これでも詩かよ 第315回
おおきなふかい穴の底に、たったひとり横たわったザネリが気がつくと、二十六夜のまっくらな夜でした。
黄金いろの鎌の形のお月さまと、大小さまざまな星が、白い牛乳を流したように、点点と輝いています。
「あ、あの三つ星はオリオン。あの赤いのはベテルギウス。こっちでキラキラ輝いているのはスバルだわ」と、ザネリはひそかに思いました。
どこかで誰かが「ツインクル、ツインクル、リトルスタア」の歌を、遠くのチェロにあわせてうたっているのが聞こえます。
「あれはジョバンニかしら。それとも、川で溺れたわたしを助けてくれたカンパネルラかしら」と、またザネリは思いました。
満天に星が輝く空の下、ばくだんでむざんにえぐられたような巨大な穴のむこうに、なんだか見たことがあるような建物の残骸が見えました。
「あ、あの建物の中に、私はおとうさんやおかあさんと一緒に暮らしていたんだわ」と、ザネリは、今度ははっきりと声に出して呟きました。
そこは、ガザの街でした。ザネリが家族や友達のジョバンニやカンパネルラと一緒に仲良く暮らしていた、なつかしい、けれども今ではむざんに変わり果てたガレキの山でした。
「でも私は、どうしてこんな蟻地獄のような穴の底に、たったひとりなんだろう? おとうさんやおかあさん、ジョバンニやカンパネルラはどこへいってしまったんだろう?」
「おとうさあん! おかあさあん! ジョバンニいー! カンパネルラあー!」
ザネリは、銀河の星星に向かって、何度も何度も叫びましたが、誰一人答えるものはありません。
すると突然どこかから、なつかしい「星めぐりの歌」を伴ないながら、チェロの奥深い響きのような声が、聞こえてきました。
「南無疾翔大力、南無疾翔大力 諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故に、更に又悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。ザネリや、おまえの両親や友達は、悪因悪果の報いで、みんな遠い遠い所へいってしまった。お前は、彼らに代わって、彼らのぶんまで、しっかり生きるんだ!」
ザネリは、もうみんなには二度と会えないのか、と、おんおん泣いていると、アレアレ、からくも全滅を免れた飢餓陣営のパナナン大将が、曹長と一〇名の兵士を引き連れて、らりらりらあん、とやって来ました。
バナナのような肩章を飾り、お菓子の勲章をいっぱいつけたパナナン大将は、もう何日もなにも食べていないザネリに、おいしいお菓子と、甘い冷たい汁がつまった琥珀の果実を、お腹いっぱい食べさせてくれました。
それからザネリは、パナナン大将と曹長と一〇名の兵士と一緒に瓦礫の中を、一列縦隊で行進しながら、「飢餓陣営の歌」を合唱したのでした。
生きてりゃ誰でも、腹が減る
そらそうよ、そらそうよ
猫も杓子も、腹が減る
腹が減ったら、食べること
たらふく食べて、眠ること
朝まで眠って、夢をみよ
喰うに困れば、どうするか
霞を喰らって、眠るのさ
死ぬまで我慢の、俺たちさ
おーん おーん アレのアレ
生きるは、誰かを、食べること
生きるは、誰かに、喰わること
おーん おーん アレのアレ
生きるも、死ぬも、みな同じ
死ぬも、生きるも、みな同じ
*岩波文庫版・谷川徹三編『銀河鉄道の夜』の「二十六夜」「飢餓陣営」「銀河
鉄道の夜」に拠る。
8:15広島で何が起こったか思い出してみる忘れていたが 蝶人