蝶人狂言綺語輯&バガテル―そんな私のここだけの話第344回

岡井氏が帰天されてからどんどん日が経つが、生前の氏によって採られた歌が僅かながら見つかったので、一足遅れて死に行く者のささやかな思い出のために再録してみた。
最後の1首は2016年11月の「富士山大賞」の佳作に選ばれたものだが、残りはいずれも「日経歌壇」の2012年12月22日から2014年3月9日までに掲載された。
上位に選ばれた作品には岡井氏のコメントがついているので、それも併せて収録してみた。5種目の「落葉」のような心境を氏と共有できたことは、意外でもあり嬉しくもあったが、氏の最晩年は果たしてそのように平穏なものであっただろうか。
6首目では戦争体験者ならではの実感が籠っているし、7首目では、政治的見解を異にする者の作品でも平然と受け入れる、人間としての度量の広さを感じた。
ともあれ私のようなドシロウトの駄句を、丁寧に読んだくださったことをこの機会に改めて感謝したい。
1 薔薇が咲く港に浮かぶイージス艦YOKOSUKAは今日も仮想敵と戦う
―「「薔薇」と「軍艦」。国はつねにひそかに「仮想敵」を持つのだ」
2 「じゃあまた」と明るく別れを告げたけど吉田秀和『名曲のたのしみ』
3 誰ひとり読まぬブログを書き続ける人の心の底知れぬ闇
4 往年の大スタア次々に逝くめれどわが原節子のみ永遠に生くらむ
―「本当に「原節子」だけが永遠に生きるのか。単に情報の問題だけではない謎だろう」
5 美しき落葉を拾い時折は取り出して見る日々送りたし
―「老後にはそういう日々を送りたいという願望。「美しき落葉」はそんな願望を誘う」
6エジプトやシリアの人が死にゆく日湘南の海で泳いでいるわたし
―「戦争と平和。しかしその状況は逆転しうる怖さ」
7 一輪の彼岸花が咲いている 世界一弱い国でいいじゃないか
「「強い日本」と叫ぶ政治家への反論。しかし本当に「弱」くっていいのかは別」
8 なにゆえに軍艦の色は灰色か人を殺すは憂鬱なるゆえ
9 富士山に歓声あげる僕ら乗せ修学旅行車激しく傾く
大いなる暗黒物質を懐きつつ帰天したるか岡井隆 蝶人