部活について。卒業生に対しての卒部式を2月28日に実施。本来なら卒業式の後の方が良かったのですが。色々と事情があって。
最初に全体で集まってその後、各パートに分かれて。短距離は別室で行いました。それぞれに話をさせました。思う事はあるでしょうから。なかなか話ができない部分があります。
かなり前に話はしていました。この子達が1年生の時だったと思います。「最後に何を思うか」という所は大切だと思います。2年ちょっと部活動をやってきて本当に記憶に残っているか。必死になってやってきたらそれなりに思うことがあるはずです。涙ながらに話をする選手も複数。周りからどう言われるか分かりませんがやらり「全力でやる」事がなければここで涙は流れないと思います。
この子達が入部してきた時から私が指導を始めました。短距離は自分達でメニューを決めてやっていた部分がありました。そこからの急激な変化。ここに関しては前にも書きましたがもっと緩やかな変化の方が良かったのかもしれません。私が前任校でやっていたスタイルでは間違いなく無理。ギャップが大きすぎる。初めて練習に参加した時に2時間半くらい軽くやったのですが「普段は30分の日なのになんでこんなにやるのか?」という話も出ていました。練習をやるという所からきちんと始めないといけない。
競技指導云々よりも「競技をするために何が必要か」という部分からのスタート。本当に0からのスタートだったと思っています。当たり前のように遅刻してくる。私が不在の時は部室から出てこない者がいる。そんな状態。競技場での練習中にはスマホを触っている姿もあったとか。まーなかなかです。別にそれを全否定するつもりはありません。そういう陸上競技もあって良いんだろうなと。私のスタンスとは違う。この違いを押し付ける感覚になってしまっていたので上手くいくはずがない。
男子のリレーでは県新人で「30mオーバーゾーン」を経験しました。陸上人生初です。ホームストレートの真ん中くらいまできていました。バトン練習に関してはかなり話をしていた時でした。日頃往生という感じでしたが。ミスをした理由が「スタートの時に隣の選手がぶつかったので」という感じだったと思います。全く的外れな話でした。それでも普通に話をしている。笑っていました。
女子は県体で1ー2走で失格。走力自体は全くありませんでした。一番速い選手が14秒5位でしたから。それでもリレーを組んで闘うと決めていました。ミスをした後笑っていました。このことに関してはかなり厳しく指導した記憶があります。隣では他校の選手達が泣き崩れていました。バトンミスで失格をしている。同じ状況でも全く違います。リレーに対する想いの小ささを痛感しました。
なかなかでした。そこからチーム作りが本格化する。もちろん、かなりの批判を受けながら。私の行動の一つ一つが問題視される部分がありました。そんな中でもきちんと理解してくれてついて来てくれたもいうのは本当にありがたいですね。
男女キャプテンが話をしました。先生に注意を受ける。その時に「自分達は関係ないのに言われるのか?」「本当に後輩がムカついた時期があった」と(笑)。それはそうだと思います。2年生になってキャプテンとなりかなり指導されました。全体に指導される事も多かったですが下級生の行動により巻き添い的に指導される部分がかなりありました。下級生は力があった。が、全て自己中心的。それでチームとしての行動ができない。チームとして考えることを求められていましたから。
そんな中で少しずつ進んでいく。2年生の秋には男女共にリレーで決勝へ。少しずつ形になっていました。選手が集まりにくい学校としてどう戦うのか。伸び率はかなりのものだと自負しています。が、その部分の理解と「なんでここまでしてやらないといけないのか?」という感覚。こういう感覚の選手であれば批判的な考え方になると思います。
最後の県総体、準エースであった男子キャプテンが故障を抱えて出場。リレーで決勝まで進みましたが8位。その時にサポートに回ってくれた3年生が下級生に「自分達のために走ってくれてありがとう」と言ったとのことでした。卒部式の時に初めて知りました。チームとして進めていたんだなと。その想いをどれだけの者が受け継いでくれていたのか。悲しくなりますが。
中国大会決勝でリレーが8位。県総体で故障していた者が再び足を痛めて力が出し切れなかったというのも多少は影響しているかもしませんが全体的な力不足です。そのことに関して女子キャプテンは「後輩と一緒にインターハイという目標に向かってやってこれて本当に良かった」と。私的には男女共に申し訳ないなという気持ちですが本人達の中に何かが残ってくれているというのは大きい。
男子キャプテンの話。陸上競技は個人種目だけどやっぱりチームスポーツだと思うと言っていました。他校ではなくうちで競技ができて本当に良かった、と。本気でやる中ではトラブルや衝突も起きます。起きないのは仲が良いからと言われるかもしれませんが、それぞれ思う事をぶつけ合えば間違いなく衝突する。ぶつかり合って磨かれるのだと思います。走るのは1人だけど練習はチームとしてやる。そういう感覚を持ってくれていたのはありがたいなと思います。
やはり一番大きいのはこの学年の中からインターハイ選手が出たこと。普通ではありえないと思います。これも何度も書いていますが。ポールでのインターハイ。他地区と比べたらという話も出てくるのかもしれませんが完全に素人が3m10跳んだ事は価値があると思っています。1年生の時には14秒8くらいだった走力も気がつけばある程度の所まで上がっていました。この子がインターハイに進めた。
入学当初、目標は「学校の前に横断幕を掲げる」だと言っていました。普通に考えたら無理。それでもポールと出会い、gt先生から専門指導を受けて少しずつ記録を伸ばす。この子の努力もあったとは思います。が、やはりこの子がポール練習をするためには同級生のポールの男子の存在が大きい。経験者でしたから近くでサポートしてくれていました。更にポールをやるためにはマットを準備しないといけない。それは1人ではできない。チーム全体で取り組んできた結果がインターハイに繋がったのだと思います。誇らしい結果だと思います。
0からのスタート。このことに関して男子キャプテンが「0からの先生と一緒にチームを作り上げてきた」と書いていました。同じ感覚の中でやれていたのだなと思います。喜びも苦しさも共有できていたところがある。それぞれについて書けばきっと莫大な量になります。時間があればまた書きたいなと思います。この学年からスタートしたうちの取り組み。認められない部分があるとは思いますが、私は本当に誇りに思います。
また書けたら書きます。多分。
最初に全体で集まってその後、各パートに分かれて。短距離は別室で行いました。それぞれに話をさせました。思う事はあるでしょうから。なかなか話ができない部分があります。
かなり前に話はしていました。この子達が1年生の時だったと思います。「最後に何を思うか」という所は大切だと思います。2年ちょっと部活動をやってきて本当に記憶に残っているか。必死になってやってきたらそれなりに思うことがあるはずです。涙ながらに話をする選手も複数。周りからどう言われるか分かりませんがやらり「全力でやる」事がなければここで涙は流れないと思います。
この子達が入部してきた時から私が指導を始めました。短距離は自分達でメニューを決めてやっていた部分がありました。そこからの急激な変化。ここに関しては前にも書きましたがもっと緩やかな変化の方が良かったのかもしれません。私が前任校でやっていたスタイルでは間違いなく無理。ギャップが大きすぎる。初めて練習に参加した時に2時間半くらい軽くやったのですが「普段は30分の日なのになんでこんなにやるのか?」という話も出ていました。練習をやるという所からきちんと始めないといけない。
競技指導云々よりも「競技をするために何が必要か」という部分からのスタート。本当に0からのスタートだったと思っています。当たり前のように遅刻してくる。私が不在の時は部室から出てこない者がいる。そんな状態。競技場での練習中にはスマホを触っている姿もあったとか。まーなかなかです。別にそれを全否定するつもりはありません。そういう陸上競技もあって良いんだろうなと。私のスタンスとは違う。この違いを押し付ける感覚になってしまっていたので上手くいくはずがない。
男子のリレーでは県新人で「30mオーバーゾーン」を経験しました。陸上人生初です。ホームストレートの真ん中くらいまできていました。バトン練習に関してはかなり話をしていた時でした。日頃往生という感じでしたが。ミスをした理由が「スタートの時に隣の選手がぶつかったので」という感じだったと思います。全く的外れな話でした。それでも普通に話をしている。笑っていました。
女子は県体で1ー2走で失格。走力自体は全くありませんでした。一番速い選手が14秒5位でしたから。それでもリレーを組んで闘うと決めていました。ミスをした後笑っていました。このことに関してはかなり厳しく指導した記憶があります。隣では他校の選手達が泣き崩れていました。バトンミスで失格をしている。同じ状況でも全く違います。リレーに対する想いの小ささを痛感しました。
なかなかでした。そこからチーム作りが本格化する。もちろん、かなりの批判を受けながら。私の行動の一つ一つが問題視される部分がありました。そんな中でもきちんと理解してくれてついて来てくれたもいうのは本当にありがたいですね。
男女キャプテンが話をしました。先生に注意を受ける。その時に「自分達は関係ないのに言われるのか?」「本当に後輩がムカついた時期があった」と(笑)。それはそうだと思います。2年生になってキャプテンとなりかなり指導されました。全体に指導される事も多かったですが下級生の行動により巻き添い的に指導される部分がかなりありました。下級生は力があった。が、全て自己中心的。それでチームとしての行動ができない。チームとして考えることを求められていましたから。
そんな中で少しずつ進んでいく。2年生の秋には男女共にリレーで決勝へ。少しずつ形になっていました。選手が集まりにくい学校としてどう戦うのか。伸び率はかなりのものだと自負しています。が、その部分の理解と「なんでここまでしてやらないといけないのか?」という感覚。こういう感覚の選手であれば批判的な考え方になると思います。
最後の県総体、準エースであった男子キャプテンが故障を抱えて出場。リレーで決勝まで進みましたが8位。その時にサポートに回ってくれた3年生が下級生に「自分達のために走ってくれてありがとう」と言ったとのことでした。卒部式の時に初めて知りました。チームとして進めていたんだなと。その想いをどれだけの者が受け継いでくれていたのか。悲しくなりますが。
中国大会決勝でリレーが8位。県総体で故障していた者が再び足を痛めて力が出し切れなかったというのも多少は影響しているかもしませんが全体的な力不足です。そのことに関して女子キャプテンは「後輩と一緒にインターハイという目標に向かってやってこれて本当に良かった」と。私的には男女共に申し訳ないなという気持ちですが本人達の中に何かが残ってくれているというのは大きい。
男子キャプテンの話。陸上競技は個人種目だけどやっぱりチームスポーツだと思うと言っていました。他校ではなくうちで競技ができて本当に良かった、と。本気でやる中ではトラブルや衝突も起きます。起きないのは仲が良いからと言われるかもしれませんが、それぞれ思う事をぶつけ合えば間違いなく衝突する。ぶつかり合って磨かれるのだと思います。走るのは1人だけど練習はチームとしてやる。そういう感覚を持ってくれていたのはありがたいなと思います。
やはり一番大きいのはこの学年の中からインターハイ選手が出たこと。普通ではありえないと思います。これも何度も書いていますが。ポールでのインターハイ。他地区と比べたらという話も出てくるのかもしれませんが完全に素人が3m10跳んだ事は価値があると思っています。1年生の時には14秒8くらいだった走力も気がつけばある程度の所まで上がっていました。この子がインターハイに進めた。
入学当初、目標は「学校の前に横断幕を掲げる」だと言っていました。普通に考えたら無理。それでもポールと出会い、gt先生から専門指導を受けて少しずつ記録を伸ばす。この子の努力もあったとは思います。が、やはりこの子がポール練習をするためには同級生のポールの男子の存在が大きい。経験者でしたから近くでサポートしてくれていました。更にポールをやるためにはマットを準備しないといけない。それは1人ではできない。チーム全体で取り組んできた結果がインターハイに繋がったのだと思います。誇らしい結果だと思います。
0からのスタート。このことに関して男子キャプテンが「0からの先生と一緒にチームを作り上げてきた」と書いていました。同じ感覚の中でやれていたのだなと思います。喜びも苦しさも共有できていたところがある。それぞれについて書けばきっと莫大な量になります。時間があればまた書きたいなと思います。この学年からスタートしたうちの取り組み。認められない部分があるとは思いますが、私は本当に誇りに思います。
また書けたら書きます。多分。