先週、ひたすら今後やりたいことについて考えた。まだおぼろげな部分が大きいが「進む方向性」は見えてきたのかなと感じている。それがどのような形になるのか。「競技力を上げたい」と本気で思ってくれている選手に対してはこちらも最大限のアプローチをしたい。
ひたすら頭の中で「走ること」について考え続ける。さらにこれまでやってきた練習の見直しを図る。かなりの時間を要した気がします。合間合間で私の考えを愚痴のように聞いてくれる人もいる。本当に面白いのかどうか分かりませんが。
そうこうしているときに「なんで200m×3本走るの?」という連絡が。これまでの指導の中で「200m×3本」というのが重要な練習だったようです。指導を見直す中で「なんでこれをやるんだろう?」という疑問がわいたと。知らんがな(笑)という話ですが。これまで「必要」だと思ってやっていた練習。本当に必要なのかを考えたようです。実際はそれ以外に「もっと効率よい練習があるのではないか」ということでした。
専門性が全く異なる種目の指導者です。このさじ加減はわかりません。が、200mをたくさん走ると本来やらなければいけない練習に割く時間が足りなくなるということでした。その感覚はわかります。やりたいことがある。しかし、それを全てやるわけにはいかない。そうなるとどういう練習をするのかを決めていかなければいけない。取捨選択を求められます。「やったほうがいい」と思われる練習は数限りなくある。それをどう自分で選ぶか。
バタバタしていたので返事が遅くなっていました。そうするとまた別の人に聞いたようでした。特殊な種目なのでその特殊性が分かる人に聞いてみたとのこと。もう末期だと思いますね(笑)。そしてそのことについて30分くらい話をしたでしょうか。私個人としては自分の考え方を示しながら答えていきました。
最初は「200mを走ると足が速くなる」というのでその理由を探すことに。本当に足が速くなっているのかどうかは分かりませんが、最後までリズムを保ちながら走らないといけない部分があるのでそこが「専門性」に生きているのではないかと。200mを3本走ったら次の練習ができなくなるので「ハードル走」で代替したらどうかという話も。そこにどのような狙いがあるのかを話す中で見つけていかなければいけません。
結局「走ることは最低限でいい」というような流れになりました。「細かいことを言わない」という感じで話を聞いてきたようでそれに対して「納得」していました。本当にやりたいことがどこにあるのか。それに合わせて「必要なこと」をやればいいと思っています。跳躍種目で「助走」を作りたいならそれに合わせた練習があると思います。スプリントで「加速局面」の改善をしたいならそのために必要な練習をすればいい。方法論だと思います。
良いおっさんが30分も電話で「接地」や「地面への力の伝え方」について話をしている。この姿を客観的にみると「大丈夫なのか?」という気になります。別に練習を見ながらその局面について話をしているの出れば良いのかもしれませんが、実際は全く別の場所で話をしています。他の人に聞かれたら「この人何言っているの?」となるでしょう。かなりコアな話をしていましたから。
こういう話に対して興味を持ってくれるかどうか。私は自分が「普通」だと思っているので違和感を感じませんが、周りの人は何を思っているのか。基本的に私にこの手の話をしてくる人は本当に数人です。私も相手を見て話しますから細かいところは言いません。興味のない話を延々と聞かされるとしんどいでしょうから。それは避けたい(笑)。良い大人ですからその部分の話を聞いてくれるかどうかは相手を見てします。
ある人と「ナイキズームフライ」の話になりました。月刊陸上競技を見ていると「箱根駅伝予選会」でかなりの選手がこの靴を履いていました。MGCを走った選手の大半がナイキのピンク色のシューズ。「ヴェイパーフライ」というようです。とにかく履いている。高校駅伝の都道府県予選の写真を見ても驚くくらい履いている。もう「ナイキ」には他のシューズは勝てないのではないかという感じさえあります。
日本の会社のシューズはどちらかというと「薄底」です。その靴が履きなれているので問題はなかったのだと思います。日本人の足にはA社のシューズが良いという話になって多くの長距離選手が履いていたイメージがあります。その後M社のシューズが流行って箱根駅伝で連続優勝するチームが履いていたのでAD社のシューズが流行る。そして今、間違いなくナイキの独占状態になりつつあります。
yahooニュースで関東の記録会で「10000mで28分台続出」という記事が出ていました。山口県の高校生も出したと。ものすごい話です。そのレースを見ていた指導者が「シューズの力が大きい」というコメントをしていました。それくらいこのシューズで走れば記録が出やすいのだと思います。カーボン製のプレートが入っていて反発を得られやすい。「下り坂を走っているようだ」というコメントもありました。平地を走っているのに下り坂のようにスピードが出るのであればそれは楽だと思いますね。
そういう話をしている中で「厚底」についての話に。履いたことがないので全然わかりません。カーボンの効果がすごいという話です。ここからは勝手な想像。「厚底」になることで実は「勝手に前側に重心がかかるのではないか」と思っています。フラットな靴であればどちらかというとかかと寄りに体重がかかる。スプリント用のスパイクなどはかかとはありませんがかなり傾斜がかかっていて自然に前側に体重が乗るようになっています。「フォアフット走法」と言われるようにアフリカ系の選手などは「足の裏の前側」で接地して走っています。短距離に近い。
かかとが厚く前側が薄いので靴の中で自然に「前重心」になっているのではないか。「長距離の走り」で言われるかかとから接地して走る感じの走りとは違ってくる。かかとからついても靴自体に前側に乗る仕組みがあるので「短距離の走り」に近づいているのではないか。かかとがあるので衝撃はある程度緩衝される。それでも走れるのはカーボンの部分なのかもしれません。
長距離の走り方がある。そういう視点から「実はもっと速く走れる走り方がある」と考えたら面白いと思います。水泳のスピード社の水着が出た時に世界記録が次々と更新されました。それは水着の影響もあったのでしょうが「それに合った泳法」の開発がされたのではないか。今は「ナイキ」が新しい技術で靴を販売したことで「長距離も短距離のような走り方をしたほうが速い」という「技術的な話」になっているのではないか。この靴は「技術的な理解」がなくても「自然にそのような動きをする」ために造られている感じがします。それを「走るための技術」を身につけながらやっていけばもっと速くなるのではないか。
もちろんこれにより「格差社会」は広がると思います。この靴が買える選手はいい記録が出しやすくなるので。まーお手頃な価格帯のシューズもありました。一番高いのは3万円(笑)。これを履いたら「ベスト記録が出やすい」と言われたら勝負がかかっているところでは履くかもしれないですね。
まとまりがなくなってきました(笑)。こんな「コアな話」をするときは相手が必要です。まーなかなかいませんが。こういう部分も含めて話す相手は選びたいですね。靴の話は面白いのでまた書きたいなとは思っています。「長距離」に「短距離的な要素」を入れていくことで変わっていく気はしています。分かりませんが(笑)。
思うことを。
指導スタイルについて考える。これも人それぞれだと思いますね。様々な形の指導があるし、あってしかるべきだと思います。全く問題はない。
私自身の指導スタイルは「少人数向き」だと思います。実際は合宿などの指導には向かないのかもしれないなと思っています。10人前後であればかなり効率よくできると思いますが、それ以上になると「見切れない」というのがあります。プライベート合宿などもありますが「最大限の効果」を考えたときに十分とは言えないのかもしれません。
その理由は「細かいことが気になる」からです。そしてそういう部分を徹底したいと思うから。人数が多くなるとやはり「意識の差」が歴然となります。ある程度の選抜合宿であれば「強くなりたい」「学びたい」と考えて参加する選手が多くなります。しかし、大人数の合宿になると「参加している」だけになっている選手も増える。集団の後ろ側にいる者は「何をしているのか分からない」状況になります。
かなり前ですが「支部合宿」がありました。その時に「全くやる気の感じられない者」も複数いる。その時に「やる気がないなら帰っていい」という話をしたことがあります。今のご時世であればこれさえも「問題発言」であったり「威圧行為」と言われるのかもしれません。が、本当に酷かった。「参加している」というだけであって走るのも適当。最後まで走りません。それも「個性」であり「自由」だといわれるでしょうか。
100人規模になると間違いなく無理。普段の練習でも20人くらいまでがキャパでしょうか。部員数が多くなると私自身は対応できないと思っています。上述のように「細かいことが気になる」性格なので練習を見ていて動きを修正したいと思うからです。せっかく練習をするのであれば「よくなってもらいたい」と考えています。指導をしても「変化がない」というのであればやはり面白くない。
面白くないのは「私」だけではなく「選手」もでしょう。何をやっているのか分からない状況で練習に参加して「言われるがまま」にやる。なんでこんなことをやっているのだろうと思う。お互いが不幸です。
以前であれば「走練習」が中心になっていたので「走っておけばいい」と考えていました。人数が多くなればそれが一番手っ取り早い。細かいことをやらずに「走練習」をしておけば「やった感」は出ます。それが良い悪いというのではなく人数が多くなれば細かいことをやるというのが難しくなるからです。精度が下がるというのも出てきます。
時と場合によって指導スタイルを変えればいいのだと思いますがなかなか難しい。性格的なものもあると思います。せっかく参加しているのであれば「何かしらをつかんで欲しい」というのがあります。できれば継続してできる練習にしたい。道具を使う練習などは難しいかもしれませんが「必要な要素」は伝えたいなと思います。性格的にこの辺りが難しい。
「合同練習」くらいでれば対応できる自信があります。人数が少なければ特に(笑)。人数が多くなると「声掛け」自体が少なくなる。そのあたりを割り切ってやればいいとは思うのですが。今やっていることは「正確性」を求める指導です。「表面的な部分」だけをやっても意味がないことが多い。そうなると「丁寧にやる」という姿勢が必要になります。これが自分の中で大きな葛藤になります。
向き不向きがあると思います。私の指導スタイルは「個」に対応した部分が多い。大人数にメニューを提供することが苦手。人数が多い中で「全員と何とかしよう」とするから上手くいかないというかストレスを感じるのかなと。人数が多くなるとこちらの「意図」が伝わらなくなります。そうなると「全く違うこと」をしている選手も出てくる。「練習に参加したら悪くなった」という話になります。
本来的には「やりたいこと」を徹底する形が良いと思っています。人数が多くなればそれに合わせて指導する指導者が多くなればいい。細かい指導が出来なくてもこちらの意図をくみ取ってやってくれると良いなと思っています。これも難しい部分があるのかもしれませんが。
100人が100人前向きに練習に取り組める雰囲気が作れればいいのだろうなと思ってはいます。集団になればやはりその中で「温度差」は出ます。その時にどのように対応するか。「やる気のない選手に対しては放っておけばいい」というのが簡単なのだと思います。が、それにより「全体が崩れる」ことがある。それが嫌だなと思っています。ここは本当に難しい。
だからどうなんだ?!という内容ですね(笑)。自分のスタイルを考えたときに「向き不向き」をきちんと理解しておきたいと思います。もちろん、キャパを広げていくことも人として必要不可欠だと思っています。考えさせられます。