葛原妙子歌集「原牛」を読んで
照る日曇る日第1777回
「ひなげし充つる」「原牛」「灰姫」「劫」「黄道」からなる昭和34年刊行の歌集である。
みどりのバナナぎつしりと詰め室をしめガスを放つはおそろしき仕事
作者は化学の仕事をいていたらしく、それにまつわる歌は興味深い。
もしかすると作者は基督者であったのかもしれない。
二十四本の肋骨キリストなるべし漁夫は濡れたる若布を下げて
もしかすると作者は基督者であったのかもしれない。
厚き聖書と鍵を具ふる卓の上ホテルは一人の旅人のため
おそらく赤茶色の表紙の和英対照のギデオン教会の聖書であろう。私の祖父はこの聖書の寄贈のために最後の力を振り絞って琵琶湖ホテルで客死したのであった。
原牛の如き海あり束の間 卵白となる太陽の下
日本海の荒海をみたおりの感想らしいが、さながらランボーを引用したゴダールの映画のラストのような情景である。
さびしき學者晩年になししひたすらになしし「割れ目」の研究
物悲しくもあるがユーモアもある一首なり。
ひと夜われむかひていたりゴヤ描く「巨人」なる畫のおそろしけれど
ゴヤの絵は確かに怖ろしいが、それと一夜まむかう作者のほうが怖ろしくもなる。もしかすると作者は基督者であったのかもしれない。
コロナ禍で感染したる我なるが俄かに下痢してパンツを汚せり 蝶人