こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

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「献立アプリ」第11話・・・うすれていく記憶

2019年08月07日 | 料理・グルメ
第10話からの続き)
私が巻き込まれた通り魔事件はマスコミをしばらく賑わしたが、長続きすることはなかった。それというのも、その後凄惨なテロともいえるような放火事件や通学中の小学生が襲われるという事件があって、通り魔事件のことはそれらのより衝撃的な事件の前に霞んでしまった。ネットニュースを調べても犯人の帽子の男が身柄を検察に送られたとか、起訴されたとかいうようなことがときどき数行で報じられるだけだった。

そして私はといえば、私以外の被害者に会えないままだった。朝晩、コンコースをあたりを見回しながらゆっくり歩いてみたりするのだが、見覚えのある顔はない。休日にも朝から半日ほどうろうろして探したが埒があかなかった。
あの日以来妻との間で「献立アプリ」でやり取りしても、もちろんワゴンは出てこない。そして、駅のコンコースだけでなくて、妻の方も状況は同じで、入ったスーパーが”たまたま”何かの食品フェアをやっているということはなくなってしまったようだ。

妻には、私が漠然と考えていたこと、すなわち、「献立アプリ」が利用者の生活パターンを、通信歴から解析していたのではないかという仮説を伝えていたので、それ以来気にしてくれていたのだが、なにか目立った変化はその程度のことで、彼女の周りで起こっていたことも私のそれと大差なかった。
彼女の場合、ご近所の誰かと会うということがないかと思ったが、そもそもスーパーのような元々物を売っているような場所の場合、何かのフェアをやっていても私のワゴンほど違和感はない。
やがて私たちは「献立アプリ」を使うこともなくなってしまった。

事件から半年以上経ち、事件のことがネットに上がることも無くなり、警察から事情聴取の連絡も無かった。事件に関する記憶は社会的には急速に薄れていった。それでも、私の心に残った衝撃はトラウマとなって、ふとした瞬間に蘇ってくる。そして異様な恐怖感に包まれ、背骨をじかに握られるような感覚を覚える。

次に、私が”個人的に”事件に関していると考えていることが話題になったのは、「献立アプリ」の運営会社が倒産して、「献立アプリ」の一部の機能が使えなくなったということだった。アプリのそもそものレシピサイトの機能は別会社で存続されたが、無料で通話ができたインターネット電話の機能は使えなくなった。元々無料だったし、他にもそのような無料の通話アプリはあるので、この点について大きな話題になることはなかった。

何もわからないまま

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第12話に続く