(知らせるのが)あまりに早すぎるのだ。まだ十数メートルもある中で、合図した以上は意識せずにはいられない。顔を合わせるのは久しぶりだった。何週間、それ以上かもしれない。どう声をかけようか。立ち止まった方がよいだろうか。周辺視野の奥にずっと彼女の存在が浮かんでいる。もう少しだ。
彼女は不意に彼女の右を指さした。
「私はこっち……」
唇がそのように動いた。
そちらは駅の方向ではない。
そちらには何もない。何もない風景が無限に開けているだけなのだ。どうして……。僕は彼女にたずねることも追いつくこともできない。
(みつけておいて消えるなんて)
おかしな人だな。