照る日曇る日第669回
こういうすんごい短編だったとは知らなんだ。まるでドストエフスキーの大審問官の巻のような強い衝撃を感じた。
素材としてはキリストとか宗教問答とかを取り扱っているのだけれど、それは表面だけのこと。
兄のズーイが落ち込んだ妹のフラニーをあの手この手で立ち直らせようと懸命に言葉を尽くしているうちに、突然「イエス・キリストその人」が、うすっぺらい文庫本の吹けば飛ぶような頁から、まるで不動明王のように如意輪観音のように立ち上がってくるのは、まさしく文学の奇跡、芸術家の魔術としか思えない。
まっことJ.D.サリンジャー恐るべし! これは「ライ麦」どころの騒ぎではない。
私はここで、彼の作品を新たに翻訳し、私の衰えた生命力を蘇らせてくれた村上春樹選手に心からお礼を申し述べたい。
ありがとうサリンジャー! ありがとう村上春樹! ありがとう文学! ありがとう私の残り少なくなった人世!
なにゆえに外の世界ばかり追いかける心の奥に沈み行くべし 蝶人