照る日曇る日第996回

今月号の特集は「くだものの歌」で、正岡子規の大好きな柿と奈良の少女の逸話を紹介している大辻隆弘氏の「柿・旅・女性」も興味深い読み物でしたが、なんといっても最大の呼び物は、巻頭に置かれたわが敬愛する歌人、奥村晃作さんと若手の女流歌人俳人の工藤玲音さんご両人による贈答歌、丁々発止のジャムセッションでありましょう。
岩手県渋民村を訪れた奥村さんと、その啄木の故郷に住んでいる工藤さんが、およそ1カ月かけて「毎日即詠をリレー」した結果生まれた2人50首の交換歌は、読んで楽しく、六感をみずみずしくインスパイアーしてくれる意欲的な共同制作の試みです。
「ふるさとの山」岩手山「おもひでの川」北上川、来て見て知りぬ
という奥村さんの「発歌」を受けた工藤さんは、
おもいでに流れる川の氾濫を認める 食券ボタンを押して
と応じますが、「この食券ボタンを押して」の異化作用がいかにも現代短歌ですね。
渋民村と啄木のあれやこれやを主題としながらも、老若男女お2人の道行きは「夏」、「祭り」「花火」「アイスキャンデー」などなど、あれやこれやの脇道に迷い込んだ挙句、
たくぼくが乗っているのか飛行船ぐらぐら書斎の窓腰に見ゆ 奥村
長電話を歌碑まで歩く「泣けとごとく」に溜まる雨小指で拭う 工藤
の「結歌」で、この斬新な「50首歌仙」の鮮やかな掉尾を迎えるのですが、お二人の遣り取りを鑑賞しながら、私は翻訳家の芦沢みどりさんの手引きで、生れて初めてネット連句を巻いた時の胸躍る楽しさを思い出していました。
発句の原点が連句にあったように、短歌の原点を複数の詠み手による「和歌連歌!」と考え、このような「打てば火花が飛ぶような即自的なライヴ創作の場」を設定することは、時代閉塞の中で呼吸困難に陥った現代短歌の突破口を切り開く、「面白くて為になる知的冒険」になるかもしれませんね。
短歌ではよく「お題」を設けて、作歌を競うようですが、あれはイデオロギーの外部注入のように作為的で、てんで面白くありません。死物と化した「お題」をとっぱらい、2人、できれば少なくとも3人の連座のもとで、連句の堅苦しい作法をアウフヘーベンした「現代短歌連歌」を、30、50、100と即興的に詠み合う試み、できればDⅤD付きライヴパフォーマンスを、ぜひとも「現代短歌」誌の巻頭企画で発展的に継続してほしいものです。
さすれば内面途絶&孤独地獄&機能不全の短歌界も、新たな共同性と世界同時性を獲得し、爆発的に賦活するに違いありません。
ほんとうに80歳を超えたるか奥村翁は玲音ときらきらロック 蝶人