感じたことを。
今回、中国新人が終わり選手が日誌を出してきました。Sに関しては並々ならぬ「想い」がありました。今回の結果をどう感じるのかですね。これだけで大きな意味があると思います。私も話をしましたが「それほど時間はない」のです。「~があるから・・・」というような話をしている場合ではない。どれだけのことをしなければいけないのか。
これまで「きついメニュー」があれば自然と避けていました。これは全体的にです。当然ながら「しんどいことは嫌だ」と思う。しかし、この状況をいつまで続けるのか。前の記事にも少しだけ書きましたが「覚悟」の部分です。これまで続いていたチームが自分たちの代になって弱くなったといわれるのは嫌がるでしょう。そうならないように「絶対に強くなってやる」という感覚の中で練習をする。そんなときに「練習がきついから嫌だ」と思っている暇があるでしょうか。時間を有効に使うためには「マイナスに考える」時間はもったいない。
「なんでこんな練習をしなければいけないのか」と考える。これは「やらされている」だけです。競技はすべて自分のためにやる。そこの部分は重要だと思います。指導者から「やれ」と言われたからやる。それは「練習をやっているだけ」であって「強くなるためにやる」のではない。怒られるからやる、みんながやっているからやる。そういう感覚の中でどれだけ練習をしても効果は出ないと思います。
これまで「強くなりたい」という部分は確かにあったと思います。それを感じるために他校と一緒に練習をしたり県外の学校に連れて行ったりして刺激をもらってきました。が、それはあくまで「きっかけ」でしかない。その「きっかけ」を自分のものにするかどうかで大きく変わってくるのです。「強い選手だから別だ」と思うのではない。この部分はすごく重要だと思っています。「そこまでしてやる必要はない」と感じる選手もいると思います。それはそれで間違っていないと思うようになりました。その「想い」に関しては私たちが「強要」するものではない。
以前は「強引にでも強くなるための心構えを持たせる」というのが指導だと思っていました。が、実はそれは「エゴ」だと気づきました。親しい指導者から「求められていない」と何度も何度も言われていました。この感覚は分かりにくいかなと思います。意識レベルを引き上げるのが私たちの役割なのかもしれない。そう思っていました。ここ数年「それは違うのではないか」と思うようになった。強制するものではない。
そんな中で中国新人を終える。リレーで決勝に残ったものの2年生は誰一人納得していませんでした。「50秒を切る」という部分を目標にしてきたわけではないからです。4継でインターハイ。そこを目指してきた。それなのに今の段階では中国地区で8位。その現実を突き付けられ本当の意味での「危機感」が生まれたと思います。残された時間はそれほど多くない。
目標は個人でもインターハイ。が、実際は決勝にさえ残れない。この現実の中で「来年インターハイに行く」というのが達成できるのか。Mが「上手く走れなくてどうしたらいいのかわからなくなった」と日誌に書いていました。しかし、続けて「そんなことをいって止まっている時間はないからこれからどうするかを考えないといけない」と書いています。ここだと思います。綺麗事ではない。それでもやるしかないのです。
tokushoで指導している時、「女を捨てろ」という話を頻繁にしていました。泣き言を言ったりメソメソしている時間はないのです。そんな時間があったら「何をしないといけないのか」を考えるべきです。下を向いて涙を流している時間は何も生み出さない。前を向いてやっていかなければ何も変わらないのです。
何人かにはこちらが求めていることが分かってもらえたのではないかと思います。本当に戦いたいのであれば私が云々ではない。本人がどれだけ「必死になるか」だと思います。世の中には一切技術指導を受けないのに速いという選手がいます。その選手に勝つためには何をするべきか?まずは心から「強くなりたい」と思う事が必要。それなりに「頑張れればいいや」ではない。ここの感覚。「頑張る=強くなる」ではなく「強くなるために何をするか」だと思っています。
これまではその部分をこちらが与えるようにしていました。が、私自身が殻を破れない。ワーワー言って引き上げている間は選手自身がその気にならない。他県の選手とは「貪欲さ」が違う。与えられることに慣れてしまっている気がしました。指導してもらうのが当たり前。何かあったら指導者が助けてくれる。言われた通りにやっておけばそのうち強くなる。そんな段階から本気で抜け出さないといけないと思います。
私自身、本当に思うことがあってかなり多くの方と話をしました。このままでは私が生きている時間の浪費になる。やるからにはこちらも覚悟を決めてやっていかないといけないなと。
赴任当初、全員をなんとかしよう、引き上げていきたいと本気で思っていました。そこに私らしさというのがあったと思いますが、「それなりにやりたい」と望んでいる者からすれば「余計なお世話」だったと思います。私があれこれいうことで「やりたくもない練習を必死にやることを求められる」という雰囲気があったと思います。
今の女子は「強くなりたい」と思う者が大半です。これまでとは表情が違って来たかなと。何となくやってきた陸上とは明らかに違う。これまでとは違う「想い」が芽生えてきます。そこに対して私は何をするか?添え木になるのでいいのかなと思うようになりました。上へ上へと伸びていこうとする植物が方向性を間違えないように添え木に沿って伸びていく。伸びていこうとする意思がない植物はそこで止まってしまう。私は上手くいかないやり方を改めて「自分なりのスタンス」を作り出していこうと思います。
技術指導ができない。完全に選手主導でやる。メニューだけを与える。これは指導とは言えないと思います。が、全てをやっていくのも違う。意識レベルをひたすら引き上げていくというのでは県外の強豪校とは戦えないと思います。そんなことをやるために指導をしているわけではないと思っています。
本当に強くなりたい。そういう想いを本当に感じることができました。目が違う。
見守って貰えるとありがたいと思います。私自身も殻を破って進みたいと思います。
今回、中国新人が終わり選手が日誌を出してきました。Sに関しては並々ならぬ「想い」がありました。今回の結果をどう感じるのかですね。これだけで大きな意味があると思います。私も話をしましたが「それほど時間はない」のです。「~があるから・・・」というような話をしている場合ではない。どれだけのことをしなければいけないのか。
これまで「きついメニュー」があれば自然と避けていました。これは全体的にです。当然ながら「しんどいことは嫌だ」と思う。しかし、この状況をいつまで続けるのか。前の記事にも少しだけ書きましたが「覚悟」の部分です。これまで続いていたチームが自分たちの代になって弱くなったといわれるのは嫌がるでしょう。そうならないように「絶対に強くなってやる」という感覚の中で練習をする。そんなときに「練習がきついから嫌だ」と思っている暇があるでしょうか。時間を有効に使うためには「マイナスに考える」時間はもったいない。
「なんでこんな練習をしなければいけないのか」と考える。これは「やらされている」だけです。競技はすべて自分のためにやる。そこの部分は重要だと思います。指導者から「やれ」と言われたからやる。それは「練習をやっているだけ」であって「強くなるためにやる」のではない。怒られるからやる、みんながやっているからやる。そういう感覚の中でどれだけ練習をしても効果は出ないと思います。
これまで「強くなりたい」という部分は確かにあったと思います。それを感じるために他校と一緒に練習をしたり県外の学校に連れて行ったりして刺激をもらってきました。が、それはあくまで「きっかけ」でしかない。その「きっかけ」を自分のものにするかどうかで大きく変わってくるのです。「強い選手だから別だ」と思うのではない。この部分はすごく重要だと思っています。「そこまでしてやる必要はない」と感じる選手もいると思います。それはそれで間違っていないと思うようになりました。その「想い」に関しては私たちが「強要」するものではない。
以前は「強引にでも強くなるための心構えを持たせる」というのが指導だと思っていました。が、実はそれは「エゴ」だと気づきました。親しい指導者から「求められていない」と何度も何度も言われていました。この感覚は分かりにくいかなと思います。意識レベルを引き上げるのが私たちの役割なのかもしれない。そう思っていました。ここ数年「それは違うのではないか」と思うようになった。強制するものではない。
そんな中で中国新人を終える。リレーで決勝に残ったものの2年生は誰一人納得していませんでした。「50秒を切る」という部分を目標にしてきたわけではないからです。4継でインターハイ。そこを目指してきた。それなのに今の段階では中国地区で8位。その現実を突き付けられ本当の意味での「危機感」が生まれたと思います。残された時間はそれほど多くない。
目標は個人でもインターハイ。が、実際は決勝にさえ残れない。この現実の中で「来年インターハイに行く」というのが達成できるのか。Mが「上手く走れなくてどうしたらいいのかわからなくなった」と日誌に書いていました。しかし、続けて「そんなことをいって止まっている時間はないからこれからどうするかを考えないといけない」と書いています。ここだと思います。綺麗事ではない。それでもやるしかないのです。
tokushoで指導している時、「女を捨てろ」という話を頻繁にしていました。泣き言を言ったりメソメソしている時間はないのです。そんな時間があったら「何をしないといけないのか」を考えるべきです。下を向いて涙を流している時間は何も生み出さない。前を向いてやっていかなければ何も変わらないのです。
何人かにはこちらが求めていることが分かってもらえたのではないかと思います。本当に戦いたいのであれば私が云々ではない。本人がどれだけ「必死になるか」だと思います。世の中には一切技術指導を受けないのに速いという選手がいます。その選手に勝つためには何をするべきか?まずは心から「強くなりたい」と思う事が必要。それなりに「頑張れればいいや」ではない。ここの感覚。「頑張る=強くなる」ではなく「強くなるために何をするか」だと思っています。
これまではその部分をこちらが与えるようにしていました。が、私自身が殻を破れない。ワーワー言って引き上げている間は選手自身がその気にならない。他県の選手とは「貪欲さ」が違う。与えられることに慣れてしまっている気がしました。指導してもらうのが当たり前。何かあったら指導者が助けてくれる。言われた通りにやっておけばそのうち強くなる。そんな段階から本気で抜け出さないといけないと思います。
私自身、本当に思うことがあってかなり多くの方と話をしました。このままでは私が生きている時間の浪費になる。やるからにはこちらも覚悟を決めてやっていかないといけないなと。
赴任当初、全員をなんとかしよう、引き上げていきたいと本気で思っていました。そこに私らしさというのがあったと思いますが、「それなりにやりたい」と望んでいる者からすれば「余計なお世話」だったと思います。私があれこれいうことで「やりたくもない練習を必死にやることを求められる」という雰囲気があったと思います。
今の女子は「強くなりたい」と思う者が大半です。これまでとは表情が違って来たかなと。何となくやってきた陸上とは明らかに違う。これまでとは違う「想い」が芽生えてきます。そこに対して私は何をするか?添え木になるのでいいのかなと思うようになりました。上へ上へと伸びていこうとする植物が方向性を間違えないように添え木に沿って伸びていく。伸びていこうとする意思がない植物はそこで止まってしまう。私は上手くいかないやり方を改めて「自分なりのスタンス」を作り出していこうと思います。
技術指導ができない。完全に選手主導でやる。メニューだけを与える。これは指導とは言えないと思います。が、全てをやっていくのも違う。意識レベルをひたすら引き上げていくというのでは県外の強豪校とは戦えないと思います。そんなことをやるために指導をしているわけではないと思っています。
本当に強くなりたい。そういう想いを本当に感じることができました。目が違う。
見守って貰えるとありがたいと思います。私自身も殻を破って進みたいと思います。